第八章
怪人・火廻り。
その呼称はその日の内に全校へと広がった。昼休み、至る所にいる生徒達がヒマワリ、ヒマ
ワリ、ヒマワリと囁き合い、学校のチャットも『火廻り』で埋まっている。
学食での昼食を終えて教室へと向かう優の耳にも、何度も触れた。
「全く、山本は無駄に行動力がある。何だよこれ……この学校は噂が大好きだな」
「でも」優が一所懸命に懇願した結果、一緒に食事してくれた古乃美が、唇の横に人差し指を
添える。
「実際、そう言う人がいたんだから、そんなに的はずれじゃないんじゃない?」
「どこかの目立ちたがりの悪戯だよ」
「そうかな? ガソリンで火を吐く。私も尋常な人じゃないと思うけど……もしかして本当に
野球部の誰かに害意を持っているのかも……このままにするのは危険だよ」
「……古乃美ちゃん、どうしてみんなの前でそれを指摘しないの? 古乃美ちゃんももう少し
みんなと話したら? 僕も話したいし」
優が疑問を口にすると、古乃美は花が萎れるように縮まった。
「ダメだよ……」
「何で?」古乃美が教室で自分を極限まで抑えつけているのが、優には判る。
「私……ブスだし……優君には釣り合わないよ」
「は? 何それ? そんなことないよ!」
それは優の本心だ。
三田村古乃美は、確かに休み時間にいつの間にか優の近くにいる有名女子生徒ほどの華はな
い。色香もないかもしれない。が、大きな黒い瞳は知性に輝いているし、三つ編みにしている
髪もしなやかで清潔だ。本人が世界の終わりみたいにがっくりするほど気にしているそばかす
だって、個性の一つだと彼は思っている。なにより彼女の微笑みは、彼の心をどうしようもな
く浮き立たせてくれる。
「いいのよ」
反論を察したのか、古乃美の唇がちょこっと綻んだ。
優は苛立つ。勝手な自己採点で気を落とす彼女の姿が気にくわなかった。だが、それ以上何
も言えなかった。
彼女から強烈な拒否のオーラが出ているのだ。この話題おしまい、と言外に表している。
仕方なく黙る。そのまましばらく二人は会話もなく学校の廊下を歩いた。




