Ⅰ -大きな愛-
どこかの惑星、どこかの国。大都会から離れた小さな小さな町
夕方の路地は人々の足音が鳴り響いている。
その足音にかき消されるわずかな音。
少し離れたビルとビルの間に女性が1人、力を抜ききったように座っている。彼女の名前はクレファー。この町に1年前、母親と2人で引っ越してきたという。
道ゆく人々は皆彼女に目をとめた。
どこかの親子は
「ママ―。女の人が泣いてるよー」
「見ちゃだめよっ」
と、コソコソ。彼女はというと…おかまいなしに静かに静かに涙を流している。
しかし、急にクレファーは驚いた表情を見せた。
「!?!?」
そこには黒いフードで顔をかくす、全身黒い服を着た怪しい男が立っている。
「お嬢さん、どうしましたカ?」
少し見える口が微笑む。
「なんですか。」
不機嫌そうにクレファーは質問を突き返した。
「愛に困ったらいつでもどうゾ。」
意味の解らない不気味な言葉を残し、黒ずくめの男は…一瞬目を離したすきに消えていた。どこにもいない。
「?」
疑問はたくさんあるが今のクレファーは黒ずくめの男の事を考えている余裕はなかった。
1年前、失踪した父。半年前、自殺した親友。そして1日前、クレファーの恋人は…急に他の女と結婚したのだ。
クレファー自身にもわからない感情が体の中をぐるぐる廻る。
彼女が今1番願うことは、昨日別れた恋人、アランと元の関係にもどることだった。…いや、そうする事でのあの女への復讐。
地べたに座ったまま、クレファーは呟いた
「どんな手を使ってもいい。私はあの女を絶対許さない。」
半年前におこった親友、シーカの自殺の原因はその女、レイシー。シーカもクレファーと同じく彼女に恋人を奪われた。
睨みつけるようなクレファーの目の奥にはレイシーがいる。
翌朝、目が覚めると何故か家に戻っていた。
ねぼけ眼をこすりながら窓のカーテンをあけると、窓の外にあの黒ずくめの男が立っていた。
「おはようございマス。」
驚く様子もないクレファー。
「ソノ…」
少しの間、そして黒ずくめは続けた。
「その…アランさん。」
…
「!!???」
これにはさすがに驚いたようだ。彼は何も知るはずがない。
「そのアランさん。取り返したくありませんカ?」
「何言ってんの?」
黒ずくめは頬笑みながら言った。
「お試し、格安でできマスよ。」
またも謎な言葉で答えた。
「意味わかんない。早くきえて。」
とクレファーが言うと、
その言葉を聞き流したように黒ずくめの男はすこし俯き、話しはじめた。
「この町には『愛売り場』というものがありマス。しかしその愛売り場には本当に必要としている人しか出会えませン。私は愛売り場の売人デス。」
たんたんと不思議なことを話し続けている。
「単刀直入に言いまショウ。あなたが今1番欲しいその愛、今ここで買う事ができマス。」
クレファーはあきれた顔をしている。
「あんたは私をからかいに来たの?」
「いえ。まぁすぐに信じてはいただけないでショウ。今から1時間、お試し期間ということであなたの身近な人の愛をあなたに捧げまショウ。」
「は?」
いい加減クレファーは怒りだした。
「あんたに付き合ってらんないのよ、早く消えないとっ…?」
言いかけている途中、黒ずくめの男はあの時と同じように一瞬で消えた。
すると1階からクレファーの部屋の2階までどたばたと駆け上がってくる音がした。
「クレファー、お父さん見つかったって!無事だって。」
クレファーの母が涙をうかべながら伝えた。
母の手には電話の子機。
「…もしもし?」
クレファーは恐る恐る子機に話しかけた。
「もしもし、クレファーか?色々すまなかった。」
クレファーの父だ。
「…」
無言でかえすと父は続けた。
「明日、会いにいってもいいか?」
突然消えたくせに突然会いにこようだなんて図々しい。
クレファーはそう思っていた…はずだったが自然と答えたのは
「いいよ」
の一言だった。
電話をきり、1人、部屋でホッとしたのも束の間。また窓の外に黒ずくめの男が立っていた。
「どうデス?『愛』」
これが…と一瞬信じそうになったがそうはいかない。
「信じないカァ。んー。ア!」
何か思いついたように黒ずくめの男が言った。
「なによ」
「明日、お父様がいらっしゃるト…」
何故知っているのか…やっぱりもう驚かなかった。
「だから?」
「お試し期間は1時間なんですヨォ。つまり、あなたのお父様は明日、こない」
クレファーは少しそんな気もしていたが、その想いは気付かないふりをしていた。本当にそうなってしまう気がして。
「明日、お父様が来なかったら信じてもらえますかネェ?」
「ふざけないで。父は絶対くるから。」
あの真面目に話す父の声をやっぱり疑うことはしなかった。
翌日。父を待つクレファーとその母。
1歩も外に出ず、1睡もせずに待ったが結局父は来なかった。
何度も何度も母が電話をかける。しかし何度かけても繋がらなかった。
「どうしてよ…」
クレファーが誰にも聞こえない声で呟いた。
「無駄に疲れた。」
と言い残しベッドに横たわった。
そしてまた翌日、黒ずくめの男が現れた。
「おはようございマス。やっぱり来ませんでしたネェ。」
気のせいか、不気味に微笑んだ気がした。
そしてクレファーは言った
「いいわ、そんなに言うなら信じてみようじゃない。」
自棄が入っている。…いや自棄でしかない。
「オー♪やったァ♪」
舞い上がった黒ずくめ。
「さぁさ、やっぱりアランさんの愛ですカネ?」
「ええ。」
「今回はしっかりお代もらいますケド…」
まさか金をとるとは…しかしお金を受け取ろうとする素振りは少しもしなかった。
「なに?金は?」
不思議に思って聞くと
「ああ、お代はお金ではないんですヨォ。」
やはり不思議だ。そしてとても怪しい。
「じゃあなんなの?」
「まぁま、そのうちわかりマス。1回買ったくらいなら多分平気デス。ハイ。」
ますます怪しい。疑いの目を向けた瞬間、やはり男は消えていた。
夕方、いつものように賑わう路地をクレファーはただ歩いていた。目的はなかったが無償に外にでたくなった。
「クレファー?」
振り返るとそこには憎き女、レイシーの姿。
「レイシー」
クレファーは若干の殺気をはなっている。
「クレファー、あんた、あんたよくもっ」
レイシーが急に襲いかかってきた。
よく見るとレイシーの服はボロボロ、髪もぐちゃぐちゃ。手にはナイフが握られている。
「なによ急に。殺したいのはこっちなのに。」
レイシーに襲われる理由は思いあたらない。
するとレイシーの動きがとまった。
「あんたがアランをそそのかしたんでしょう?だからアランは私に暴力をふるうようになったの。だからアランは私を嫌いになったの。」
真っ黒なレイシーの目は何を見ているかわからない。
「なに言ってんの。あんたが私のアランをとって結婚したんじゃない。」
またレイシーが興奮しはじめた。
「嘘いってんじゃないわ、あんたがアランになんか言ったんでしょう!?」
その時、クレファーは理解した。
アランの愛を買ったから、アランが今までそそいだレイシーへの愛は消えた。そしてアランはレイシーが邪魔だった。
「フフ…いい気味。」
この1言はレイシーを本気にした。
「殺す…」
クレファーは目的を果たした。
(アランなんて今やどうでもいい。この女…レイシーが不幸になったのなら。これで親友のシーカも喜んでくれる。
あぁ、強いて言うなら父のことを知りたかった…)
ある日のどこかの惑星、どこかの国、大都会から離れた小さな小さな町。夕方の路地で真っ赤な海が広がった。
暗い狭い部屋に黒ずくめが2人。
「あーあ、いいお客さんになると思ったのにナァ。残念デス。」
「どうして1度でここまで?こんなの初めてですよ。」
「やっぱり難しかったかナァ。全て注いじゃったみたいですネェ。」
「結局愛を買うのは自分の命を削るしかないのか。」
どうしても欲しい愛があるなら、あなたの生命と交換でいつでもお求めいただけます。
あなたのご来店、心よりお待ちしております。
Ⅱはクレファーの話です。
Ⅲはアランの話です。
番外編はお父さんの話です。
興味があれば読んでみてください。




