第三話
煩悩しかないのかと。
俺の脳は二百十六くらいの煩悩で構成されているんじゃないかと思ってしまう程の事件だった。
昨日スパムが来て以来、初めて開くスマホには右下に大きく「AM10:32」と日付が表示されていた。
1月4日。
えっと、なんだっけ。なんかあった。絶対、大事な何かが…。
こういう時はスマホのスケジュール帳を見る。予定は小まめに書いているのよ。できる男っぽいから。えっと、今日は『ウィンドウ・ガールズ3発売日』。
・・・ぃぅああああああああああ!!!!!!!!
忘れてた。完全に忘れてた。
お年玉をこれに使わずに何に使うか。
『ウィンドウ・ガールズ』
PC用恋愛シュミレーションゲーム。要はギャルゲーだ。初代からプレイしている俺はこのウィンドウ・ガールズに出てくる彼女達と3年間を歩んできたと言っても過言ではない。三年前の1月4日から毎年この日に発売してくるというなんとも言えない戦略というか商法というか。ここ2年間は彼女達がいたから生きてこれたと言っても過言ではない。この2年間は彼女達が全てではないが、殆どだ。
支度は特にない。
もう店は開いている時間だ。
「行ってきます!」
親の返事も聞かずに俺は家を出る。
先日、自転車を近所のコンビニに行ったときに盗難にあったので徒歩なのが辛い。一刻も早く彼女達に会いたい。
今回のオープニング曲はどんな感じだろうか。
新キャラが2人追加されるらしいが仲良く出来るだろうか。
そんな現実との境界線がよく分からなくなってきた時にふと横を見ると自転車に乗った一人の女の子の姿があった。
「しゅーちゃん!!」
一度足を止めて、顔を見て誰か確認した後に俺は無視して歩き出す。
「しゅーちゃんってば!」
俺のことを「しゅーちゃん」と呼ぶ人間は少ない。というかほぼ一人じゃないだろうか。
幼馴染のあいつだけ。
大体、俺は自分の名前がそこまで好きじゃない。長谷川 春也。春也て。春に生まれたから春って感じを使いたかったらしい。
「ねぇ、しゅーちゃん!!」
俺はその声に一度だけ返事をする。
「しらん!」
「やっと返事くれた。ねぇ、どこ行ってるの?」
一度だけ・・・
「しらん。」
「あ、また新しいラノベ買いに行くんでしょ?」
一度・・・
「しらん。」
「ねぇ、しゅーちゃん。どこ行くのー?」
「ギャルゲー買いに行くんだよ!!!」
折れてしまった。
いつもこうだ。こいつと話すと、朝比奈 葉月と話すときはいつもこう。こいつは昔から俺に質問しながら俺への気遣いを完全にしないまま、俺の話を聞かない。キャッチボールがドッジボールなんだよ。それでいてボールが何個もあるんだ。そして顔面もアウト。
「しゅーちゃんまたパソコンばっかりいじって。目悪くなるよ。」
「俺には彼女達が待ってるんだ。葉月に構ってる暇は無いんだ。」
「一緒に行っちゃ・・・」
「駄目。」
少しシュンとして葉月は言う。
「そっか。じゃあ、気をつけて行ってきてね。」
「おう。」
俺が(体感で)競歩選手並みのスピードで歩き始めると葉月が叫んだ。
「しゅーちゃん!あけましておめでとう!」
「・・・おう。」
俺は振り返らず、右手の拳を天高く伸ばして背中で返事をする。
そんなにいい背中してないけど。
10分後。
店内はそれ程混んでいなかったけれど、ウィンドウ・ガールズ3を買いに来たのは俺だけではないと、すぐに分かった。オタク特有のオーラ的なものが滲み出ているやつが何人かいたから。
予約票を持ってレジに並ぶ。俺の前に並んでいたやたらオタク臭のする人の口から「ウィンドウ・ガールズ3の在庫ありますか?」という言葉を聞いて説教したくなった。予約は基本だろ。
「ございますよ。初回特典がつきませんがよろしいですか?」
「・・・はい。」
その人は残念そうな顔をしていた。まぁ、仕方ない。世界は残酷なんだ。
その後、隣のレジで予約票を出して店員さんが現物を持ってくるのを待っている時にさっきの予約していなかった人が女性なんだと分かった。まぁ、声で気づけって感じなんだけど彼女達のことで頭がいっぱいだったから仕方ない。
しかし、女の人もギャルゲー買うんだな。世の中変わったもんだぜとか思っていたら、そのオタク女が俺の顔を見るなり、レジをさっと終わらせて逃げるように行ってしまった。
見すぎたかな。
訴えられたらどうしよう。
なんだか一瞬で死にたくなってきた。
「おまたせしましたー!」
テンション高めの店員さんがレジを担当してくれたお陰で、また彼女達の世界へと脳内ダイブすることに成功した。
その後、新学期が始まるまでの間。俺は殆どの時間をウィンドウ・ガールズ3に費やした。
いや、ホント。美咲ちゃんのトゥルーエンドが本当に良くて、1時間は泣いていた。二週目はもっと泣いた。三週目もやっぱりちょっと泣いた。
宿題も終わらせて、彼女達との思い出も沢山作った。
「…あーあ。」
もう、新学期か。