第13話 初心者ダンジョン
シェリーとミシェルの学舎扱いの館に泊まってから1週間ほど経過した。
今日はあの時のメンバーが再び一堂に会している。
何故こうなっているかと言うと、一命を取り留めたクリスは一連の記憶がなく、何事もなかったように全員をパーティに誘ってきたのだった。
クリスの誘いに夜の出来事を思い起こす面々ではあったが、誰もがクリスにあの夜の事を告げる気になれなかったため皆ここに来ていた。
付け加えると、クリスの誘いは単純なもので、1年が必須で受けなければならないグループ実習の初心者ダンジョン攻略を一緒にやろうというもので尚のこと断り難い。
「ようし、予定通り集まったな。じゃあ声掛けした俺が暫定でリーダーでいいよな?な!」
まったく記憶に残ってないらしいクリスが全員の顔を見回しながらそう言った。
「とりあえずはそれでいいかな。ところで泊まった日は風邪とかひかなかったのか?」
俺は相槌を打ちつつ当日の記憶が残ってたりしないか探る質問をしてみた。
「? 風邪? むしろあの日はアツかったよな?ラスク。」
「何故、私に話を振るんですか?!」
ズサッっと大きい音と共に大きく後退るラスク。身構えて防御体勢を取っている・・・。
トラウマになっているようだな。この話を続けるのは可哀想なので話を変えよう。
「しかし、気合が入ってるな~。」
話題をクリスの装備に移す。クリスは兜こそ被っていないが全身をプレートメイルで覆っていた。
「しんどくないニャ?」
ナーニャの言うとおりでプレートメイルは重いので余り実戦で着込むのは見かけないのだ。
「なんとか動けるぜ。」
なんとかで戦闘が出来るのだろうかと疑問に思ったが、講師の話が始まったので会話はそこまでだった。
「はい。静粛に。こちらに注目してくださいね。皆さんに来て頂いているのは初心者用のダンジョン入口です。─────
若い事務系の女性講師が説明をしているが余り聞く気にはなれない。普段の実習型の講義には冒険者ギルドから実戦経験のある講師か
派遣されてくるのだが、初心者ダンジョンは事務員で済ましているところからも程度が分かる。
ダンジョンの作りも不自然で入口がきっとりとした石造りなのは気にならないが、奥に続く道は自然の岩肌のように見えるが地面が平
らで道筋も直進か90度に曲がる感じでいかにも訓練用に作りました感があるのだ。
加えて実のところ幼少クラスの時に侵入済みで簡単な罠と最弱のスライムぐらいしか出てこないのでその時点で踏破していたりするので聞く気はまるで起きない。
─────
「おい?マコト?」
「ん?ゴメンゴメン。ボーッとしてたわ。」
「大丈夫かよ?油断しすぎじゃないか?」
いつの間にか講師は説明を終えて帰ってしまったのかその姿はなく気合いの入っているクリスに話しかけられていた。ソロや少人数パ
ーティーで受講していた人もいたはずだが、既に出発したのかパーティーを組んだ面子しかいない。確かに呆けすぎかもしれない。
「先頭は襲われてもいいように俺が行くぞ?」
「ん?ああ。いいんじゃないか?」
(最弱スライムしか出てこないけどな。)
同じく幼少クラス時に来たことのあるナーニャや下調べをしているようであるラスクやミシェルはリラックスした感じで後ろを歩く。
一応目線は壁や床に向けており罠の方を警戒しているようだ。
シェリーは事前情報を余り得ていないのか、更に後ろを緊張した面持ちでついていく。
俺は全員を見送り一応後ろの守りとして殿に付く。7歳児でも余裕だったわけで、罠も引っかかっても痛い程度なので正直パーティー
を組んで警戒するようなところではない・・・とのんびりとそう思っていた。
それは唐突な轟音で起きた。
ゴシャっと底の抜けるような音は特有で落とし穴に誰かがハマったのは容易に想像出来た。
大いに油断はしていたが、それでも殿として後ろを一応警戒していた俺は顔を前に向ける。ここは初心者ダンジョン。落とし穴は存在
するがハマっても30cmほどの深さしかなく中に凶悪な串刺しにする棒などもない。因みに実体験だ。7歳時は怖いもの知らずで罠
は全部発動させながら進んだ。今考えると中々の阿呆っぷりだな。罠を発動させても笑って楽しんでいたような記憶すらある。なので
当然無事なパーティーメンバーがそこにいると思っていた。
「1、2、3、4、1人足りないな。」
目撃していたであろう4人が沈黙しているので、そう声をかけてみる。
「クリスさんが消えましたわ。」
シェリーが見たままであろう状況説明で応じる。確かに鎧姿がないので罠に引っかかったのはクリスで間違いないだろう。
目の前の地面には人1人が丁度入るぐらいの円形の穴が空いている。しかも深そうだ。実体験では体験していないタイプの罠のように
見える。が、初心者ダンジョンにそんな凶悪な罠があるだろうか?
「にゃんか魔方陣ぽいのがあるニャ」
俺が穴に近寄るよりも先に近くにいたナーニャが穴を覗きこみつつそう告げる。
急いで穴に駆け寄り覗きこむと
「転送陣!?」
俺は思わず呟きを口にする。
そこに書かれていた魔方陣は転送の魔方陣だった。
(システム!検索!クリス)
俺は急いでエンブレムシステムでクリスを探す。実は学園のエンブレムを使えば学園内であれば生徒の位置を探す事が出来てしまったりするのだ。
1件該当あり、表示します。
瞬く間に視界に緑の光る線がダンジョンの構造を透過したように表示される。
次いで
クリスの位置情報がチェスの駒のような表示で俺の視界に表示された。
その位置は初心者ダンジョンの表示の外だ。
「もしかしてマコトさんはクリスさんがどこに行ったのか分かるんですか?」
転送陣と言ったきり黙りこみ不自然に視線を巡らせていたようにしか見えないと思うのだが、
推測を的中させミシェルが質問してくる。
「ああ。あっちだ。」
俺は南の壁の斜め下方向を指差す。
「距離は2kmってとこだな。」
システムがご丁寧にも距離を表示してくれている。
「2km?先生がここはごくごく小さいダンジョンと仰ってませんでしたか?」
「そうだな。このダンジョンは一辺が50m程の正方形みたいな形だ。さっきクリスを探すためにエンブレムのシステムを起動したん
だが、システムを通すとここのダンジョンは道が丸わかりだった。それから、クリスのいる位置まで繋がってる道はない。つまりクリ
スは初心者ダンジョンじゃないところにいる事になる。」
「えーと、それってかなり悪質な罠に引っかかってないですか?初心者ダンジョンに危険な罠はないって説明だったのに。」
ミシェルの顔色が青くなりチラッっとシェリーを見る。
もし罠に掛かったのがシェリーだったらとか考えていそうだ。ミシェルはシェリーの友人であることは間違いないが、どうもそれだけ
ではなく護衛者のような役割もありそうな気がする。
「おそらく今まで発見される事がなかったんじゃないですかね?」
沈黙を守っていたラスクが推測を告げる。
「俺もその線だと思うな。プレートメイルを着るほど気合いの入った馬鹿は望みの・・鎧が必要なシチュエーションに転送してあげようって罠に思える。」
「クリスは危険が危ないニャ?」
変な言い回しに?を浮かべつつ返答する。
「まあ、危険な状況だろうな。助けに行くべきだろう。」
「では、助けに行かないと・・。」
シェリーが言いかけて言葉に詰まる。
「まあ、そうなるよな。方法はあるにはあるが・・」
「本当ですか?」
シェリーの顔色がパッと華やぐ。
「方法は簡単だ。同じ罠に自ら掛かればいい。同じところに飛ぶかはわからないし、安全も何も保証のない方法だが・・。」
────
シェリーが救援に向かうかでミシェルとシェリーの間でもめたが、結局全員で救助に向かう事になった。
「じゃあ今から同じ罠にワザと引っかかってクリスを救出に向かうぞ。同じトコに飛ぶかどうか自体分からないが、せめて今から飛ぶ
面子は同じトコに飛ぶ可能性を上げるために手を繋いで落ちるぞ。」
いつの間にか立ち位置が決まっていて右手側にナーニャが、左手側にシェリーが来ていたのでその手を握る。シェリーの空いている方
にミシェルが、誰と手を繋ぐべきか迷っていたラスクの手をミシェルが空いた方の手で繋ぐ。
更に「ナーニャも手を繋いであげるニャ」とラスクの空いてる方の手を取る。真ん中に罠の穴が開いている状態で何故かお遊戯をしている気分になってくる。
「兎に角、さんで飛ぶぞ。1、2、さん!」
5人だと大きく飛ぶと他のメンバーと空中で衝突してしまうので、セリフとは裏腹に勢いなく少し前に飛んで落ちる。
一瞬の浮遊感
スタッ
地面に着地する。
「・・・。」
「飛んだ?」
「転送・・されてる?」
地面には転送の魔法陣があるがこれが転送元の魔方陣か転送先なのかは判別がつかない。周りは肩の位置まで土壁に囲まれている。と
いうか狭い。クリスが引っかかった落とし穴は1人用に思える狭い範囲の落とし穴で5人も落ちているのでぎゅうぎゅう詰めだ。
俺は見た感じ落とし穴にハマっているだけに思えるので転送されていなさそうだと思いつつも
システムのマップとクリスの位置を確認する。
「・・・飛んでないな。」
「ええ?どうして?」
「魔法陣が発動しないって事は壊れてるか?必要な条件が満たされてないからか?」俺は解決の糸口を求めて魔法陣を必死で見つめた。
ピッ
システム音が鳴って注釈が出る。
転送の魔法陣
ダンジョンに存在する。罠の魔法陣。魔法陣が魔力で満ちていると上に乗った者を転送してしまう。魔力充填率1%
「狭いよぅ。」
「一旦出る?」
口々に思いのままに喋る面々。
「これか・・」
「何か分かりましたか?」
シェリーの頭越しにミシェルが話しかけてくる。狭い落とし穴なので顔が近いな。シェリーとナーニャに至っては近すぎて目線が合わせずらい。
関係ない事を考えつつ返答を返す。
「ああ。魔方陣の魔力が足りないみたいだ。どうやって充填すればいいのかはわからないけどな。」
「権限のあるエンブレムはやっぱり便利ですね。早急に手にいれなければ。」
「知ってるのか。」
クリスを検索してるのを推測したりしているし判断の材料としてそういう知識がないとおかしいか。
「情報収集したらエンブレムの話はすぐに色々と出てきますよ。噂話が多いですが。あと、寮に専用のエンブレムがありますし。」
生徒会館兼食堂より横幅があるあの寮か。貴族用の住む人専用のエンブレムが合っても不思議じゃないな。
「なるほどね。」
クリスが転送で飛んでから時間が経ってきている。焦る気持ちを
世間話で濁しつつも視野に何かないか見続ける。
ピッ
っとシステム的な反応音が鳴った。