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第百二十三話 狂乱の巨人

第百二十三話 狂乱の巨人



「あ゛っ……!?」


「………!!」


 轟く咆哮により人々が蹲り、耳を押さえて動けなくなっていく。


「くっ……!」


 自分達もまた、轟音から発せられた衝撃波で動きが一時的に封じられる。臓腑まで震える感覚は、胃の中身が喉までせり上がってくるほどだ。


 そんな中で、魔眼が次に起こる事を幻視する。


「させるかっ!」


「主様!?」


『魔力開放』


 地面を踏み砕きながら、突貫。


 僅かに歪む視界の中で、あの怪物が――『巨人』が奴の身の丈ほどもある斧を振りかぶっていた。


『巨人』


 世界各地の神話に登場する怪物。人間をそのまま巨大化させた様なものもいれば、異形の姿で語られるものも存在する。


 ただ共通するのは、『でかくて、強い』。


「おおお!!」


 幻視した斧の一撃がビルを破壊し、その瓦礫を散弾の様に地面へと放たれる光景。


 それを阻止せんと、一瞬で間合いを詰める。砲弾となって飛び掛かる事で振るう直前の奴の斧へとツヴァイヘンダーをぶつける事ができた。


 そのまま全身を使って切り込む。木製の柄。大の男が数人がかりでようやく腕を一周させられそうな程の太さをもつそれは、異様なまでに硬い。まるで鋼の塊に斬りかかったかの様だ。


 それでも魔力をまき散らせて押し込み、振り抜くのを阻止する。刀身が柄に食い込んだ。


『■■■■■■■■――――ッ!!』


「が、あぁ……!?」


 直後、至近距離からまた咆哮を浴びせられる。衝撃波で押し戻される事は魔力の放出で防いだものの、臓腑どころか脳が揺さぶられた。


 僅かに緩んだ剣圧。そこへ巨人は斧を弾き上げる。


「お、ぉぉ……!」


 たったそれだけの動作で身体が吹き飛ばされた。ビルの壁面に背を削られ、痛みと衝撃で体勢を立て直す事もできずに身体が宙を舞う。


 打ち払われた先には道路に乗り捨てられた車が一台。その屋根に直撃するも勢いはおさまらず、叩きつけられた車が地面を削りながらガードレールに衝突した。


 べっこりとへこんだ屋根から体を起き上がらせながら、痛みでうめく。


「うっ、っぅ……!」


「旦那様!」


「『大地よ』!」


 五体がバラバラになった様な錯覚を覚えながら、悲鳴をあげてこちらに駆けよる雪音が見えた。そして、いつの間にか自分の前に立つリーンフォース。


 次いでレイラの声が聞こえたと思ったら、街路樹が急激に成長し枝を巨人へと伸ばしている。


 それらが奴の両足に巻き付くも、あれでは止まる事はないだろう。すぐに倒れている人達の避難を、いいや。その暇はない。どうにか奴の意識を別の場所に……!


「あ……」


 そこで、ようやく巨人の咆哮を受けて動かなくなった人達を直視した。


 開かれたまま閉じる事のない目。半開きの口からは唾液や舌べろが出たままで、呼吸の様子すらない。耳や鼻から血が流れている者もいる。


 既にこと切れていたのだ。視界にいる人間全員が。


 十に届かない子供がいた。その子を抱きかかえる両親と思しき人達がいた。折り重なる様に倒れる若い男女がいた。手を握ったままの老夫婦がいた。


 誰も彼も、例外なく息絶えている。


「っ、ここで倒しきる!雪音、メインの攻撃を任せた!」


「は、はい!」


「リーンフォース、奴の注意をひくぞ!」


『了解』


 ここで仕留めなければまずい!避難する人々も、いいやそもそも自分達が死ぬ!


 案の定と言うべきか、巻き付いた木々では足止めすらできなかった。それでも一瞬注意を惹く事で斧が振るわれるのが遅れる。


 自分が車から跳ね起き剣を構えなおしたのと、巨人がその両腕を振るったのがほぼ同時。巨大な塔の様な斧で、ぞんざいな横薙ぎの一閃を放つ。


 たったそれだけで二つのビルが纏めて引き裂かれた。砲弾でも撃たれたのかという音と破壊が撒き散らされ、ガラスやコンクリート。そして中にいたのだろう人間たちの『残骸』が降ってくる。


 それをレイラと雪音を庇う様に剣で迎撃。打ち払いきれなかったものはリーンフォースと身体で受け止める。


 瓦礫や血潮を被るが気にしてはいられない。視線の中央に巨人の姿を置き続ける。


「『氷牙・大槌』!」


「『風よ』!」


 反撃とばかりに放たれた氷の破城槌。風を纏ったそれが音速近い速度で飛来するのを前に―――巨人は『跳んだ』。


「は?」


 思わず気の抜けた声が出る。


 軽く膝を曲げただけの動作で、二十メートルはあろう巨体が宙を舞ったのだ。自分達に影がさし、見上げれば両手に握る斧を振り上げている所だった。


 速い。あの図体でそれは反則だろう!


 しかし、避けただけなら……。


『■■■■■■■■!!??』


 急な角度で進路を変えた破城槌が巨人を猛追。空中で回避できない無防備な奴の脇腹に深々と突き刺さった。


 人間で言えばナイフで突かれた様なもの。滝の様な鮮血を舞わせながら、巨人がバランスを崩した。


 ここで畳みかける。奴がまた地面に到着する前に、討ち取る!


「リーンフォース!レイラ!」


 こちらの意図を理解してくれたのか、リーンフォースが剣を手放して両手を組む。同時にレイラも実体化を解除して自分の中に戻った。


 組まれた彼女の腕に足をかけ、弾き上げられた勢いも合わせて跳躍。直後に『魔力開放』を発動し加速しながら、心の内でレイラに呼びかけた。


「アレをやる!」


『はい!』



『モード:樹王』



 出し惜しみなどしている余裕はない。迷えば負ける、怯めば死ぬ!


 高速で打ち上げられ、切っ先を奴の首に。相手の滞空が終わって落下が始まっている。相対的に彼我の距離は文字通り瞬く間になくなっていく。


だというのに。魔眼によって奴の金色の瞳が、迷いなく自分を捉えているのが見えた。


『■■■ッ!!』


 斧での迎撃は間に合わないと判断したか、繰り出された左の拳。やはり一つ一つの動作が異様に速い。これが、神々と戦争したとさえ謳われる怪物の反応速度!


新幹線が迫ってくる様な錯覚を覚えながら、魔力を四肢から放出し微調整。刺突から斬撃にシフト。


 魔眼で予知したルートを通るそれを回転して回避。勢いそのまま電ノコの様に回り続け、剣で腕を切り裂きながら上昇を続ける。


 絶叫が響くが、それは彼女が展開した魔力で耳を保護し受け流してくれる。手首から肩にかけて赤い血の線を引いて、奴よりも上の位置に。直後に体を反転させる。巨人の足が地面につくまで、コンマ数秒の猶予。


 やれる!


「シィ……!」


 右手を柄に、左手を鍔に。空気を踏みしめるようにして膝をたわませ、魔力を収束。解放。大気を引き裂き空間そのものに悲鳴を上げさせる。


 上から下へと放たれた砲弾――否、隕石となって巨人のうなじへと全身全霊の突撃を敢行する。


 皮膚は厚く、肉はしなやかで、筋は硬い。骨にいたっては現代のどの金属より頑強ではないかとさえ思える。


 それでなお、押しとおるのだ。皮膚を貫き肉は抉り、筋は裂いて骨は砕く。血潮をかき分け、一切の減速をせずぶち抜く!


 首を貫通し、地面へと『着弾』。巨体と血の滝が追いかけてくるのを見上げずとも察し、雪音とリーンフォースが避難した横道にまで跳躍する。


 一秒と経たずに落ちた巨人の身体。それだけで足が一瞬浮くほどの衝撃を発し、轟音と土煙が撒き散らされる。


 それをマントで防ぎながら、チラリと倒れた怪物の姿を確認した。


 動かない。それから二秒ほどで粒子化が始まり、ようやく息を吐いた。


「いっつぅ……」


「主様!」


 レイラとの融合を解けば、彼女が体を支えてくれた。それに礼を言いつつ、幻痛に耐える。


 本当になんなんだ、あの巨人は。


 周囲の警戒は雪音とリーンフォースがしてくれているので、粒子になって消えていく巨人を睨みつけた。


 たしか、イギリス軍所属の覚醒者部隊がルーマニアにできたダンジョンで目撃したと聞いた事がある。まさかこんな所で遭遇する羽目になろうとは。


 結果だけ見れば接敵から三分経たずの討伐の圧勝。奴のランクが『A』……パズズやファイアードレイク以上という事を考えれば、文字通りのジャイアントキリングである。大金星だ。


 しかし、実際は速攻でなければ勝ち目などなかったからに過ぎない。あの巨体、あの身体能力で暴れられればどうなっていたか。想像もしたくない。


 荒い呼吸を整えながら、レイラから離れる。パズズと戦った時より短かった分、幻痛もすぐにひいた。


 故に、他の問題について考える必要がある。


「主様……本当にこの中を進むのですか?」


 レイラが硬い声で問いかけてくる。


 地響きは……巨人の足音は止まない。


 複数のそれが四方八方から響き、街の破壊音と共にここまで届いていた。その中には、人々の悲鳴や時折それをかき消す奴らの咆哮まで混じっている。


 見ずともわかる。わかってしまう。ここは今、地獄が顕現しているのだと。


 ああ……見なかった事にして帰りたいな、これは。


 人間にできる事など、もはやありはしない。精々が住民の避難を手伝うくらいか。それすらもできるかどうか怪しいが。


 この戦場で武を振るえるとすれば、それは『英雄』と呼ばれる人種だけだろう。そういう行動をした者ではなく、武力のみでそう称えられる人中の怪物ども。


 あいにくと自分は、どこぞの自称聖騎士や上司殿ではない。


 それでも。


「ごめん。理由はわからないけど、今とんでもない事が起きている気がするんだ。止めないと、皆死ぬ」


 本当に理由がわからない。覚醒者は総じて前よりも勘が良くなっている傾向があるらしいが、これは異常だ。


 まるで自分の奥底にあるものが……魂そのものが警告を出している様な。そんな感覚すら覚える。


「いえ、とんでもない事が起きているのは見ればわかりますが……」


 顔を引き攣らせながら呟く雪音。


『個体ごとの魔力量は先ほどの巨人と同等。撤退を提案します』


 抑揚のないリーンフォースの警告。


「主様」


 いつもの笑みが消え、無表情となり見つめてくるレイラ。


 彼女らの正論すぎる意見と視線に一度天を仰ぐも、そこにあるのは黒い天蓋だけ。太陽も青い空も見る事はできない。


 もう一度、深呼吸。気合を入れ直して顔を戻す。


「たぶん、ここで引けば絶対に後悔する。だから、付き合ってくれ」


 沈黙は数秒。その間も巨人どもの足音は聞こえてきている。


 自分だって死にたくないし、彼女らを死なせたくもない。ただ、『ここで進まなければ、全員死ぬ』。そんな確信があるのだ。


「……仕方がありません」


 レイラが小さくため息をついて、笑みを浮かべた。


「主様との繋がりから、確かに私も『嫌な予感』とやらを察しました。今回は同意しましょう。元より、この身は貴方の右腕ならば」


「ワタクシも行きます!旦那様とレイラ様のいる所、たとえ火の中水の中だろうともご一緒いたします!!」


 ふんすと両腕を握る雪音。


『任務了解。戦闘を継続します』


 鎧越しに深く頷くリーンフォース。


 彼女らの答えに自分も頷いて返し、剣を肩に担いだ。


 ここで何が起きているのかわからないが、ただの氾濫とは思えない。直感以外で根拠をあげるのなら、巨人の様子があまりにもおかしい事か。


 焦点が合っておらず、動きがあまりにも大雑把すぎる。イギリスが公表した情報が正しいのなら、もっと『戦士らしい動き』をするはずだ。


 強いには強い。ただ……パズズやファイアードレイクの様な知性を感じられないのだ。ミノタウロスの様に、ただ本能で体を動かしているのとも少し違う気もする。


 まるでそう。何かに操られているかの様でさえあった。


「では、このまま戦うのは決定としまして……主様。失礼します」


 そう言ってレイラが僕の腰に提げたアイテム袋に手を突っ込むと、アタッシュケースを取り出した。


「『お色直し』は必要でしょう?」


 ニッコリとそうほほ笑んでくる彼女に、力強く頷いて返した。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


『閑話 郡凛の疾走』も投稿しましたので、そちらも見て頂ければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
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