表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/10

その2

子供がルカ・フォルトの懐を狙ったのは、その宿に滞在して三日目の晩、新月の夜とのこと……だったそうだ。

「だったそうだ」というのは、ルカ自身の記憶があまりにも曖昧だからである。当事者であったらしい目の前の子供が言うのだから、多分そうなのだろう。


一所に長く滞在することの無い生活を続けているせいか、はたまたそれこそ歳を重ねすぎてボケでもきたのか、ルカの記憶力はあまり良くは無い。

その割りに必要な知識であれば、本の一冊や二冊は軽く読んで覚えこんでしまうのだから、恐らく単純に興味の無いことやインパクトの薄い出来事は記憶には残らないのだろう。




月の出ない、暗い晩だった。

というか月が出ないからこそ、犯罪を犯すのにはもってこいだったというべきか。

宿泊客が抵抗した時のために、片手に子供の手には大きすぎる刃物を持ち、黒い服を着て、布で顔を隠す。

最悪の場合、客を殺すつもりだった。でないと、盗み損ねた自分が宿の主人に殺されるのは分かりきっている。

そうなるよりも泣き落としで、子供に過ぎない自分の哀れな身の上話を聴いた愚かで多少なりとも裕福な宿泊客が、同情してわずかながらお金を分けてくれることを祈る。

……今のところは幸いなことに、盗みに失敗したことも、最悪の場合に陥ったことも、子供であることを最大限に利用して情けを請うたことも無い。


今回の客は、ちらりと見た感じはただの小娘だった。ちょろい、はず。


足音と気配を断って客の眠る部屋の前へと立ち、そっと扉に鍵を差し込む。カチャリ、と硬質な音がささやかに響いた。

音を立てずに扉を開き、わずかな隙間から中をうかがう。

ざっと走らせた視線の中、客の荷物は簡素な備え付けの小机の上に無造作に置かれていた。まるで盗って下さいと言わんばかりの無防備さで。

しかし肝心の客の方はといえば、全く無防備とはいえなかった。本来ならば、小さく寂れた固いベッドの上で毛布に包まっているはずの人影はしかし、部屋の中央で立ち尽くしていた。


チェックインした時には目深にフードを被っていたので気がつかなかったが、女は腰まである真っ直ぐな、見事な銀色の髪をしていた。

大きく尖った耳は、自分と同じエルフ族である証。

瞼は伏せられていて、その瞼を縁取る長い睫も、わずかな隙間から見える瞳の色も、髪と同じ冴え冴えとした銀の色。

微動だにしないその顔は、まるで彫像か何かのように深く、遠い。

月も無いはずの暗闇の中に、それらは淡く発光しているように子供には見えた。

いや……しているようにではなく、実際に何かの光を弾いていると気づいた時には、思わず扉を開け放ってしまっていた。

女の足元には、部屋の床いっぱいに広がって光る魔法陣。そこから漏れる光が女の髪や瞳に反射してキラキラと輝いている。

その足元の魔法陣に、子供の視線は吸い寄せられた。それには、確かに見覚えがある。とてもとても、懐かしい記憶。

「     」

女の唇が、僅かに動いて何かを囁いた。足元の美しい魔法陣が強い光を発して、強烈な残像を残して消える。

と、女の足元がふらりとよろめいた。気づいた時には、子供は駆け寄って彼女を支えていた――

「うあぁぁ……も、ホント疲れたぁ……」

よろよろと子供の手を借りて、冷えて固いベッドに腰を下ろしたエルフの女は、こめかみに手をやってしばらく目を閉じていた。ふぃ~っと長くため息をついて、ゆっくりと目を見開く。そこで初めて、子供は女と視線が合ったのを感じた。


真っ直ぐと子供を見据えた女は、首をかしげて開口一番、

「えーと、誰? 泥棒??」

しまった、今は仕事中だったのだ。すっかり失念していた! そう思い至り、慌てて右手に握った刃物を女の首筋へと突きつけようとして――

気がつけば、腕を背中の方へとひねり上げられて床にうつぶせにされていた。刃物は取り上げられ、逆に自分の首筋へと冷たく当たっている。

背筋に一筋、冷たい汗が流れた。ここまでか。このまま自警団にでも突き出されてしまえば、間違いなく自分は死罪だ。

しかし頭上から降ってくる声は子供の悲愴な覚悟を裏切る、至って緊張感の無いものだった。

「あなたさっきの、見ちゃった?」

「……へ?」

女の問いの意味が読めず、思わず問い返す。

「だから、あの魔法陣。見ちゃったの?」

言われて、先ほどの光景を思い起こす。美しくも、非現実的な光景だった。足元の魔法陣は、確かに目に焼きついて離れない。

だからこくりと首を縦に降ると、あちゃぁ、と女が額に手を当てた。同時に、あっさりと背中からの重圧が消える。

困惑しながら身を起こすと、どさりと目の前にお金の入った袋が投げ出された。

両掌いっぱい分。中身は――金貨と銀貨。

どうして良いか分からずに女へ視線で問い質すと、女は既にベッドの中に入ろうとしていた。

「それ、口止め料よ。それでさっきのは忘れて、子供はもう寝なさい……私ももう、寝る、わ……」

もごもごと呟くように言うが早いか、部屋にはすぅすぅと寝息が響いている。

暗闇に戻った部屋に残されたのは、床に投げ出された凶器と、あっけにとられて立ち尽くす子供、そしてその手の中の『口止め料』だけであった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ