第十一章
優は機嫌が悪かった。
部屋の電灯も点けず、何時間も自分のベッドに深々と腰掛ける。とっくに日は落ち、彼の部
屋は闇に薄くなぞられている。が、どうでもいい問題だ。
「ち」と舌打ちをする。一番見たくない物を見てしまった。
焼けこげた死体、橋爪らしき人物にガソリンをかけられ焼かれたのは、早川里見だった。
犯人が去り、駆けつけた教師らと火を消したが、彼女はもう息をしていなかった。
それもどうでも良い、人はいつか死ぬ。
「ち」と今一度舌打ちを繰り返す。
古乃美が泣いた。泣いたのだ。早川の変わり果てた姿にすがりつき、わんわん子供のように
泣き喚いた。
どうにかなだめようとした優だが、事件の内容故に大騒ぎになり、結局時機を逸してしまっ
た。
「里見と話していたらいきなり橋爪が現れて、口から火を吐いた」
腕を火傷した三浦はそう証言したが、そこらは他人の出来事だ。
「古乃美ちゃん」と一人呟いていた。
彼が決心したのは、まだ彼女が心配だったからだ。そして、自分の無力さ加減が憎い。
音を立てない足取りで今朝と同様のルートで扉に向かい、そっとノックした。
「はい」優の心が揺れる。返事が掠れていた。
すぐに扉は開いて、頬を赤くした古乃美が顔を出す。
「なんだ、優君か」
古乃美はにっこりと笑った。ただ、それが無理をした物だと優には判る。
「入っていいよ」
「あ、ありがとう」
古乃美の部屋は変わらない。衣服やらゲームやらアニメ円盤やらが雑多に散らばっている。
「女の子なんだから」と美音子によく叱られているが、彼女は片づけられない三田村古乃美で
いいのだ。
「むー、じろじろ見ない……今片づけようとしていたの!」
古乃美はいつもと同じ風を演じて、むくれて見せてくれる。
「判っているよ」優はゆったりと頷く。
「で、何? 優君」
「うん」優は視線をカーペットに落とした。
あるいは事件について、もう掘り返さなくてもいいのでは、と考えたのだ。早く忘れる方が
いい事もある。
だが古乃美はその『話題』を避けるつもりはないようで、涙で腫れた目を手の甲で撫でた。
「ねえ、優君……どうして人は人を殺すのかな? 命って大事な物だっていつもアニメや漫画
でみんな言っているのに」
「古乃美ちゃん」強引に話題を変えようとしたが、辞めた。彼女の眼差しがあまりにも真剣だ
ったのだ。
「……ある人物にとって、命はかけがえのない物だ。が違う誰かにとって、時に同じそれはど
んなことをしても奪わなければならない物になる。それが人間の本性だよ。命が大事、と言っ
ている奴らも、知らない嫌いな奴の命は大切ではないはずなんだよ」
「そんなの! おかしいよ」古乃美は激しく首を振った。
「それじゃあ、人は立場や感情で、誰でも人殺しになるってことだよね?」
「そうだよ。みんな人殺し予備軍だ」
「そんなのイヤっ! どうしてそんなこと言えるの? 優君」
「古乃美ちゃんは優しすぎるんだ」
三田村古乃美は太陽のように明るい光なのだ。優さえも憧れてしまう。
「わ、わたし……決めた!」
古乃美の声に突如力が宿った。
「え」と驚く優の目の前に、決意に煌めく瞳がある。
「私、この事件を解決する!」
「古乃美ちゃん」
「だって、このままじゃ里見が可哀相すぎる……」
「でも、それは警察に任せれば……警察の仕事だよ。君には関係がないんだよ?」
「ううん。私、関係大ありだよ! だから私が暴く、怪人・火廻りの正体を」
「いや……でも」優は制止の方法を思い巡らせたが、古乃美はふるふると拒否する。
「優君が心配してくれるのは判る。でも警察だと時間がかかってしまう、そしたらあの怪人、
また現れるかも。また……里見みたいに……それは絶対阻止するの!」
「だって、手がかりもないし」
「いいえ」優ははっとした。古乃美の声には自信があるのだ。
「怪人は手がかりを残したわ、それを確かめる」
「ふう」と優は肩を落とす。
「判ったよ、でも僕も行く」
「え、優君は……その、危険だし」
「ばかっ、だから僕も一緒だ。古乃美ちゃんはドジでまぬけだから、犯人にどんな目に遭わさ
れるか判らない」
「なにそれ」ぷくぅ、と彼女は頬を膨らませた。
「優君の中での私、そんなにドジキャラなの?」
「何言ってんの? 僕の中の古乃美ちゃんは、むしろゆるキャラだよ」
古乃美は衝撃を受けたようだ、目を丸くしてぴたりと動きを止めた。
だが優の心に温もりが戻ってくる。古乃美の元気は彼の何よりの活力なのである。泣いた姿
は絶対に見たくないものだ。




