ポテト王国の日々 8 〜ナイト〜
ふわり。ふわり。
歌声にあわせて黄色が舞う。
ふわり。ふわり。
太陽の光を浴びて黄金がきらめく。
広場に近づくと大人も子供も笑顔で歌を口ずさんでいた。人だかりの中心を覗くと、黄色い花と妖精と人々で溢れている。
リズムに合わせて、手と手が合わさる度に黄色い花が増えていく。恐らく妖精の魔法なのだろう。
その中でも、一際目を引くのは陽の光を浴びてキラキラと輝く黄金。
昼姫と呼ばれる、この国のお姫様だ。
子供達に負けないくらい笑顔で楽しそうに踊っている。
確か昼姫である彼女は、俺と同じ15歳。成人の儀で見かけた記憶がある。成人しているにも関わらず、彼女の笑顔を見ると、もっと幼い年齢に見える。
小さな国とはいえ、平凡農民とお姫様の接点は非常に少ない。俺もその他大勢の国民と一緒で、一方的に彼女を知っているに過ぎない。
生きている年数が同じで、同世代の誰よりも有名な彼女。こちらが知るつもりがなくても、人づてに彼女の情報は国中を飛び交っている。小国だからか情報の広まりはかなり早い。
もちろんいい噂もあれば悪い噂もある。国が人で成り立つ以上、完璧な人はいないのだから、万人に全てが受け入れられる訳ではない。
それでも、彼女が多くの国民に愛されていることはわかる。特に何かに秀でている訳ではない。噂の多くが彼女の失敗談なぐらいだ。
完璧でないからこそ、親近感が湧くのだろう。
一生懸命な彼女だから、周りもがんばろうと思うのだろう。
まるで昼間の太陽のように、周りをぽかぽかと照らすから、人々が笑顔になるのだろう。
挨拶程度しか交わしたことのない彼女のことをそんな風に考えていた。
ふと、そんな黄金色の彼女が目の前に舞い降りる。
「あなたにも小さな幸せを。」
そう告げて、腕いっぱいの黄色い花を渡される。
驚きながらも反射でそれを受け取る。
一瞬だけ笑顔の彼女と目があったが、彼女はくるりと反転して、すぐに子供達の元へ駆けて行った。
表情の乏しいと言われる自分の顔に、熱が集まるのがわかった。人々の熱気にやられたのか、柄にもなく花を貰ってしまった恥ずかしさか、彼女の笑顔を見て、確かに少し幸せな気分になったと感じたからなのか。
理由はなんであれ、これが俺の覚えている限りでは初めてとなるお姫様との接点だった。
人々の興奮冷めやらぬ広場から退散して、まっすぐ帰路につく。道行く人々が黄色い花を持っていたが、その人達の倍以上の大量の花を抱えている俺は明らかに目立ちまくっていた。注目されるのが苦手な俺は、俺を見て羨ましがっていた女の子に花をプレゼントし、一本の花だけは持ち帰る形で畑の中を歩いていた。
歩いていると、ふと感じる違和感。
途端に周囲に注意を向ける。
何かはわからない。ただ、やたらと大きな敵意のようなものを感じる。それもかなり大きい。
見渡す限りは畑。ほとんどが芋畑なので、周囲に遮るようなものはない。それでも感じる。
見られているというよりは、どんどん近づいてきているという感覚。
空を見上げると、やけに大量の鳥達が鳴き声をあげながら南へ向かって飛んでいく。
何かが近づいてきている?一体何が。
そう考えると同時に、ドォンという音が響き渡る。視界の奥の方で、赤い何かが見える。何かが燃えているのか?さっきの音は?
途端に赤いものに向かって走り出す。途中、口笛をふき鳴らし、走る。走る。走る。
畑の右手の方角から、アイスが駆けてくるのが見えた。その背中にはソイルさんが乗っていた。
「ナイト!えれぇことになってる。非常事態だ。」
大きな巨体がアイスの背中から飛び降りる。その巨体は、ところどころ黒く煤けて、まだ手当てされていない火傷も見える。
「ソイルさんその怪我!」
叫ぶ俺を無視してソイルさんが続ける。
「あっちで民家が燃えてるのが見えるだろ。」
そう言って、俺が先ほどまで向かっていた赤を指す。
「あの家だけじゃねえ、他にも何軒かの家が燃えてるのを見た。…俺らの家も燃えた。畑もだ。」
そういうソイルさんの声音は震えていた。怒りなのか、悲しみなのか。恐らくその両方なのだろう。
「馬達は…」ソイルさんが首を振る。
「いつも放してるのが幸いして、何頭かは生き残ってると思うが、そこら中が燃えてたんで俺も確認できていない。俺は火の中でアイスに助け出された。」
そう言って、ソイルさんはアイスをわしわしと撫でる。
「火の手がなるべく広がらんように、近くの連中と消火したり色々してたんだがな、アイスに呼ばれて背に乗ってきてみたらお前がいたっちゅう訳だ。」
「俺が呼んだから来てくれたのか。ありがとなアイス。」
撫でるとぐるるぅと鳴き、(…当たり前だ。)
と、照れたように呟く声が聞こえた。
「一体何があって何軒もの家や畑が燃えてるんだ?」
「俺は直接何かを見た訳じゃねえから、詳しくはわからん。気付いたら周囲に火が広がってた。」
アイスがガウッと鳴く。
「お前は何か知ってるんだな?アイス。」
ソイルさんも、俺のその言葉につられてアイスを見る。
(…知ってる。この目で見た。近所の畑の中心に、空から大きな黒い塊が巨大な炎を吐きつけていた。
あれは…
ドラゴンだ。)
驚きに息を飲む。
アイスの言葉がわからないソイルさんは、「どうした?何があったんだ?」と困惑している。
深呼吸して、再度問いかける。
「アイス、お前はドラゴンが炎を吐いていたと言ったが、その一度きりなのか?ドラゴンは何処へ向かった?」
ソイルさんも息を飲んだのがわかったが、話を続ける。
「もし本当にドラゴンで、まだこの辺りを飛び回っているなら、国中が危険に晒されていることになる。一刻も早く、国中に伝えて避難させないといけない。」
(俺が見たのはその一度きりだ。その後は俺も火の手に巻き込まれたから、視界が遮られて見失った。だが、あそこに見える家が燃えてるということは、確実に国の中心にドラゴンは移動してることになる。)
ナイト達の家はポテトの中でも最北に位置し、城や広場がある南からは最も遠い。
ナイトが違和感に気付いたのは、広場を離れてかなり経った後なので、現在地は最北端と広場の中間地点だ。アイスの言う通りだと、ドラゴンらしきものは国の半分程まで移動しているということになる。
ナイトはアイスに飛び乗った。
「ソイルさんはこの近隣の人達に避難を促して、なるべく火の手の広がらない川辺を目指すように伝えて欲しい。」
「お前はどうするんだ、ナイト。」
「アイスと一緒に城に向かう。聞いてた現状じゃ、まだ国王に被害すら伝わってない可能性がある。早く伝えて、被害を減らさなきゃいけない。」
「その後はどうするんだ?」
「どうするって…」
真剣な目で、ソイルさんが見つめてくる。
なんだ、そういうことか。
今になって育ての親のソイルさんの気持ちを知った。
俺が冒険者を目指して、依頼を受けるとか、何かしら無茶なことを言っても、容認してくれたソイルさん。
確かに、容認するのと心配しないのは違う。容認しつつも、きっと誰よりも、俺自身以上に俺のことを心配してくれてた。
今も、冒険心から俺がドラゴンに挑もうとするのではと心配している。
「伝え終わったら、街の人達に避難を呼びかけるよ。俺には…いや、この国にはドラゴンを倒せるような力はない。一人でも多くの人が逃げないといけない。」
子供の頃に、冒険者への憧れから図書館で読み耽っていた魔物図鑑。その後半、強力な魔物のページにドラゴンは載っていた。
比較的認知されている種類である炎竜。今回アイスが見たドラゴンはこいつだろう。
全長は5mから大きいもので30m。
漆黒の鱗に覆われ、口からは炎の息を吐く。性格は凶暴。生後暫くは火山地帯に生息し、レベル10になると、火山周辺を飛ぶようになる。レベル20になると、火山周辺だけでなく、世界中を飛び回るようになる。ただ、その生息数は限りなく少ない。
この国を襲っているドラゴンは、最低でもレベル20だ。この国の付近に火山があるとは聞いたことがない。そうすると、大半の国民のレベルの10倍以上もドラゴンは強いことになる。
闘うのではない。どこまで奴から逃げ切れるかだ。
とにかく時間が惜しい。
「いってくる!」
ソイルさんが視界の端で微笑むのを感じながら、アイスとともに駆け出す。
急がなければ。
急がなければ。
急げ。
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名前: 氷
種別:黒豹
飼い主:ナイト
レベル:4
魔法:
なし
スキル:
・草原の狩人
・主人への忠誠
・力強化
・炎耐性