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その1

そういえば、そんなこともあったなと。

――ルカ・フォルトにとってはその程度のうっすらとした記憶に過ぎない出来事だが、相手にとってはそれどころの騒ぎでは無かったらしい。

まぁ彼女にとっては、そういったことすらも良くあることの一つであり、このこともまた幾許か時が経てば「うっすらとした記憶」になってしまうのだろう。

……長く生きるということは、そういうことである。


「だーかーらー、私は弟子は取らないの」

しつこくしつこく付きまとって来るその子供を振り向きもせず、早足で宿屋へ向かいながら言う。よくあることなのだが、正直ウンザリだ。

両腕には図書館で借りてきた本。一刻も早く、それらに目を通したいというのに。

「そんなこと言わずに、お願いします! 何でもします、何でもしますから!」

子供の言葉に、ルカはぴたりと足を止めた。宿屋はもう目と鼻の先だ。思わず長くため息をついて、意識的に笑顔を作って振り返る。それはもう輝かんばかりの笑顔であるはずだ。

「じゃあ、死んでくれる?」

「……えっ?」

子供の顔色が、分かりやすいほどに変わる。根が素直な子供の心を傷つけるのは少し気が引けるのだが、手っ取り早くお引取り願うには、自分が『悪い人』だと認識されるのが一番お手軽だ。

「何でもしてくれるんでしょ? じゃあ一度死んできてよ。そしたら弟子にしてあげる」

「……」

子供は黙って俯いた。何と返していいか思案に暮れてるらしい。金髪からのぞく大きな耳は、同属であるエルフの証。来ている洋服はボロボロで、裸足の左足には金のアンクレット――『奴隷』である……ということか。

ここまで子供一人で、必死に生き抜いてきたのだろうと推測される。


少しばかり良心が痛んだが、子供を連れ歩く余裕は自分には無い。

ましてや弟子などと。自分と居るより、たとえ奴隷身分であろうとも、町で暮らして行くほうが遥かにマトモな生き方が出来るというものだ。




ずっと探していたのだ、と。子供はそう言った。


一年ほど前に、小さな町に立ち寄ったことがある。その町には何年か前にも立ち寄ったことがあり、ルカは気に入っていた。

農業と商業の盛んな、観光名所にもなっている緑の美しい町――だったはずだ。


彼女が訪れる数年前から日照りが続いたために、町は様相を変えていた。

郊外にあった緑豊かな田畑や果樹園は見る影も無く、町の真ん中を流れる川は干上がって僅かばかりの水が流れているに過ぎない。町の名物だった大水車は、動きを止めて久しい。


……町の蓄えは、とうに尽きていた。


商人たちは、外から食料品を仕入れ、市場では高値で売りさばいた。一部の富裕層はそれでも何とか生きていくことが出来たが、一般の人々は貧窮した。

治安は悪化し、ストリートチルドレンが路上に溢れる。強盗・夜盗・スリが頻発し、観光客は寄り付かなくなり、町の状態は一層ひどくなる。


中央政府から派遣された貴族は、汚職まみれ。

結成された自警団は、崩壊寸前。


そんな状態の町に彼女が訪れたのは、『魔女』としての責務を果たすためであった。

路銀に不自由は無かったのだが、あえて宿泊した安価な宿で、その子供は雇われて働いていたらしい――観光客の寝てる隙にお金を奪うために。


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