第八十五話 幸運のおっそわけ
第八十五話 幸運のおっそわけ
サイド 大川 京太朗
「パスポート、ですか……ちょっとスマホで。ああ、いや。それなら詳しそうな人を知っていますよ」
「本当ですか、シルバー?」
「はい。県庁の人なので間違いなく」
前に東郷さんが知り合いのお巡りさんがこの人の移動経路を知りたいって言っていて、連絡先を伝えたのだ。また携帯を壊したとなれば、もう一度繋げる必要があるだろう。
携帯を壊した事を伝えるついでに少し聞いてみるか。
「それにしても、『探偵少女』という事はイギリスですか。これまた随分遠いですね」
「ええ。ですが至近距離で合法的に百合ニウムを大量摂取できる良い機会です。貴方も行きませんか、シルバー・リリィ。間違いなく楽しい旅になりますよ?」
そうニッコリとほほ笑む花園さん。相変わらず顔とスタイルはいいな、この人と思いながら、すぐに首を横に振った。
「いえ。流石に国外にまで行くのは両親が心配ですし。学校もありますから」
「そうですか……それは仕方がありませんね」
「ただ、花園さんが海外に行くとなると少し不安ですね」
「おや?確かに少しだけ……本当にすこーしだけ機械の扱いが苦手ですが、それでも友人が案内してくれるので一切心配はありませんよ?」
「いえ、そうではなく……何でもありません」
少しだけ、この人がいない時に日本でヤバいレベルの氾濫が起きたらどうしようかと思ってしまった。
だが、それを理由に引き留めるのはおかしい。少なくとも命の恩人に言う事ではない。あまりにも不義理だ。
変人であるのは事実だが、今回は相手方も同意の様だし。自分がとやかく言う事ではない。
「なんですかシルバー。そんなもったいぶって」
「いえ。貴女が海外で暴れないか少し心配で……」
「むむ。なんですか人を犯罪者みたい……みた……」
そこでそっと視線をそらす花園さん。
ちょっと???
「とうとうやってしまったんですか、花園さん……」
「ち、ちがっ、アレは事故ですので!若気の至りというか鍛錬が足りていなかったというか……」
視線を泳がせすぎてバタフライさせている花園さんが、誤魔化す様に。いや実際誤魔化すために手を大きく叩く。
おおう、風圧がすげぇ。
「そうだ!もう一つお聞きしたい事があったのですよ、シルバー!!」
「……まあいいですけど」
流石に様子がおかしいだけで問い詰めるつもりはない。なんだかんだ、この人の根っこは善人だというのは知っている。
それはそれとして後で東郷さんにチクろっと。
「貴方、もしや桜井自動車に関わりがあるのではないですか?」
「はい。少し前にあそこの契約冒険者になったので」
「それはよかった!実はあそこの魔導機器部門は気になっていたのです!猛烈な百合の波動を……それも歪なのに確固たる存在感をしめす百合を展開しているだろうあそこが!!」
まあ、赤城さんのパーティーはアレだし……この人が反応するのは当然か。
「……もし気になるのなら、紹介しましょうか?一応部長さんの連絡先知っていますし」
赤城さんならワンチャンこの人とも上手くやっていける可能性があるし、自分の知る限りで最強の覚醒者を紹介したとなれば評価も上がるかもしれない。
え?恩人を売るのかって?この人は百合を至近距離で接種できてハッピー。赤城さんは癖が強すぎるけど強力な覚醒者と縁ができてハッピー。僕も社内評価が上がってハッピー。
びっくりするほど不幸になる人がいない……!
「うっ……その申し出は非常に嬉しいのですが、お断りさせて頂きます」
「え?それはまたどうして……」
「原因は不明なのですが、桜井自動車の施設に近づくと謎の悪寒を感じるのです。こう、身の危険というか……」
両腕で自分の二の腕を抱く花園さん。やめてください。シスター服に包まれた爆乳を強調するのはやめてください。
思い出すんだ、ファイアードレイクの顔を。それを一撃で粉砕したこの人の雄姿を……!
「ですので桜井自動車には近寄れません。今回は私の百合レーダーが同志である貴方の気配を察知したので無理をしましたが、ここは桜井重工とやらの近く。謎の悪寒が止まりません」
百合レーダーってなんだよ。そして同志でもねぇよ。
「そこまでですか。まあ、とりあえず例の県庁の人に電話してみますよ」
「ええ、お願いしますシルバー。ああ、それにしてもなんたる僥倖。最近は『ゴールデンギター』さんの投稿も減ってしまい、日々の活力を失いかけていましたが……かぶりつきの距離で海外の百合を味わえるとは。お米をたくさん買って行かないと」
「あー、そう言えば最近新しいの上がっていませんね」
確かに『ゴールデンギター』さんの投稿が全然ない。リアルが忙しいのだろうか?こんなご時世だから、嫌な想像もしてしまうけど……無事ならいいんだが。
そんな事を思いつつスマホの画面を見れば、もうすぐ田中さんが来る頃合いだ。東郷さんに繋げるだけ繋いで、後の事は二人でどうにかしてもらおう。
仕事を押し付ける様で少しだけ罪悪感を覚えながら電話を掛けると、いつも通りすぐに彼は出てくれた。
『もしもし、東郷だよ。どうしたんだい京太朗君』
「あ、すみません突然。実は前にお話した花園加恋さんが、パスポートについてお聞きしたいらしくて……」
『……なんだって?』
うん?電波が悪かったのかな。
本気で意味が分かっていなさそうな東郷さんに、こちらこそ疑問符を浮かべる。
もしかして完全に別部署の相談内容だったから怒らせてしまっただろうか。というか、しまった。よく考えたら今日って日曜じゃん!?
うわぁ、完全にやらかした。せっかくの休みの日にこんな内容電話するとか……そりゃ東郷さんも迷惑だし怒るよ。
「す、すみません。お休みの日に。この話はちゃんと別の――」
『待ってくれ。お願いだ……そこに、花園加恋氏がいるのかい?』
「え、はい。目の前に」
「申し訳ありませんが、手短にお願いしますシルバー。何故だか知りませんが悪寒が強くなっています……!」
青い顔で震える花園さんに、ちょっとひく。何がどうしたんだいったい。
この人が恐れるほどの怪物が来るとでも?けどなんとなくだがそういう感じではない。本気で謎だ。
『彼女に電話を変わってくれるかな。実は急を要する話が花園氏にあるんだ』
「あ、はい。今変わります」
これ、まさか僕のスマホで通話し続ける感じかな?それはちょっと困るなぁ……。
ストアに公衆電話があるんだからそっちを使ってほしいが、どうにも東郷さんの声に鬼気迫るものを感じる。緊急事態みたいだし、田中さんが来ちゃったら謝ってもう少しここに留まるか。
「花園さん、県庁職員の東郷さんって人と繋がっていますので、どうぞ」
「ありがとうございます、シルバー。この御恩はいつか必ず」
「いえいえ。これぐらいなら別に」
そう言って彼女にスマホを渡して、一分後。
――そこには、一体の『修羅』がいた。
* * *
サイド 東郷 美代吉
脳内で『例の計画』についてシミュレーションを繰り返す。あいにくと軍事に関しては門外漢だが、そもそも覚醒者やモンスターがらみの戦闘に専門家など今はいない。思考する頭は一つでも多い方がいい。
そして、また同じ結論が出る。
「やはり、切り札が足りないか」
この作戦は『圧勝』でなければならない。苦戦、あるいは普通の勝利ではこちらの敗北と同義となる。
だが、どうしてもネックになる存在が二つ。
小山耕助と、その裏にいるであろう何者か。
小山耕助はその人格や経歴は別として、強力な覚醒者であり三つの異能と固有異能まで有する最上位の戦闘力を持つ。並みの覚醒者では束になっても勝てはしない。
更に裏にいる何者か……『賢者の会』本部に、小山が誰にも近づかせない秘密の区画があるのは調べがついている。だが、そこに何がいるのかまでは掴めていない。
はたして何者なのか。その戦力は。不確定要素が多すぎる。事前に全てが網羅された戦闘などないと聞くが、それでも無視できない。
小山と不確定要素。この二つを確実に潰せるジョーカーが必要だ。
いっそ、『赤城萌恵』に参戦してもらうか?いいや、それだと『あちら側』が……。
脳裏に、我が国最強の覚醒者の顔が浮かぶ。
……ここ最近、完全に足取りが掴めていない彼女。だが国内のMI6の動きからイギリスが花園加恋を英国に招待しようとしているのは確実だ。
これは非常にまずい。制御不能ではあるが、それでもいるのといないとでは大きく変わる。どうにか日本に留めたいが、接触すらできなければ不可能だ。
鍵は、ある。赤城萌恵の親戚とやらの情報。それを使えば彼女を作戦に組み込める可能性がある。一般人を巻き込む事に抵抗は勿論あるが、背に腹は代えられない。
なにより、こちらの認知していない場所で『あの内容』が彼女に伝わった場合。どんなタイミングで何をするかの予想がつかないのだ。爆弾の起動キーはこちらで握りたい。
どうにかして行動予測を……しかし花園加恋が言う『百合レーダー』とやらが意味不明すぎてどうにもならない。一応国内にある同性愛の相談を請け負っている施設には人を回しているが、望み薄だ。
……やはり赤城萌恵に戦力を割いてもらうしかないのか?いっそ米国か英国から戦力を引っ張れないか交渉を、いや駄目だ。そんな事をすればどんな要求をされるか――。
「ん?」
その時、仕事用のスマホに着信がきた。これは……県庁職員としてのスマホだな。
画面に表示された名前は、『大川京太朗』。
京太朗君か。そう言えばこの前赤城萌恵が彼の事を『青い鳥』と評していたが、私もその幸運を享受してみたいものだな。
いや、彼には既にいくつも依頼を受けてもらっている。これ以上を望むのは強欲だろう。
「もしもし、東郷だよ。どうしたんだい京太朗君」
『あ、すみません突然。実は前にお話した花園加恋さんが、パスポートについてお聞きしたいらしくて……』
「……なんだって?」
自分の耳を疑う。今、誰の話をした?
花園加恋がパスポートについて聞きたがっている?色々と思う所はあるが、その前に。
『す、すみません。お休みの日に。この話はちゃんと別の――』
「待ってくれ。お願いだ……そこに、花園加恋氏がいるのかい?」
早口で通話を切ってしまいそうな京太朗君を引き留め、小さく悟られない程度に深呼吸をする。
まさか……いや、そんな事が。
『え、はい。目の前に』
……どうやら、彼は本当に幸運の鳥らしい。
鍵を使う機会がきた。後は、私の腕次第だ。
* * *
サイド 大川 京太朗
「は、花園、さん……?」
無表情になった花園さんを前に、声を震わせる。
全身が、本能が告げている。これは、やばい。今目の前にいる存在は、自分を容易くくびり殺せる存在だ。そんな存在が、殺意と敵意をどうしようもないほどに溢れさせている。
「……これを、お返ししますシルバー」
「は、はい」
そっと差し出されたスマホを両手で受け取り、おずおずと彼女の顔を見上げる。
先ほどの無表情とは打って変わって優し気な笑みを浮かべる花園さん。普段見る彼女の顔だが、しかしその瞳は一切笑っていない。
歯の奥が震えそうなのを堪え、丹田に力をいれる。状況がわからなければ対応のしようもない。まずは、事情を聞かなければ。
「何があったんですか、いったい」
「東郷という方から聞きました。最近、神聖なる百合園に近寄る不埒な輩がいると」
マジで何を言ったんだよ東郷さん。え?もしかしてあの人も百合好きなの?
「前にも言いましたね、シルバー・リリィ。百合の間に挟まる男は、圧殺すると……」
胸の前で指を組み、祈りでも捧げる様に花園さんが目を閉じる。
「今日あなたと再会した事。これもまた百合女神の導きだったのでしょう。我らが女神に感謝を。そして、貴重な情報をくださった貴方と東郷さんにも」
「は、はぁ」
「この借りはいつか必ず返します。私は行かねばならない所ができました。人の世の法を破るのは最終手段であるため、まずは警察の方と合流しなくては」
いや本当になにごと?なんで東郷さんとの会話でそんな話になんの?パスポートは?
「それでは、良い百合ライフをお過ごしくださいシルバー・リリィ。貴方に百合女神の御加護がある事を」
「いえ別に百合ライフはいりませんが」
「ふふっ……謙虚なのですね」
「違います」
だめだ、やはりこの人は理解できない。会話が成立している様で成立していない。
一瞬彼女が膝を曲げたかと思うと、次の瞬間には猛スピードで走り出してしまう。その背中を見送り、東郷さんに電話をかけなおしてみた。
繋がらない。呆然とする僕の近くに一台の車が止まる。
「すみません大川さん。お待たせしてしまって」
「あ、いえ……大丈夫です……」
降りてきた田中さんに気のない返事をしながら、思わず天を仰いだ。
……つまり、どういうこってすか?
当然ながら胸中のこの疑問に答えてくれる者はこの場におらず。
東郷さんと花園さんの奇行の意味を察するのは、少し先の事となった。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.どうして花園加恋は桜井自動車が苦手なの?
A.花園
「身の危険を感じるのですよね……危険な獣が存在しているというより、ケダモノ?私にもよくわかりません」
赤城
「あの時のシスター擬きに会ったら今度こそ絶対に倒す。そして押し倒す」
花園さん、百合好きなだけで別に同性愛者ではないんすよ……。
Q.花園さんって海外に行けるの?公安が止めない?
A.東郷さん
「止める戦力があったらそもそも苦労していないんだよ……」
なお、もしも花園さんが京太朗に今日会いに来なかった場合、彼女は親切なお友達こと『英国淑女』が用意してくれたパスポートでイギリスに行きます。なんの後ろ暗い部分のない正式なパスポートで、正規の手順で飛行機にのるから法的にも止めようがありません。そして、たぶんそのまま年単位でイギリスに滞在すると思います。




