自室
「本当に、一緒には帰りませんの?」
ナナが魔力を全て内に戻したことで、闇の魔力の影響は綺麗に消え去ったように思えました。ですが、それも一時的なもの。当初の目的とは違い、魔王を滅ぼさずに、共存する道を選んだのです。今は抑えられているけれど、それがいつまた暴走するかは誰にも予想がつかないことでした。
「ああ。王様との約束は守れてないしな。魔王の脅威は去ったと思うけど……完全にってわけにはいかねぇし。いつ暴走しても大丈夫なように、俺はサナたちと離れる気はねぇから。そうなると」
「サナ、と言いますかナナに、あまり負担はかけられませんものね。城に戻ればあれこれ聞かれるのは間違いありませんわ」
言いたくないことを根掘り葉掘り聞かれれば、また心は不安定になり、暴走が起きかねませんからね。城で起これば、大問題です。
「うにゃ、本当はエミルも行きたくにゃいにゃ……」
「報告するのはわたくしも嫌ですわ。エミルだけでも付き合ってもらいますわよ! 逃がしませんわー!」
「うにゃぁぁ! わ、わかったにゃよぉ!」
本音を溢すエミルに、フランチェスカはガッシリとエミルの腕を掴んで低い声で訴えます。流石にひとりに押し付けるのは憚られたのか、逃げられないと感じたのか、エミルは素直に従いました。後者の方が強そうですが。
「ご、ごめんね二人とも……私が、もっと安定してれば良かったんだけど……」
その様子を見ていたサナが、申し訳なさそうに二人に告げます。その姿を見たフランチェスカはおもむろに、サナに抱きつきました。
「サナ! 生きていてくれて、ほんとーに嬉しいですわ! わたくしは、それだけで……十分なのです。貴女の苦しみを思えば、国王の一人や二人、簡単に言い包めてみせますわよ!」
「言い包めって……うう、フラン、苦しいよー。主に胸の圧力がー!」
「あ、エミルも入れてにゃぁー!」
「あう、苦しいよー!」
二人から挟まれるように抱きしめられたサナは少々苦しそうでしたが、その表情は明るく、嬉しそうです。いつか、ナナもこんな表情で笑える日が来れば良いのですが……流石にそう簡単にはいきませんよね。気長に傷を癒していくのを待ちましょう。
「さて。でもまずは……この国の事を調べることから、だな」
「あー、そうだったにゃ……気が進まないにゃぁ」
そうです。魔王の問題が一時的に解決し、はい終わりというわけにはいきません。城の者たちがどうなったのか、また教会の地下に避難した人たちは無事なのかなどを調べなければなりません。
その上で、今後のことをどうすべきかなどは、ベリラルの隣国であるカルニア国や、反対の隣国であるノストルド国、またはフランチェスカのいるシェンランジア国なども交えて話し合い、委ねてしまえば良いことですから。フランチェスカはまだまだ休めなさそうですけれど。王女というのも大変ですね。
「手分けは…しない方がいいよな。何があるかわかんねぇし。てことはやっぱ先に教会、かな」
「そうですわね。城は……だいたい想像がつきますもの」
あれほど闇の魔力の影響を受けていたのなら……無事ではないでしょう。アンデッド化が進んでいましたし、そもそもあれほど飢えた状態で生きていられる方がおかしかったのですから。
「まぁ、生きてない、だろう、な……」
「……それって、私たちの」
「せいじゃないぞ。断じて違う!」
サナが責任を感じ始めたようですね。それも仕方がありません。正直な話、原因は私たちにあったでしょうから。アリーチェが家を掃除し、ミオが悲しみを大泣きすることで放出した結果、魔物の生まれる渦が出来たのだと思うのです。そこから微量に漏れ出していた闇の魔力が時間をかけて増幅し、このような事態になったのです。全ては推測ですが、一番納得できる予測であると私は考えます。
「サナだって、こんなおかしな国の生まれじゃなく、ちゃんと愛情を注いでくれる両親の元に生まれてたら、こんなことにならなかったんだ」
「け、けど私たちは生まれてしまったし……やっぱり闇の魔力を多く持って生まれたからっ」
「それは抗いようのない運命ですわ、サナ。おかしな国や理解のないご両親の間に生まれ落ちてしまったの全て運命。それでしたら、こんな結果になってしまうのもまた運命だと言えますもの。全ては運命が悪いのですわよ」
「そ、そんな運命を持って生まれてしまった私たちに、やっぱり原因が……」
フランチェスカが言うことも、サナの気持ちもよくわかります。でも、そんなことを言い合っていてもラチが明かないですよね。全ては過ぎたことなのですから。
「あったとしても! その運命に立ち向かって、結果として最小限の被害で抑えられたって俺は思う。何より生きる道を選んでくれた。十分だろ?」
二人が言い合うのを、パンと乾いた手拍子で打ち切り、ナオがにこやかに言い切りました。最終的には、ナオの言うことが全てでしょうね。ナオはそれに、と言葉を続けます。
「もし罪を感じてしまうってんなら。俺もちゃんとそれを背負って生きるからさ。一人で背負わなくていいんだ。これからは」
そっとサナの頬に手を当てて、ナオは微笑みました。ああ、無自覚の……
「……いちゃつくのは後にしてくださいませね。さ、行きますわよ!」
「いちゃつ……!?」
「違っ……!!」
タラシですね。間違いなく。サナの顔は真っ赤ですし。おや、ナオの顔も赤くなっていますね。
『み、見てられない……!』
『そう? 仲が良いのは良いことじゃないか、ルイーズ』
『う、うるさい!』
談話室で様子を見守っていたルイーズまでもが頰を赤く染め、さっさと自室へと戻っていきます。オースティンは笑顔で二人の様子を眺めていますね。
リカルドとエーデル、パウエルにノアやアリーチェも、気づけば姿が見えなくなっていました。おそらく部屋へと戻ったのでしょう。
『もう、つまんなーい! あ、でも、今後はこれでからかえちゃうかも?』
『やめなよ、ニキータ。悪い癖だよ』
『ふーんだ。身体の使用権利はみんなにあるはずでしょぉ』
べっと舌を出してからニキータもまた、自室へと戻っていきました。まぁ、彼女はあれで親切なところもありますからね。少しくらいは目を瞑らなくてはいけないかもしれません。
『ジネヴラは? 部屋に、まだ戻らない?』
最後に残ったオースティンが、私にそんなことを聞いてきました。……部屋に、ですか。私は首をかしげます。
『もう、ずっと見守っていなくても大丈夫だろう? だって、表に出ているのが誰であっても、勇者がついていてくれてるんだからさ』
……言われてみれば、そうですね。目から鱗です。これまではずっと、私がサナを守らなくてはと必死で、もはや談話室が自分の部屋のようになっていましたが。ナオがずっと側にいるというのなら、私は何もずっと見張っていなくても良いのです。
『それに、ずっと見られてたら恥ずかしがっていちゃつけなかったりして』
オースティンが舌を出して冗談を言いました。けれど、それは由々しき事態ですね。せっかくですから、サナには遠慮などして欲しくはありませんし。もちろん、ナナにも。
『冗談はさておき……僕はここいらで、ジネヴラもゆっくり部屋で休む時間をとっても良いんじゃないかって思うんだ』
そう言ってくれたオースティンは、心配そうな顔を私に向けていました。ええ、今ならわかりますよ、オースティン。貴方はそうやって、いつも私の身を案じてくれていましたものね。……私も、いい加減言うことを聞こうと思いますよ。
『えっ、本当に? ダメ元だったけど、言ってよかった!』
意外だと言わんばかりに驚くオースティンがなんだかおかしくて、私は思わず吹き出しました。それから、ソファから立ち上がり、では行きましょうかと声をかけると、彼はますます目を丸くさせます。なんだと言うのでしょう?
『……うん。笑った方がいいよ、ジネヴラ。ずっと、いい』
……ああ。失礼ですね。私だって笑うことくらいあります。
談話室から立ち去る前に一度だけスクリーンに移る笑顔のサナを見て、私は数年ぶりの自室へと向かうのでした。





