【心の中の世界】エーデルの揺さぶり
「どういうことですか」
エーデルは私から離れてソファに腰掛けました。先ほど感じた威圧感が忘れられず、心臓がドキドキと大きく鳴り響いている感覚が抜けません。
「おや、あなたのスキルは全知でしょう? 知らない、などということはないでしょうに。おかしな事を言う」
私の内心を知ってかしらずか、エーデルは馬鹿にしたように鼻で笑い、そんなことを言いました。そうですね、私に知らないことはありません。知ろうと思えばなんだって知ることができるのですから。
「それでも知らない、というのならば……」
エーデルはこちらを見ずに顔を上に上げ、顎に手を添えながら告げました。
「知ろうとしない、のでしょうかね?」
ドクンと心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えました。知ろうとしない……たしかに、私が知ろうとしなければ物事を知り得ないのは事実です。必要でなければ知ろうとは思いませんし。けれど、サナに関することでそんなことはないのですが。
「あるいは、知るのが、怖い?」
怖いことなど……これまでの全ての記憶を保持している私に、怖いことなどもはやありません。落ち着きましょう。エーデルは、私を揺さぶりにきているだけなのですから。
「ふむ、違うようですね。ではこれでしょうか。知っていて、知らないフリをしている」
! 瞬間、心の中の渦がブワッと広がりました。大きくうねり、談話室の方にまで迫る勢いで渦が大きくなっていきます。
「エーデル……! いい加減にしてください! そうやって無駄な揺さぶりを……」
「ほう、これが正解だったようですね?」
「何を言うのですか。違うに決まっています」
「では、なぜ渦が反応を?」
渦が、反応した? 今のは、私の心に反応した結果だと、言うのでしょうか……? そんな、まさか。だって私は、いつだって冷静に物事を判断しなければならず、私は感情を表すことがありません。感情は必要のない存在だからです。最善を選ぶために、感情は不必要なのです。
「この渦は、魂たちの感情。誰かがショックを受ければ、それに反応して動きが活発になってしまう……ジネヴラの意見はこうでしたっけねぇ。今、この中で感情をあらわにしたとするなら、あなたしかいないのでは?」
現在、サナはこれから魔王を倒しに行こうと気合を入れ直したところですし、他の魂たちはそれぞれ自室にいます。渦が反応するとすれば、確かに私か、エーデルになりますね。
「あなた、ということも考えられますよ、エーデル。あなたが現れた時はいつも揺れ動きますしね」
「ふぅ、なかなか強情な人だ」
エーデルは肩をすくめてやれやれ、といったように首を横に振りました。本当に、なんだというのでしょう。それはこっちのセリフですよ。
「ところで、気付きませんか? ジネヴラ。ベリラルに住む人たちが見当たらないようですけれど?」
話を変えようとしたのでしょう、エーデルがそんなことを言いだしました。それはそうでしょう、ベリラルの住人はみな魔物に……いえ、おかしいですね。確かに違和感があります。
「住人全員がやられたのなら、もっと死体が多いはずですし、何より襲ってきた魔物が一体も見つからないのは不自然だと思いませんか?」
「……確かにそうですね。あの国王が、貴重な人材だけを集めて城に籠城しているかもしれません。やられっぱなし、というわけでもなかったのでしょう。魔物も、何体かは討伐したのかもしれませんね」
私が答えれば、さすがはジネヴラだ、とわざとらしい声で私を褒め称えてきます。正直言って良い気は全くしませんけれど。
それなりには見かけるのですけどね、人や魔物の遺体も。けれど、国民がこれしかいなかったわけではありません。もし全員殺されてしまったのなら、死体で埋め尽くされているはずですし。
それに、いくら疲弊した国民だからといって、黙ってやられるのを待ってるわけでもないでしょう。当然逃げたはずです。ではどこに? この国で避難できる場所といえば、二箇所だけです。
まずは城。けれどこれは国王と側近の他は、身分が高く、使える人材でなければ城に入れてくれないと思います。どれほどの緊急事態だとしても、ただの国民に門を開けるということなど絶対にしないと言い切れるでしょう。それほどの愚王と言えますからね。
そしてもう一箇所は、教会です。あの建物は城と変わらないほど頑丈ですから。それに、地下に避難スペースもあったように記憶していますし。行ったことはありませんが、そこに生き残っている人たちがいる可能性は高いですね。
「では、彼らに伝えますか? 生き残りがいる事を」
ニヤリと口元を歪めてそういうエーデルですが、私はそれは不要だと思います。
「その必要はないでしょう。もし生き残りがいたとしても、やるべきことは魔王を倒す事だけ。それが終わるまではどのみち篭ってもらうことになりますし……そしてなにより」
きっとエーデルもわかっていて聞いているのでしょう。けれど、この会話をサナが聞いているかもしれませんからね。しっかり答えて差し上げます。
「国王に見つかれば、呪いを受けてしまうかもしれません。そうなれば、二度とこの国から出られなくなってしまいますから。勇者一行というおいしい餌に、あの国王が何もしないなんていう事はあり得ないでしょう」
生き残りがいるかもしれない、ということくらいは伝えても良いかもしれませんけどね、と私は付け加えました。
「おやおや、慎重なことですね? けれど、良いのですか? 彼らは城の方に向かっているみたいですけど。もしかして……城に魔王が?」
そう、ナオが指し示した方には、やたら豪華な作りをした城があるのです。国民の血税をふんだんに使って、無駄な装飾を施したあの悪趣味な城が。
足を踏み入れた事はありませんし、国王を直接見たこともありませんけど、絶対に行きたくない場所ですね。何をされるかわかったものじゃありませんから。避難して生き残っているのなら、この状況をどうにかしろ、元の国に戻せ、なんて無茶振りさえしかねません。
そもそも、今も無事かどうかさえ、わかりませんけれどね。負の感情に影響を与える魔王の闇の魔力が溢れているわけですし……あれ以上酷くなる、というのも想像はつきませんけれど。
「ひょっとして、国王の醜い感情がさらに影響を受けて、魔王となった、という事も……?」
「やだなぁ、ジネヴラ。そんなわけないでしょう。魔王は、生まれたその瞬間から魔王なのですよ? 国王が生まれつき、黒髪紫目ならまだしも」
そうですよね。生まれた瞬間から魔王の運命は決まっているのですから。でも私たちは、というか国民も、国王の素顔を見たことがありません。もしかすると、それをひた隠しにしているからかもしれませんし……可能性はゼロではないと思うのです。
「結局、行って見なければわからない、という事でしょうか」
「ふふ、そのようですね? ですから、私の出番だと申し出たのですよ」
どういうことか、とエーデルに目線を向けてみれば、彼はこちらに顔を向けていつものニヤついた表情を浮かべていました。
「私は、対人相手の方が得意分野ですからね?」
ダブルスキル持ちの彼は、確かに対人相手には敵なしと言えるでしょう。相手は国王となるかもしれない……ならば、彼の手を借りることも考えに入れなければなりません。
ただし、その場合、ナオたちの安全の保証も出来なくなります。それだけは、なんとしても避けたい……私は余裕の笑みで座るエーデルを見ながら頭を悩ませるのでした。





