約束という名の願望
「言葉にならないわよね? ただ、ひたすらに、生きたいって。そう思うんじゃないかしら」
ニキータは立ち上がり、座り込む二人を見下ろしながら続けます。口元に笑みを浮かべたその表情を見て、二人は顔をより青ざめさせています。
「ニキータ、やめろ……頼む。誰かと交代してくれ!」
辛うじて、立っているのがやっとのナオが、ニキータを必死で見つめながら助けを乞いました。ナオも、手足が震えて使い物にならない状態のようですね……これは、さすがにまずいです。まだ魔王と対峙してさえいないのに。
「でもね。サナちゃんはこの『死』と、何度も対面してきたの。幼い頃から、ね」
ニキータはそれだけ言うと、三人に背を向けました。……ニキータ? もしや貴女は……
「今の気持ち、しっかり覚えておくのよぉ?」
一度振り返ってそう言うと、ニキータは先ほど魅了した魔物たちに向けて指示を飛ばしました。
「良い子のみんな。あたしのために戦いなさい? ほら、あたしたちを狙ってる子がたっくさんいるのぉ。やっつけてきて? あ、あたしたちに、傷一つつけたら……お仕置きするわよぉ。……行きなさい! がんばってねぇ」
ニキータがそう指示を出せば、魅了状態の魔物たちが襲い来る魔物たちめがけて走り出しました。
ああ、なるほど。そういう作戦だったのですね。誰にも何も言わないのでヒヤヒヤしましたが……なんにせよ助かりました。それを見て楽しんでいた節があるのは否めませんけれど。
「あ……」
「たす、かった、にゃ……?」
「は、はぁぁぁぁ……」
当然、三人は気が抜けたように脱力しました。魅了状態の魔物の方が圧倒的に多いですからね。向かってくる魔物もすぐに倒してくるでしょう。
「さ、てと。あたしはもう戻るわぁ。あなたたちの情けない姿も見れたしぃ。んふ、楽しませてくれたお礼に、あの子たちにはそのまま帰るように指示を出しといたわ。しっかり感謝して、ね?」
そう言ってニキータはクスクスと笑います。結果としてかなり助けられたわけですけれど、どうにも釈然としませんね。でも、たぶん彼女は……この三人に伝えてくれたのでしょう。サナが幼い頃に置かれていた状況を、身を以て経験させることで。
「本当に助かったよ! ありがとうな、ニキータ!」
命の危機に晒されながらからかわれたというのに、ナオは全く気にもしていないかのように、いつもの太陽の笑みを浮かべて素直にお礼を言い放ちました。そういうところが、ナオですよね。ニキータもぽかんとしています。
「……ほんと、あなたの能天気さはさすが勇者って感じよねぇ。拍子抜け。帰って寝よーっと」
こうして、ニキータは心の中へと戻ってくるのでした。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がニキータからサナへと戻ります。
『ニキータ! 私からも言わせて! みんなを、守ってくれてありがとう!』
チェンジ直前、サナはそう叫んでから表へと出て行きました。入れ替わりに戻ってきたニキータは、なんとも言えない微妙な面持ちで呟きます。
『……調子狂うわぁ』
それから、ふわぁ、と欠伸をしながら自室へと戻っていくのでした。……感謝、するべきですね。ニキータ、ありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね。
『ジネヴラまで変なこと言うのやめてちょーだい!』
振り返らずにそう言うニキータの後ろ姿が、どことなく照れているように見えたのは、気のせいではないかもしれません。
「ふぅ、落ち着いた。サナ、ありがとうな。二人も大丈夫か?」
サナは、戻ってからすぐに荷物の中から飲み水を取り出して三人に手渡しました。それから濡らした布も渡し、どうにか落ち着かせようと声をかけ続けています。そのおかげもあって、だいぶ落ち着きを取り戻したようです。
「にゃ、大丈夫にゃ。でもトラウマになるにゃぁ。情けにゃいにゃ……」
「わたくしもですわ……まさか、自分があんなに動けなくなるなんて、思ってもいませんでした。明らかに油断していましたわ」
それでも、先ほどの恐怖は拭い去れませんし、無力さを感じて落ち込んでいるようでした。サナはそんな三人を励まそうと口を何度も開きましたが……どうやらいい言葉が浮かんでこないようですね。
「それは、俺もだよ。大反省。魔王を倒すって覚悟を決めてたし、これまでも厳しい訓練に耐えてきた。命の危機を感じる魔物との戦闘だって経験してきたはずだ。でも、このザマだもんな」
ナオは一度顔を濡れた布でゴシゴシと拭くと、一度パンと両手で自分の顔を叩きました。気合いを入れたのでしょうか。その音に驚いて、みんながナオに注目します。
「自分が、思ってたよりもずっと怖がりだって気付いた。魔王討伐って言ってても、どこか実感がなかったんだよな、きっと。でも、今回のことで気付けた。みんなだって、そうだろ?」
どこか吹っ切れたように、ナオは三人に笑顔を向けました。その笑顔だけで、妙に勇気付けられるのですよね。不思議なものです。
「俺たちは死ぬのが怖い、弱虫だ。でもそれは、弱さとは違うと思う。ちゃんと、『死』を恐れようぜ! 恐れながら、魔王と戦うんだ!」
「『死』を、恐れながら……」
「うにゃ。エミルも、死ぬのは怖いにゃ……だから、生きるにゃ!」
ナオの言葉を受けて、それぞれが勇気付けられたようです。怖がってはダメだと、死んでも仕方ないと、そう思いながら自分を鼓舞させるのは、やはり心の重石となっていたのでしょう。怖がってもいい、と思えたことで、少し気が楽になったようです。
「いざ、って時は、逃げたって構わない。俺は、三人が逃げても良いって思ってる」
「……その言い方って、なんだか」
ナオの言葉にサナが反応しました。そうですね。まるで、自分だけは逃げない、と言っているようです。そして、それは正解だったようですね。
「むしろ、逃げてくれた方が安心する。ああ、みんなは無事だったって思えるから。俺は逃げずにみんなの背中を守るから、安心して逃げてくれよな!」
「何を言ってますの……」
「約束してくれ!!」
納得できない、とフランチェスカが声をあげましたが、被せるようにナオが叫びました。その迫力に、それぞれが黙り込みます。
「頼む……!」
その一言に、ナオの気持ちが全て込められているように感じました。言われたフランチェスカ、エミル、サナは、誰も何も言い返すことができませんでした。
「どのみち、魔王を倒せるのは勇者だけなんだ。つまり、俺だけ。その時まで、手伝ってもらいたいと思う。だけど……身の危険を感じたなら。逃げてくれ」
いつにない真剣な眼差しが、サナたちを射抜きます。しばしの沈黙の後、最初にフランチェスカが口を開きました。
「わかりましたわ」
「にゃ! チェスカ!?」
「そのかわり……!」
グッと拳を握りしめて、フランチェスカがナオを睨みつけます。泣くまい、という強い意志が感じられます。
「ナオ、必ず魔王を倒してください。死ぬ事は許しませんわよ……!!」
「……うん。私も、その約束してくれるなら、言うこと聞く」
「え、エミルもにゃ!」
魔王に勝ち、生きて戻る事。なかなかの難題ですね。ですが、女の子三人に言われて首を縦に振らないなんて……そんなこと、できませんよね? ナオは目を見開くと、すぐにふわりと微笑んで答えました。
「わかった。約束する」
約束は、四人の願望となって、それぞれの胸に刻み込まれたのでした。





