成人
「無傷で……? それってどういうことだ?」
「もしかして、そんなスキルを持つ魂がいるんですの?」
まずナオが反応し、フランチェスカがハッとしたように気付きました。サナは一つ頷いてから、心の中での会話を三人に話して聞かせます。
「と、いうわけで……ニキータに代われば魅了のスキルでこの先の魔物と戦うことなく、先に進めるみたいなんだ。けど……」
「魅了で、エミルたちもメロメローってなるかもしれにゃいのにゃ?」
「うん。そんな事しないって言ってるんだけど、ジネヴラは反対みたいで」
スクリーンを眺めながら、本当にしないのに、と頰を膨らませながらこちらを睨むニキータ。これまでのことを思えば信用できないのは仕方ないでしょう。意味もなくオースティンをからかったり、子どもたちを泣かせたりするのですから。普段の行いというのはこういう時に影響するのですよ。
「わかった。俺はチェンジしてもらった方がいいと思う。俺は耐性もあるし、ちゃんと警戒もする。もしフランやエミルがかけられても、俺なら解除魔法もかけられるしな!」
「わたくしも、異変を感じればすぐに解除魔法をかけられますわ。エミルにもかけられますわよ」
「にゃー、エミルはすぐかかると思うのにゃ。その時は頼むのにゃ、チェスカ!」
どうやら、話はまとまったようですね。皆がそれで良いというのなら、私も拒否する理由はありません。けれどニキータ、くれぐれも気をつけてください。
『なによぉ、ほんっとうに信用ないのね、あたし』
いーだ、と子どものように舌を出すニキータに少々呆れてしまいます。そうではありませんよ。
この先に進むのは、嫌な予感しかしないのです。この私が、行かない方が良いと感じるほどに。ですから、貴女も気をつけなさい、と言っているのですよ。
『……なにそれ。ほんと、ジネヴラってジネヴラよね』
私がそういえば、きょとんとした顔でニキータがつぶやきました。私は私ですよ、最初から。よくわからないことを言っているのは、ニキータの方でしょうに。いくら信用ならないとはいえ、ニキータだって私たちの一部で、運命共同体なのですから、心配するのは当然でしょう。ま、同じ境遇でもエーデルを心配する気にはなれませんけれど。
『はいはい、どうせそんなことだろうと思ったわ。じゃ、遠慮なく行かせてもらうわよぉ、サナちゃん』
「うん、来ていいよ。ニキータ」
ニキータの言葉に、サナが返事をして目を閉じます。目を閉じなくてもチェンジはできるのですけれど、気持ちの問題でしょうね。サナも、ここへ来てスクリーンを見ていられるといいのですが。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者が、サナからニキータへと変わります。
願っていた通り、ニキータと入れ替わるようにサナが談話室へとやってきました。ああ、良かった。早速サナに声をかけます。
『ジネヴラ。良かった、ここに来られて。そうなるように意識してみたんだよ』
自ら意識してくれたのなら、うまくいくのも道理ですね。私はサナに、空いているソファに腰掛けるよう促しました。
『ごめんね、勝手なことして。ジネヴラは反対だったのに。心配して、言ってくれたんだよね?』
ソファに座ると、サナは申し訳なさそうに私に謝ってきました。そんな必要ありませんよ。これまでは全て私が指示してきましたから、その流れで指示したまで。サナがこうしたいと思うことがあれば、私はそれを尊重します。それに、もしそれで何かあったとしても、その時にフォローすれば良いのですから。
『そっか……ありがとう、ジネヴラ』
礼には及びません。さ、外の様子が心配です。スクリーンに集中しましょうか。さて、ニキータはうまくやってくれるのでしょうかね……
交代したばかりの彼女は、やはりと言うべきか三人の表情を引きつらせていました。
「なぁに? さっきからあたしの方ばっかり見て。まだなぁんにも、してないわよ?」
チェンジした瞬間から溢れ出る色気のようなものがあるのですよね。これは特にスキルを発動しているわけではなく、本人から漂うものではあるのですが……外見はまだあどない少女であるのに、動きや口調一つでこうも変わるのかと思うと本当に不思議なものです。
「それとも……シて、ほしいの……? 勇者くん」
「……っ! な、何を……っ」
ニキータは絡みつくようにナオの胸に手を当てつつ、顔を近づけました。彼女は割と誰にでもああやって距離を詰めるのです。私にもよくやりますしね。けれど、こういった女の色気に耐性のなさそうなナオは、一気に顔を赤く染めました。やれやれ、状態異常には耐性があってもこの手の耐性はないのは少々情けないですね。
「ナオ……鼻の下が伸びていましてよ」
「ニャオ……ロリコンにゃ?」
「なっ、違っ……! ちょ、ニキータ、離れてくれ……!」
まんざらでもなさそうなナオに白い目を向ける二人。それを見て慌ててニキータを押し戻したナオは必死に弁解を始めました。
「い、いくら中身が大人でも、身体はサナのもので、サナはまだ子どもなんだから……」
「あら?」
しどろもどろ、と言った様子でナオは目を逸らしながら言いましたが、なにやら勘違いしているようですね。まぁ、それも仕方のない事ではありますが。ソファでサナもむくれています。
「あなたたち、勘違いしてるみたいね?」
「勘違い、にゃ?」
ニキータはクスッと笑うと、大きさを確かめるように自身の胸に両手を当てて、はぁ、とため息を吐きました。
「ま、こぉんな色気もへったくれもないお子ちゃま体型なら、勘違いしてもしかたないけどぉ。あ、あたしはもっとあるわよ? 王女サマほどじゃないけどぉ」
流し目を作りながらなおも自身の胸を揉みあげるように見せつけたニキータに、ナオの顔は真っ赤です。口をパクパクさせていますね。彼にとっては、今までにないタイプの人間なのでしょうね、ニキータは。
「ど、どういうことですの?」
そんなナオをいったん無視して、フランチェスカが尋ねます。ニキータは呆れたようにため息を吐き、今度は身体を抱きしめるようにしながら答えました。
「だからぁ、この子。サナちゃんね? 成人してるわよぉ? 勇者くんと、同じ年」
「え、そ、そんにゃ、嘘にゃよね……!?」
「じゅ、十七……!?」
「俺と、同じ……!?」
三人は、予想だにしていなかった、というような反応を見せました。誰もがさすがにそれは嘘だ、というような顔をしています。信じていませんね……ですが、これは事実です。
「嘘じゃないわよぉ?」
「い、いや……さすがに信じられないぞ? だ、だってどう見ても……まだ、成人前……」
ナオの戸惑う声に、他の二人もうんうんと首を縦に振っています。サナはもはやしょんぼりとしていますね。まぁ、本人も気にしていたようですから仕方ありません。
けれど、これには理由があるのですよ、サナ。
「……身体と心って、本当に繋がってるんだなって思うわ。これが何よりの証明ってわけ」
どうやら、ニキータは話すようですね。でも……今はサナも聞いています。心に負担がかからないとよいのですが……
『? 何か、あるんだね。大丈夫。私、聞きたい』
……わかりました。では、このままニキータの話を聞くとしましょう。私とサナは再びスクリーンに目を向けました。
「この身体はねぇ、ある時から成長が止まってるの。心が成長を拒否したから。本人が成長を望まない限り、きっとこのままなのよ。……あたしたちがいくらこの身体でそれぞれ成長していても、ね。それはまるで、お前はこの身体の本当の持ち主なんかじゃない、て言われてるみたいで腹が立つわ。自分たちは仮初めの存在なんだって……この身体の支配権を得る度に、あたしたちはいっつも思い知らされるのよ……!」
ニキータは、どこか憎々しげにそう言い放つのでした。





