決断
「わ、私は……力もなくて」
「うん」
「魔法も、使えないし……」
「うん」
「きっと、みんなの足を引っ張ると思う……」
「……うん」
ゆっくりと、一言ずつサナが言葉を紡ぎ、それを丁寧にナオが拾っていきます。あくまで聞きの姿勢ですね。口を挟む気はないようで、サナがそれ以降少し黙ってしまいましたが、根気よく待ってくれています。迫る魔物を退け続けている他のみなさんには悪いですけどね。
「けど……」
ようやく、気持ちを固めたのでしょう。サナはグッと顔を上げて、真っ直ぐナオを見つめながら言いました。
「一緒に、行きたい……! 連れて行って……くだ、さい……!」
言い終えた後も、顔を俯かせることなくナオをじっと見据えるサナ。唇は震え、目には涙をいっぱい溜めて。全身も小刻みに震えていますね。でも、グッと歯を噛み締めて耐えているようでした。
「そうか。うん。一緒に行こうな」
そんなサナとしばらく見つめあったナオは、優しい微笑みをいつもの明るい笑顔に変え、嬉しそうに答えました。どこか安堵しているようにも見えます。
「い、いいの……?」
「当たり前だろ。危ない目に遭わせちまうかもしんねーけどさ、俺が守るから」
それだけ言うと、ナオはおさめた剣をさっと抜き、戦闘に参戦しました。それから一度サナの方に振り向き、付け加えてこう言ったのです。
「仲間だろ?」
仲間。その言葉がじんわりと胸の中に広がっていきます。目を軽く閉じ、その言葉を噛み締めたサナは、目に浮かべた涙を一筋だけ流し、口元に笑みを浮かべました。
「てなわけで、待たせて悪い! カイル、イーシャ、二人で戻ってくれ!」
「まぁ、なんか訳あり、なんだろ? わかったよ。にしてもお前、やるなぁ」
「もう、勇者くんてばかっこいいなぁ!」
「へ? なにが?」
魔物との戦闘中だと言うのに、にやけた顔を隠せない二人は、ナオの背中をバシバシと叩いてからその場から少しずつ離れていきます。
「お前たちを、信じてるぞ」
「魔王を倒したら、村にも顔をだしてよっ!」
それから、ほんのりと目尻を光らせて私たちに激励を送ってくれました。ふふ、彼らもずいぶん気の良い人たちですよね。
「ああ! また会おうな!」
「二人もお気を付けて! 光の結界までは油断なさらないでくださいね!」
「んにゃぁ! 村には帰りに寄るにゃ!」
魔物の相手をしつつ、三人もしっかり別れの言葉をなげかけました。本当に器用ですよね、あれだけの運動量なのに。
「カイル、イーシャ、ありがとう! イーシャが教えてくれたこと、忘れない。私もがんばるから!」
魔物の群れから抜け出し、走って村の方へと戻っていく二人の背中にサナが叫びます。そんなに大きな声、久しぶりに聞きましたね。
本当に、短期間でサナはずいぶん変わりました。もちろんいい方へ、ですよ? 本当はこうしたいけれど、きっとダメだと決めつけて、自分の気持ちを押し込めるのが常でしたから。でも、押し込め続けてしまっては、爆発もするのでほどほどにしてほしいと思っていたのですよ。
今回をきっかけに、少しずつ自分の欲求も発散できるようになってくれればよいのですが、これも焦らずに少しずつ、がいいでしょうね。
……ふふ、思い出しますよ、パウエルが生まれた時のことを。ストレスの発散のために彼は生まれてしまいましたからね。嫌な性格というわけではないのですけど、短気で、すぐ力で解決しようとするくせがあり、その上神出鬼没ですから少々扱いには困ってはいたのです。
あれは、そんなに昔ではありませんね。比較的最近ですが、一人暮らしを始めるキッカケとなった出来事です。オースティンの次、最も新しい魂としてパウエルは生まれました。
「サナ、お見合いをしてみないかい?」
「え……」
義理の父親がそう切り出してきたのは、なんてことない日の朝食の席のことでした。先の見通しなど一切見えていない頃ですからね……何となく自分はこのままここで手伝いをしながらゆるりと過ごしていくものだと考えていたのです。そこへ、突然の提案。サナは驚き、戸惑いました。
冷静になって考えてみれば、義理の両親は商業でのし上がった男爵家。子宝に恵まれず、たまたま哀れなサナを見つけて養女にしただけで、他に子はいません。つまり、このままですと、この男爵家はここで途絶えてしまうことになります。仕事の方だって、一代で店を閉めることになりかねません。まぁ、そこは新たに養子を引き取ったり弟子を育てたりはできるでしょうが、義理とはいえ唯一の長女であるサナが引き継ぐ、というのが当たり前ではありました。……本人は、反応からしてもそこまで考えていないでしょうけれど。
「私たちもいつかは歳をとって、思うように動けなくなってしまう。そうなる前に、跡継ぎを考えなければならないんだよ」
「もちろん、サナが跡を継いでくれても構わないわ。けれど、勘違いでなければ、貴女はそうしたくないんじゃないかしらって、私たちで話し合ったの」
夫婦は夫婦なりにサナのことをよく見ていました。精神的に不安定なのも、きちんと理解して、多大な迷惑をかけているというのに嫌な顔一つしません。
「だから、お婿さんを迎えて、その人に任せられたらなって思ったのよ」
だからこそ、サナはできる限り彼らの望み通りにしたいと考えていました。実際、跡取りとしてなど、自分には荷が重いと思っていましたからね。自分から言いだすことはできなかった事を、二人は汲み取って代案を出してくれたのです。いくら、結婚はまだ早いと思っていたとしても、気が乗らないとしても、それ以外に道がないですし、自分にできることがそれならば、とサナは考えたのです。
「……わかった」
「良いの? 嫌なら嫌と言っていいのよ?」
「ううん、平気。話があるなら、受けてほしい」
そう言ってくれると嬉しいよ、と義父は喜び、早速手配を始めました。嫌な相手なら断っていいからね、と義母は言います。けれど、恐らくサナから断ることはないでしょう。基本的に拒否をするという行為に恐れを抱いていましたから。
結果として、お見合いはどれもこれもうまくはいきませんでした。まず、婿養子として迎えたい、という話に食いつくまでに半分ほど削れたといいます。まぁ、しがない成り上がりの男爵家ですからね。それでも、という人もたくさんいますが、プライドの高いお坊ちゃんなどはここで落ちていくわけです。それはこちらとしても好都合でしたから問題はないのですけどね。そういう者たちは大体が偉そうで、サナを虐げる恐れがありますから。
話を受けてくれ、サナと面会をしたのは結局のところ三名でした。色々と難しい話ではありますからね。それでも三名も来てくれた、というのはかなり幸運であったと思います。
ではなぜ、この三人もダメだったのかといえば……
「ああ、サナさん。貴女は本当に可憐ですね。貴女と夫婦になれるのなら、僕は何だってしますよ!」
明らかに家を継ぐ事が目的であろう一人目。薄っぺらい口説き文句でサナを褒めちぎっていましたが、サナが、自分は精神的に弱い心の持ち主であると伝えればあからさまに喜色を滲ませたのです。
「大丈夫! 全て僕に任せてください! 貴女は何もしなくてかまわない。その方が好都……あ、いえ、貴女の心労を減らせるでしょうから!」
このやり取りを見ていた義理の両親が反対し、話は流れることとなりました。やんわりと断る両親に対し、いますぐ話をつけようとしてくるあの男はなんとも無様でしたね。結局、断られて、悪態をついてきましたし、程度が知れるというものです。
「ふう、やっぱり話してみないとわからないわね。大丈夫よサナ。あーんな最低な男に捕まらなくて本当に良かったもの」
そう言ってウインクをして笑う義母は、本当にサナのことを考えてくれているのだとうれしく思ったものでした。





