エピローグ.この世界に連続性を見出すなら
世界に連続性は存在しない。
観測者だけが持つ錯覚と言い切っていい。
なぜなら人間は、いや世界は過去に戻れないからだ。
戻ることができない過去は現在からは消滅してしまい、痕跡しか残らない。
過去の追跡や再演はできても、過去そのものは戻らない。
消え去ったものの連続性を誰が立証できようか。
常に、世界には現在しかなく、自分が感じている一瞬しか存在しない。
だが。世界からは薄れゆく過去で、消えゆく記憶でしかなかったとしても。
積み重なるものは必ず存在する。
――ひどく、頭痛がする。
目が覚めた時、見知らぬ光景を目にしていた。
ここはどこだ、と困惑する前に手に握りしめていた手帳を見て事態を把握した。
自分は三年前の交通事故にあったときから朝目覚めると記憶を失ってしまう病状になっていること。
そして、失った過去の記憶は、すべてこの手帳に記してあることと。
最後に、ここまで読んでも何も思い起こせなかったら、きっと自分は今日も記憶を失ったのだと思ってくれ、と書き記してあった。
両親の顔は記憶のままだった。すこしくらいは老けていたけれど。
自分の記憶がないことも把握していて、ちゃんと手帳は読んだかとか、学校の友達の名前は言えそうかとか、そんなことを心配そうに聞いてきた。
大丈夫、なんとかなるよと答えて食べ終えた朝食の食器を下げる。
――手帳の中に一人だけ分からない人がいたけれど、そんなことを言って無用に親を不安がらせる必要もない。
「行ってきます」
見送ってくれる両親に挨拶を投げかけてから玄関の扉を開く。
まぶしい日差しが今日も暑くなるだろう、となんとなく予感させた。
――なぜだか、昨日も暑かったと口ずさみそうになった。
初めて見た通学路を頭の中に覚えた地図を頼りに歩く。
――けれど、どこかで見た記憶がある。そう、こちらの道から行く方が近道なんだ。なぜ思い出せるのか、よくわからないけれど。
歩く最中、メモの記録を辿る。クラスメートの名前はただの一人も覚えがない。誰の名を見ても友人だったことすら思い出せない。それでも、大量の記述が自分の脳に友達の像を創り上げる。きっと、それだけの思い出を今までの自分を積み重ねたのだろう。
――じゃあ、この名前は誰だろう。何の記録もないこの誰かは。自分だけの記憶を渡したくないと言わんばかりに白紙の誰か。
ふと、ゆっくりとした速度で歩く見知らぬ制服の少女をみかけた。
――その少女の後ろ姿を見て。一つ裏切りをしたと思ってしまった。
なぜなら、今日は一目ぼれをしなかった。
「おはよう、文乃さん」
僕の恋は今日も続いている。