第二十九話
「えっと…今市君…」
「なんだい?長谷川君。」
「向こうの方、今市君の後ろ側に猫がいるんだ。だから、テニスに集中出来なくて。」
「え、猫!?ちょっと見てくるよ。」
そう言うと今市君は架空の猫を見に行った。
そして、神前の手を握って
「逃げるぞ!」
と、言ったときにはもう走っていた。
神前の手はやけに冷たかった。そういえば末端冷え性なのだと言っていたこととか思い出していた。
しかし、まぁ、でも今は…
「そんなの考えてる程、余裕ねんだよ!!!」
とにかく走った。
運動神経なんて皆無な俺(と、神前)。走るフォームもぐちゃぐちゃで、謎のテニス部員から逃げて、何にも考えらんなかったけど、多分これが俗にいうところの青春なんだなって思った。だって振り返ると神前は俺と同じで少し笑ってたから。
そして、ダッシュで部室に逃げ込む。
「はぁ、はぁ。くっそ疲れた。走るのなんか久し振りだっつーの。おい、神前。大丈夫か?」
「…ぅぇ」
青い顔。
オーケー。でも、青くてもそれは青春の色じゃねぇ。
「神前、待て。何か袋的な物を持って…」
「ぐボゥェェエエエ!!!!!」
目の前には元アイドルの美少女がいて、俺は手を繋いでいる。その手の温もりは人間の本来持つものとかそんなものだけじゃない。酸っぱい匂い、べちゃっとした感触。この感触で俺は、
「ぐボゥェェエエエ!!!!!」
*
ん?ここは…
「見知らぬ…天井…。」
目が覚めた時にはカーテンで仕切られた部屋、そして見知らぬ天井が、
「何言ってんのよ。」
あ、神前。
「ゲボ貰っといて、何中二かましてんのよ。」
「うるせぇよ。こんくらい勝手にやらせてくれ。つーかお前から貰ったんだけど。」
「私、あのあとちゃんと二人分片付けて来たけど。」
「すみませんでした。」
くそ!謝っちまった。
「ねぇ、私たち今きっと青春してるよね?」
「きったねぇけどな」
「誰の色とも違うけど、それでいいと思う。きっと今いい歌詞書けると思う。」
「ほんと、お前の頭ん中わかんねぇわ。」
「今市君のことはキレイさっぱり忘れるとして、私歌詞書くね!部室にいるから、臭くなくなったら部室に来てね!じゃ!」
…。
完全に一人で突っ走ってる。
なんだろうな、何で俺はあのよくわかんねぇ神前早苗を追いかけたいと思ってるんだろう。
ガラガラ!!!
「うお!!!」
つい、気持ち悪い奇声で叫んじまった。
あんな勢いで扉が開いたらそりゃあ流石の俺も気持ち悪い声出すわ。
「しゅーちゃん大丈夫!?」
「…葉月。」
圧倒的ヒロインに面食らってから俺は物語の中の一部のような気持ちでいた俺のそれをぶち壊す朝比奈葉月さんの言葉をどうぞ。
「すっごいゲロ吐いた美少女と、それを見てさらにすっごいもらいゲロでその美少女を汚したネクラな取り柄の無さそうな男がいるって聞いたから、絶対しゅーちゃんだと思って来たけど、やっぱりすっごいゲロ臭いからしゅーちゃんだったんだ!」
「は…葉月…言い過ぎ…。」
「でも、しゅーちゃんだよね?」
「…まぁな。しかし、葉月誰からその話聞いたんだ?」
「誰からっていうか、校内中の噂みたいなものになってるのかな?」
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ…逃げたい。逃げ出したい。
マジかよ、俺の高校生活って…
「…あーあ。」




