第一話
「…寒い。」
そう呟いたのは路上でギターを弾き歌い始めて三十分が過ぎた頃だった。
一月三日。「こんな正月から何やってんだ俺」状態だということに気が付いたのはついさっき。
「…帰ろ。」
アコギをケースにしまう。その動作の一つ一つが惨めで、情けない。
いや、確かに正月だから暇だし、家でギター弾いて歌ってたら親に怒られるし、「こりゃ、一発路上ライブでもやってみますか!!」みたいなノリでアコギ持って出掛けたはいいけど、こんな中途半端な田舎なのか何なのか分からん土地で、しかもこのクソ寒い中弾き語りなんか誰も大して聞きたくもねぇだろ!寒いんだよ!
そりゃ夢見たよ。
可愛い子が立ち止まってラブソングを届けて恋に落ちたりとか、ナントカレコードのナントカさんが来て「君には才能がある!」みたいな神展開とか、道行く人が立ち止まって勝手にYouTubeに載せられて何万ヒットしちまって、何処かの事務所の人がスカウトに来てハッハー!みたいな展開期待してたのによ!なんだよ、やっぱクソ寒いわ!
「あー…。」
もう言葉も出ない。
家に帰ってラノベ読もう。
来期のアニメチェックしよ。
「ねぇ、」
え?
「長谷川君だよね?」
「えっと…」
誰だ。この今にも崩れそうな中二全開の俺に話しかける素敵系女子は。
「あ、ごめんね。私、神前。神前 早苗。」
「え…あ…。」
えっと、可愛い。
…じゃなくて、誰?
つーか俺、挙動不審過ぎて警察に話しかけられたのかと思ったけど、違って安心したけど。けど!誰!?
「同じクラスなんだけど…。」
「…( ・ω・)ファ?」
「ふぁ?」
「あ、ごめん!今の忘れて!」
思わず出た言葉でこの素敵系女子にオタクがバレるところだった。危ない、危ない。
しかし、同じクラス?こんな清楚系、素敵系女子いただろうか。
「君…、えっと神前さんはうちの学校の2年G組なの?」
「そうだよ!1年の時からクラス一緒じゃん!」
「…えっと、ごめん。俺、
友達いないから。
その台詞を口に出しそうになったが寸前で堪えた俺に花丸あげよう。
「いいよ、私体が弱くて半分不登校みたいなものだったから。」
「…そうなんだ。」
いかん、会話が全て一拍遅れている。
「でもね、嬉しかった!」
「何が?」
「私、こんなでも一応軽音楽部入ってて。クラスの人って音楽好きでも中々やってる人っていなくて。長谷川君のそれってアコギだよね!私、今弾き語りに挑戦してみたくて!」
「俺のそれはそんなに自慢出来る程上手くないけど…。」
「ねぇ!長谷川君も軽音部入りなよ!先輩も優しいし、」
そうか、さっきから感じてのはこれか。
不登校で体が弱いのに人慣れしてる。
先輩や歳上の人と関わる事が多かったのか。
だから、コミュニケーション能力がこんなに高い。
俺とは大違いだ。
ほんと、俺とは大違い。
だから、
「ごめん。」
「何が?」
「部活のこと。軽音部。俺、そういうのあんま興味無くて。一人でこんな感じでやってる方がいいんだ。」
彼女は少し淋しそうに
「そっか。」
そう言った。
「…ごめん、また学校で。」
やっちまった、と思いながら逃げるように歩き出す。
5分くらい経った時だろうか、後ろを向くともう神前 早苗の姿はなかった。
「…あーあ。」
溜め息をつきながら見た一月三日の空は澄んだ空気の中になんか複雑な形の雲が浮かんでいて、決して綺麗だとは言えないけど、そのなんとも言えない感じが好きだった。