意地悪
ベリラル内部は、悲惨な状態となっていました。人であったものがあちらこちらでみられ、家屋はほぼ全て倒壊。比較的、人としての姿を保っている亡骸は全て、アンデッドという魔物となって私たちに襲いかかってきたのです。
「あたしの魅了はぁ、ああいう、魂がないモノには効かないわよぉ」
「問題ありませんわ。わたくしが浄化します。聖属性ですもの」
そういった、アンデッドは全て、フランチェスカが浄化してくれましたけどね。彼女の聖属性魔力を浴びるだけで、アンデッドは動かぬ亡骸へと戻っていきます。
「チェスカ、助かるにゃ。魔物になったとはいえ……元は人にゃ。攻撃するのはにゃんか、嫌にゃ……」
「それはわたくしも同じ気持ちですもの。お任せくださいな」
元は罪のない国民ですからね。それも、ベリラルの駒として住まわされ続けた哀れな国民。国から出られず、圧政を強いられ、増え続ける税に耐え……それでいて表向きにこやかに過ごしてきた彼らの鬱憤は相当なものだったでしょう。だからこそ、亡骸が闇の魔力に晒されて、魔物になってしまうのも簡単であったと考えられます。負の感情と闇の魔力は相性が良いですからね。
「見ろ! 向こうから……う、わぁ……すげぇたくそんの魔物がくるぞ!!」
「に、ニキータ、あ、あれだけの数、大丈夫ですの?」
声を上げたナオの指す方向を見れば、人の気配を感じて一気に襲いかかってくる魔物の群れが見えてきました。……ものすごい数ですね。もはや群れというより波のようです。あの一つ一つが魔物だと思うとゾッとします。
「さぁ? そこまでは試したことないものぉ。それに、アンデッドが混ざってたら、それは無理よぉ?」
だというのに、余裕を崩さぬ態度でニキータは答えます。少しは焦ってください! いざとなったら、心の中に戻ろうとしているのが丸わかりです。
『死ぬ事については構わないもの。痛い思いをするのは嫌だけどぉ』
そこまで言い切るのはいっそ清々しいですね。ですが、信じますよニキータ。貴女のスキルの強さを。
「来るぞ!! エミル、いつでも迎撃出来るように準備だ! フランは浄化魔法を放ってくれ! 俺は、どちらでもいけるように構えとく!」
「わかったにゃ! ううっ、あんにゃに、うじゃうじゃ、気持ち悪いにゃぁ……!」
「わかりましたわ! エミル、ここが踏ん張りどころですわよ!」
あと数十秒もすれば魔物の波に呑み込まれる、といったところでナオが叫びました。相変わらず的確な指示ですね。
「んもう、信用ないわねぇ? ま、しかたないけどぉ」
何をしているのですか、ニキータ! もう魔物は迫っているのですよ!?
「んふっ、焦るジネヴラなんてめっずらしい。もう少し焦らしちゃおっかな?」
っ! ……まったく、そんな事を言っている場合ではないというのに。でも、確かに冷静さを欠いていましたね。その点は認めます。すみません、ニキータ。魔物は、より引きつけておいた方が、魅了の範囲内に収まりますものね? 魅了は単発の発動しかできません。出来る限り広範囲で発動させるのでしょうけれど、あれだけの数ですから、範囲に収まらない事も考えられます。出来る限り、その範囲に収めるためにギリギリまで待っている、というところでしょうか。
私がそう伝えると、ニキータは心底つまらない、というようにため息を吐きました。
「あーあ、一瞬で答え出すなんてほんっとつまんないわ。もう少し慌てる様子を見たかったのにっ」
それは申し訳ありませんでしたね。ですが、そろそろ集中してください。うかうかしていると、スキル発動前にやられかねません。
「ニキータ! 魂の誰かとお話ししている場合ではありませんわ! まだですの!?」
「待て、フラン! たぶん、ギリギリまで引きつけてるんだ! そうだろ!? だから、少しの間は凌いでくれ!」
「わ、わかったにゃ!!」
おや、ナオの方が私より冷静でしたね。やはり戦闘経験の差でしょうか。ニキータは面白くなさそうに口を尖らせていますけれど。
「やられたって、別に平気でしょお? でもぉ、痛いのは嫌だから、そろそろやるとしようかしら、ね?」
「やられても、平気……?」
ポツリと零したニキータの呟きをナオが拾いました。けれど、それを気にすることなく、ニキータは数歩前に歩みでました。あと数秒で手が届くところまできています。ナオも思考を切り替えてそれ以上は聞くのをやめたようです。
「はぁい、みんな。乱暴しないで? あたしと、仲良くしましょ?」
ニキータがそう言いながらウインクをしました。スキル【魅了】が発動しましたね。
その瞬間、あんなに勢いよく突進してきた魔物たちの動きが、次第にゆっくりになっていきました。明らかに、先ほどまでの戦意がなくなっています。走ってこちらに向かっていたため、急には止まれずに私たちの元まで来ましたが、私たちを避けるように素通りし、やがて止まりました。
「っ、はっ、はっ、は、はぁ……っ、と、止まった……?」
どうやら止めていたらしい息を吐き出し、呼吸を荒げながらナオが言います。エミルは腰が抜けたのでしょう、へなへなとその場に座り込みました。フランチェスカも驚いたように目を見開いていますが、時折見られるアンデッドを浄化する手は止めていないところがすごいですね。
「まだ油断するのは早いわよぉ? 魅了の範囲からもれた魔物がいるもの。んふ、でも勇者くんたら、足が震えてるの? かぁわいい」
「なっ、だっ、だって、仕方ないだろ! さ、さすがにこんな魔物の波は、は、初めてで……!」
顔を赤らめ、拳で自分の足を殴り始めたナオ。ニキータの言うように。まだこちらに敵意を見せている魔物がいますからね。しっかりしてくれないと、せっかく危機を乗り越えたと言うのにやられてしまいかねませんよ。けれど、さすがのナオでも今しがた感じた恐怖心からはまだ立ち直れないようです。エミルも相変わらず立てなさそうですね……
「わ、わたくしが、あ、相手しますわ……!」
一人、アンデッドを浄化するという役目があることで、どうにか立っていられたフランチェスカが気丈にもそう言いますが……浄化作業だけで手一杯でしょう。それに、同じように恐怖を感じていたのですから、むしろ立っているのが奇跡と言えるほど精神が疲弊していると思います。……困りましたね。
『あ、あんなの、目の前で見たら……私は倒れてるくらいだよ! どうしよう、みんなが危ない! ジネヴラ!』
ソファでスクリーンを見ていただけだったにも関わらず、サナも全身を震えさせています。目に涙をためて仲間たちを案ずるサナは、放っておいたら自らチェンジしにいきそうです。何もできないと、わかっているのに。
「んふふっ、王女さまったらかっこいーのね? でも、無理そうに見えるけどぉ?」
「に、ニキータ……!」
「なぁ! ルイーズとか、チェンジできないのか? このままじゃ、お前だって……」
ニキータが微笑みながらそういうと、ついに限界、とばかりにフランチェスカが座り込んでしまいました。力が抜けてしまったのでしょう。極度の緊張状態でしたからね。その様子を見てナオがルイーズをと提案しましたが、それを遮ってニキータはナオの唇にそっと人差し指を添えました。
「しー、静かに。あたしは、別に平気よ? それよりも、見て」
そして、唇に当てた人差し指をすっと進行方向に向けます。そこには、魅了の範囲外だった魔物の群れが見えました。先ほどではありませんが、なかなかの数です。
「ひっ……にゃ、あ……っ!」
「あ、あ……!」
エミルとフランチェスカが口の中で悲鳴をあげました。ガタガタと傍目にもわかるほど震えています。普段なら倒せるであろう魔物も、今の状態で見れば恐怖の対象。身動きの取れない恐ろしさを感じたようです。そして、ニキータはそんな三人に、容赦のない言葉をかけるのでした。
「ね。『死』が迫ってるって、どんな気持ち?」





