ニキータの申し出
大型魔物と戦うこと数回、ようやく森の出口に到着しました。生い茂る木々がなくなった分、視界は開けましたが薄暗さは変わりません。そしてなにより……
「ここは、本当に、国境なのか……」
「ひどい……」
ベリラルへと入国する際には、強固な門を通らなければなりません。鉄製の大きくて丈夫な門であったと記憶しています。ですが今は見る影もなく、鉄扉はひしゃげ、踏み荒らされた後が生々しく残されていました。
あちらこちらに焼け焦げた跡や血の跡、建物が破壊された跡が残っており、ここで激しい戦闘が行われたことが一目見ただけでわかる有様だったのです。
「人、が……」
そう。カイルたちの村を見た時と決定的に違う点がありました。大きな違いです。
ベリラルに住んでいた国民でしょう、沢山の亡骸があちらこちらに見られるのでした。人としての原型を保てていないのがほとんどで、思わず目を背けたくなる光景に、四人はそれぞれ言葉を失ってしまうのでした。実際、女性陣はサッと目を背けました。
「……行こう」
どれほどの時間をその場で呆然と過ごしたでしょうか。まるで、金縛りにあったかのようなこの状況を打ち破ったのはナオの一言でした。
たった一言。それだけでしたが、いろんな意味が込められているように感じます。出来ることなら、亡骸を手厚く葬ってやりたい。けれど今は埋葬に時間も体力も取られるわけにはいかないのです。
この光景を見て思うことはたくさんあります。助けることが叶わなかったことへの悔しさ、行き場のない怒り、このままではカイルたちの村、最悪、全世界でこういった光景が広がってしまうかもしれないという焦り。
その全てを飲み込んで、私たちは前へと進まなければならないのです。被害をこれ以上、広げないためにも。
「な、ナオ……! この先は……!」
サナがガタガタと身体を震わせて訴えます。危険察知が警鐘を鳴らしているのでしょう。ナオは頷き、サナの手をにそっと自分の手を重ねました。
「わかってる。強い魔物がうじゃうじゃいるんだよな。気配でわかる。でも……」
ナオはキッと進行方向のさらに先の方を見据えて告げたのです。
「この先に、魔王の力を強く感じるんだ」
この先。……なんだか嫌な予感がしてきました。ゾワゾワと、悪寒が走るこの感覚は初めてです。これ以上、先に行ってはいけない、そんな感覚が私を襲いました。
ああ、サナ。危険です。とても嫌な予感がするのですよ。その先へは行くべきでは……
『いいえ、行くべきよ』
私がサナにストップをかけようとした時、遮るようにニキータが割って入ってきました。貴女は先ほど、部屋に戻ったのでは……?
『サナちゃん。聞こえるぅ? あたし、ニキータっていうの。はじめましてぇ』
『! ニキータ……? あの、はじめまして……』
何を勝手なことをしているのですかニキータ! 今はそれどころではないのですよ!? 私がそう叫ぶものの、ニキータはどこ吹く風。やめてください、サナを揺さぶるのだけは絶対に許しませんからね……!?
『やだぁ、ジネヴラ怖ぁい。そぉんなことしないわよぉ。ただ、あたしが今チェンジすれば、この先の魔物との戦い、楽になると思ってぇ。わかるでしょジネヴラ、あたしのスキルのこ、と!』
ニキータのスキル……【魅了】ですね。それも強力な。対象も無差別にはならず、貴女の思うがままです。確かに貴女のスキルなら、この先の魔物たちを皆、魅了してしまえるでしょう。戦わずして、魔王戦に挑めます。けれど……ナオたちも一緒に魅了してしまわないか、私はどうしても彼女を信頼しきれません。
『それとも、ルイーズにするぅ? どお? ルイーズは、この先の戦いに自信あるのぉ?』
まるで、挑発するようにニキータは流し目を送りました。その先にはいつの間にきていたのでしょう、ルイーズが立っており、苦々しい表情でニキータを睨んでいました。
『……無傷では、いられないだろうな』
『ほらぁ。ね? サナちゃん聞いてたぁ?』
勝ち誇ったようにニキータがきゃっきゃと喜び、飛び跳ねています。待ってください、まだ私は許可を出していません。
私がそういえば、ニキータは私に近付き、顔をずいっと寄せて囁きます。
『いつも思ってたけどぉ。なんで、ジネヴラの許可が必要なのぉ? 統括だから? でもそれより大事なポジションにいるサナちゃんに、許可をもらえば問題なくなぁい?』
それは……! 私はいつも、あらゆる選択肢の中から最善を選んで……!
『それが最善だったかどうか、誰が判断するのぉ? それも、ジネヴラ?』
それは、そうでしょう……実際、これまでうまくいってきましたから。大きな問題が起こっても、どうにかなってきたじゃないですか。
そうです。私はいつだって、魂たちのことを考えて、あらゆる可能性を考慮しながら最善を選んできました。それは事実です。
『これまでそうだったからって、今後もそうとは限らないじゃない。ううん、これまでだって、もっといい最善があったかもしれないわぁ。あなたがそう思っているだけでね、ジネヴラ』
なんなのですか。貴女は、私を揺さぶろうというのですか? そうはいきませんよ。ですが、その考えを頭から否定するつもりはありません。一理ありますからね。ですから、そんな遠回しに言わずに言ったらどうです? 貴女は、どうしたいのですか?
『あらぁ、意外と頭が柔らかいのね。嬉しいわ』
私が問えば、ニキータはわざとらしく嬉しそうに手を叩き、笑顔を見せました。どうもそれが演技じみているから、信用ならないのですよね。
『じゃあ、はっきり言うわね? あたしが、チェンジするわ。この先を進むのに、協力してあげる』
それだけですか? 申し訳ありませんが、それだけとは思えないのですよ。これまでのことを思えば当然です。ほかに、何か目的があるなら言ってください。善処はしましょう。
『失礼しちゃう! あたしはただ、純粋にそう思っただけよぉ? だって、無事に帰りたいのはみんな一緒じゃない。ほら、一蓮托生でしょ? あたしたち』
それはそうですけどね。本当ですか? あわよくば、と何か企んでいるのでは?
『ほぉんと、疑り深いわねぇ。ま、ちょっぴり勇者くんをからかいたいとは思っているけどぉ』
やはりそうですか……ここへきて、関係がギスギスしてしまうのは問題です。魔王との戦いも目前という今、体力も精神力もすり減らすわけにはいかないのですよ。やはり今回ニキータを表に出すのは賛成できません。
私がそう決断を下すと、ニキータはあからさまにガッカリというような反応を見せました。ケチ、だのズルい、だの、文句がとまりませんね。わかってはいましたけれど……ほんの僅かでも、リスクは減らしたいのですよ。
『待って、ジネヴラ。それからニキータ』
そこへ、サナが会話に参加してきました。これまでのやり取りを聞いていたのでしょう。口に出さずに会話に参加できていますね。慣れてきたようです。
いえ、今はそれは置いておきましょう。なんですか、サナ。
『私は、その……ニキータにチェンジしても、いいと思う』
『! ほんとぉ!? ね、ね、聞いてた? ジネヴラぁ!』
サナ、貴女はニキータをあまり知らないからそう言えるのかもしれませんけれど……彼女は色仕掛けで男女問わずに誘惑しかねないのですよ? ナオたちに影響が出ないとも限りません。
私は必死にそのことを伝えます。サナはニキータについてほとんど知りませんからね。
『うん。きっと、私にはわからない困ったところがあるんだよね? だから、それを今、教えて? それでね……』
サナは、心での会話をやめ、声に出して言いました。
「みんなにも伝えるから。注意点を知っていれば、きっとなんとかなるもん。無傷で先に進めるなら、それに越したことはないと思うから」
そう告げたサナの瞳は、揺れることなく真っ直ぐに仲間たちに向けられていました。





