ニキータの誕生
瞬間、心の中に紫色の光が溢れました。魂の誕生です。憎しみの心から生まれてしまいましたから、私はかなり警戒していました。今でさえ手一杯なのに、これ以上厄介な存在が生まれるのは、と頭痛を覚えましたね。
『んふっ、利用されたくないなら。こっちが利用しちゃえばいいのよ。簡単よ』
そうして現れたのは、金髪をカールさせた若い女性でした。赤い瞳が妙に艶めかしく、目元の泣きぼくろがより彼女の色気を醸し出しています。瞬時に、嫌な予感がしましたね。そして、その予想は当たったのです。
私のことをチラと横目で見た彼女は、真っ直ぐ支配者の席へ行ってあっという間にチェンジしてしまいました。私の止める隙を与えなかったのが、あの視線でなんとなくわかりました。ニキータはこの状態を理解している、それでいて、自分の記憶も持ち合わせているという変わった魂だったのです。
「ね、あたしと、あそぼぉ?」
チェンジしたニキータは、すかさずそれらしい男を見つけ、自ら声をかけにいきました。見た目は子どもだと言うのに、やけに色っぽい彼女のオーラのようなものに、男たちはすぐに当てられていたように思います。
「ねぇ、あたし、かわいいでしょ……?」
身体を絡みつかせ、両腕を首の後ろに回し、頬と頬をくっつけて耳元で囁やく。それが彼女のいつもの手法でした。そしてそのまま……スキルを発動させるのです。
彼女のただでさえ強力な魅了のスキルを間近で受けた相手は、すぐに彼女の僕と化します。偉そうにしていた者も、ガタイの良い真面目そうな者も、子どもには興味がないとひたすら断っていた者も、例に漏れず彼女の足元にひれ伏す様は、何度見ても慣れませんでしたね……当時の私の頭痛の種でした。
とはいえ、魅了させて彼女が彼らにやらせたことといえば、お腹が空いたから美味しいものが食べたい、だとか、もっとましな服が欲しいだとか、そういったわがままくらいでしたけどね。魅了状態では思考があまり働かず、盗んできたり、人に危害を加える事もありましたので気が気ではありませんよ。ニキータ自身が手を下すことはないのですけれど、彼女が原因で事件を起こしているのは間違いありませんでしたからね。
それから厄介だったのは、魅了されている間の記憶も、全て本人には残されている、という点でした。
「この、ガキ……調子に乗りやがってぇ……!!」
当然、我に返った者たちが、ニキータに襲いかかる事もありました。その時は殴られる直前に、再び魅了をかけたので事無きを得ましたが……我に返った時にサナであったらと思うと肝が冷えますね。わけもわからず、知らない男に殴られるところでしたから。
本人も、それで少し学習したのでしょう。さすがにその瞬間は顔が強張っていましたし。けれど、反省の方向が少しおかしかったのです。
「ふ、ふふふ……そう。あたしに歯向かうっていうのね? イケナイ子ねぇ……?」
今後は、そういった屈辱を与えないようにすれば良いだけなのに、ニキータは違いました。二度と逆らえないように、魅了中により恥ずかしい行いをさせて脅しをかける事にしたのです。この時は確か、大通りで下半身の下着以外の服を全て自ら脱がせて、魅了を解いていましたっけ。彼女自身は目に涙を溜めて被害者ぶった演技をして。彼以外にも魅了していた人を数人置き、見せしめのようにしていましたね。
それから、怯えた風を装って、小声で彼らに言ったのです。
「あたしに歯向かうというなら、よぉく覚えておいて。この程度、かわいいものよ? なんなら、貴方達の奥さんや家族、知り合いの前で……あたしの前で跪かせて靴を舐めさせたっていいの。それでいてあたしは酷く怯えて見せるわ。そうしたら貴方達……社会的に死んじゃうわね?」
それを聞いた彼らは真っ青になって逃げ出しました。ニキータはあらら、と悪びれる様子もなく、クスクスと笑って見送ります。本当に、よくこんな事を考えつくものです。
こういった事があったからこそ、ニキータは魅了中には必ずこうして脅しておくようになりました。記憶は残りますから、他言したり、歯向かおうとすれば社会的に死ぬと、彼らに刷り込んだのですよね。
危ない橋を渡りますよね、本当に。だって、常にニキータならどうにかなったかもしれませんが、ニキータである時間はそこまで多くないのですから。一日のほとんどをサナが身体を使っている以上、寝込みを襲われれば溜まったものではないのです。まぁ、サナの危険察知により、いつも事前にほかの場所へと移動できていましたから、どうにかなりはしましたけど……一つ所に長居する、ということが、彼女のせいでできなくなってしまったのです。
サナ本人は、その行いを全く知りもしなかったのですが、噂というものは侮れないもので、周囲の人から嫌味や罵倒を投げかけられる中でニキータの行動を知ってしまう結果となっていました。
サナは考えました。自分の知らぬところでそんな事をしてしまっているなら、むしろそれを仕事に活かせないか、と。男を誑かすのが得意なら、あの場所だ、と。そんな安易な考えでフラフラと娼館へと向かったのです。
「よくは知らないけど……男の人の相手をするだけで、住む場所もご飯ももらえるんだよね」
そう、サナは娼館がどういった場所であるかを知りませんでした。だからこそ、なんの躊躇いもなくそんな考えに行き着いてしまったのです。当然私は焦りました。今よりさらに、サナが傷つく事になってしまう。それは何としても避けたかったのです。
でも、当時は言う通りにチェンジしてくれる人もなかなかおらず。私の声もサナには届かずで、八方塞がりだったのです。
だからこそ、あの場で声をかけてくれた義父は、私にとって救世主でした。
「君、そんなところで何をしているんだい……?」
身なりの良い男性が、娼館の前でウロつくサナに声をかけてきました。
それが、義父でした。
もちろん、人が怖かったサナは警戒し、身構えて逃げようとしましたけれど、彼は何もしないよ、とサナの目線に合わせて屈みました。何も持っていない、と手を広げてアピールしながら、優しく微笑む義父に、サナは立ち止まり、様子を見る事にしたのです。
「君くらいの小さな子が、こんなところを一人で歩いていたら、危ないよ? お母さんと逸れたのかな?」
「……いない」
「……もしかして、一人なのかな?」
こういった孤児は、珍しくはありませんからね。彼はすぐに察して、でもサナを刺激しないようにやんわりと質問をします。サナは黙って首を縦に振りました。
「ここで、働いているのかい?」
それから娼館を指し、そう尋ねた彼にサナは首を横に振り、小さな声で答えたのです。
「働けるかなって。……ご飯、食べられるかも、しれないし……」
「ふむ。なるほど……」
おそらくですが、この時点でサナが何もわかっていない事を察してくれたように思います。彼はそれなら、と手を差し出して提案してくれたのです。
「私はね、今道に迷っているところだったんだ。大通りがどこか知っているかい? 案内してくれるのなら、お礼に食事でもどうだろう。妻と待ち合わせをしているから、困っていたんだよ」
サナをひとまずこの場所から離す目的だったのでしょうけれど、機転のきいた誘い方だと思いました。こう言われてはサナも案内するでしょうし、なによりご飯が食べられるとあってあっさり承諾したのですよね。今にして思えば、安易な行動だったとは思いますけれど、結果として彼はとても良い人でしたしね。
こうして、義父に見つけてもらえたサナは、義母にも受け入れられ、養子となる道を進むこととなったのです。





