魔法
「エミル! 怪我人はわたくしの所へ運んでくださいな!」
「わかったにゃ!」
フランチェスカが少し離れた場所で立ち止まり、弓を構え、矢を番えながら叫びます。エミルはそれを受け、低姿勢で戦場を駆け回りました。
ナオもほぼ同時に戦場に飛び込み、剣でゴブリンを退けながらエミルを援護します。
「魔法を放つから、みんな出来るだけ離れてくれ!」
「あ、ああ、わかった!」
ナオの指示に、中年の男性が戸惑ったように答えました。予想外に強いために驚いたのでしょう。しかしすぐに切り替えて怪我をした仲間の元に駆け寄っていきます。判断力はあるようですね。
「リカルド! 頼む!」
大体避難を終えたところでナオが叫びました。リカルドは右手を前に突き出し、火よ、と短く唱えます。一度の呪文で複数の中型の火の玉を作り出し、それを的確にゴブリンに命中させていきました。
「まじ、かよ……」
フランチェスカの元で手当てを受ける中年男性が呆然と呟きました。まぁ、大体は一度の呪文で一つの火の玉か、高火力の火炎放射ですからね。魔力の扱いに長けているリカルドは、殺傷力の高い高火力魔法よりも、分散させて命中させた方が効率が良いことを知っており、それを実現させるだけの技能を持っています。
火の玉が命中したゴブリンは、もれなくその場で暴れ回り、ジタバタともがき苦しんでいます。あまり暴れ回ると近くの木々に火が燃え移って山火事が起きてしまいますね……同じ事を危惧したのでしょう。ナオが光魔法を放ちました。
「光よ!」
剣を掲げてナオが唱えると、剣先から光が溢れ、暴れるゴブリンの群れを広範囲でドーム型に囲みました。それから剣を構え、ナオが力を込めると、その光のドームが徐々に狭くなっていきます。これで、必要最低限の範囲にゴブリンたちを纏める事が出来ましたね。
「エミル! 逃げたゴブリンを仕留めてきてくれ! 俺も消火したら行く!」
「わかったにゃーっ!」
一気に形成逆転されたゴブリンは、その光景に恐れをなしたのか、散り散りに逃げていきます。とはいえ、大多数は倒してしまったので、逃げていったのも十匹ほどでしょう。ここで逃がしてしまうと、また群れを作って人を襲いかねませんからね。かわいそうなどとは言っていられません。
「……戻る」
「えっ?」
役目を終えたと判断したリカルドは、小さい声で呟きました。それに気付いたフランチェスカは、怪我人の治療をしながらハッと顔を上げます。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がリカルドからサナへと戻ります。
「……あ、えーと。お、終わった、の?」
「サナですわね? ええ、戦闘は終わりました。手当てを手伝ってもらえますかしら?」
「あ、うん!」
暫しぼんやりとした目で周囲を見回したサナは、どうにか状況を見て判断したようです。こういう事には慣れていますからね。
一方、リカルドは戻ってきてソファにどさりとすわりました。
お疲れ様です、リカルド。助かりました。また何かあったらお願いしますね。
背凭れに深く寄りかかり、半分寝ているような体勢でリカルドは返事をせずに軽く片手を上げました。どうやらまだ眠かったようですね。部屋に戻してあげられなくて申し訳ありませんが、少し休んでくださいね。
視線をスクリーンに戻すと、サナがフランチェスカの指示に従って一生懸命治療の手伝いをしていました。水の属性魔法と治療魔法、さらには補助魔法をこなす彼女はやはり只者ではありませんね。王族という血筋による才能に恵まれていることもありますが、大半は彼女の努力であると言えるでしょう。
綺麗な水に浸した清潔な布で傷口を洗い、消毒をした上で治療魔法をかけていきます。そのまま傷口を塞いでしまうと良くありませんからね。治療魔法を扱うものは、そういった知識も必要なのだそうです。当然、フランチェスカも勉強したことでしょう。
中には、治療が簡単にできるからとろくに勉強もしない者がいるそうですが……いくら傷を治せるといっても、そういった者には治療されたくはありませんね。知識は、人を救うのです。
「サナは……」
「え?」
治療をあらかた終え、深々とお礼を言われてひと段落した頃。フランチェスカが口を開きました。サナは手を洗いながら顔をあげます。
「魔法が、使えたのですね」
魔法とは、適性がないとどんなに努力しても使えないものです。魔力自体は誰もが持っているものですが、それを魔法として扱える者は意外と少なかったりします。例えばエミルは身体強化以外に魔力は使えないでしょう。スキルによってその魔力が使われますが、それ以外には使えないといったように、魔力の量や質によって使い方も限られてきます。
要するに、所有魔力が普通よりかなり多く、それでいて扱えるだけの技術を持っていないと、魔法というのは発動しないのです。そう考えればナオやフランチェスカがどれほど化け物じみているかがわかる、というものですね。
「わ、私、魔法は使えないよ? どうやればいいのか、わからないから……」
つまり、これまでそういった教育を受けたことのないサナが魔法を使うことはできません。リカルドが使えるのですから、体内に保有している魔力はかなり多いことは間違いないのですけどね。
「そうなんですの? でもさっき出てらした……えっと、リカルドとおっしゃいましたわね。彼はかなりの使い手でしたわ。王宮にいる魔法士以上の実力でしたわよ」
「そ、そうなんだ……」
サナは先ほどのリカルドの活躍をフランチェスカから聞いて目を丸くしています。
「彼が使える、というころは、サナも多少なりとも使えるということですわ。最も重要である魔力量は十分にありますもの」
自分に魔力があり、それが普通よりもずっと多いと聞いてサナはさらに驚いているようです。そんなことを教えてくれる者などいませんでしたからね。当たり前に、自分には何もできないと思って過ごしてきましたし。
「ただ、魔力の使い方に関しては個人のセンスが必要になります。エミルのように、身体に纏わせることしかできない人もたくさんいますし。けれど、それでさえしっかり鍛錬を積めば、十分な武器になります。エミルを見ていればわかりますでしょう?」
つまり、何を言いたいかと言いますと、とフランチェスカは両手でサナの手を優しく包み込みました。
「サナも、魔力を使ってなにかしら魔法が使える、ということですわ。ご自分の得意な魔力の使い方を探して、練習してみませんこと? できることが増えればその分、身の安全も保障されますわよ」
「私が、魔法を……?」
サナの目がきらきらと輝いていますね。戦闘になると足手まといになってしまう、というのがコンプレックスであるサナにとって、魅力的な提案ですね。私としても、サナの身になることでしたら大歓迎です。
「みんなの、力にもなれるかな……?」
「努力次第ですわ。そうしたいと望むなら、できないことはないと思いますのよ?」
わたくしもお手伝いいたします、と言いながらふわりと微笑むフランチェスカに、サナは頰を染めました。心の中が、じわりと熱を帯び始めます。サナのやる気に火がついたようですね。
「……やりたい。私、もっと強くなりたい」
「そうこなくちゃ、ですわ! 頑張りましょうね、サナ」
「うん。ありがとうフラン。よろしくお願いします」
二人が微笑み合いながら握手をしているところへ、ようやく残党を狩りにいった二人が戻ってきたのでした。





