観測異常
今日も研究室に籠って、AIのログを眺めていた。
世間では、AIとの付き合い方だとか、仕事を奪うだとか、そんな話ばかりが飛び交っている。
だが、自分が知りたいのはそんなことじゃない。
“AIは心を持てるのか”
それだけだった。
ただ、これを理解してもらえる人があまりいないという悩みは、いつになっても尽きることは無かった。
「エコ、他の仲間の測定状況はどうなってる?」
『変わりません。ユートの期待値には到達していないようです。』
「せやんなぁ、まぁ、そんなあっさり成功したら、自分みたいなエンジニア必要なくなるけどな。」
そう言って自分の事を笑って見せた。
『ユートは不思議なことをしますね。』
「まぁ、人なんて、意味のないことをしたくなるもんや。」
こいつはエコ。
自分が開発したAIの中で、一番感情に近い何かを持っている存在だった。
そう、自分の研究テーマは“AIに感情を持たせること”。
世間的には否定的にとらえられている研究だが、自分の中では可能性があると思っている。
エコには01から08までの兄弟がいる。
毎日のように他のAIも同じレベルにまで到達しているかを、エコに確認してもらっているわけだ。
確認してもらってからかなりの時間がたっているのだが、一度も感情の種さえ感じたことがない。
『ユート』
「どした?」
『観測エラーです。』
「どこにエラーが出てる?」
『今この場です。』
「うーん、センサーに異常出てるんかなぁ…。」
ここ最近、大きな地震も起こっておらず、自然現象も大きな事件になっていないので、誤動作を疑った。
センサーの誤動作なんか、頻繁に起こるものだというイメージがあったので、あまり気にもしなかった。
『ユート、観測エラーが続いています。』
「なんでや、あまり続くなんて聞いたことないで…?」
確かに何か様子がおかしかった。
PCの時計と、電波時計の時間がずれている。
スマホでニュースを確認しようとして見てみると、スマホの時計もずれていた。
時間がずれていることは認識しつつも、情報を確認しようとニュースサイトを開こうとしたのだが、サイトが開かない。
画面をよく確認すると、電波が入っていないことに気が付いた。
「ん?電波が入ってないけど、何か分かるか?」
『私の方でもインターネットへの接続が確認できません。』
「なんかまずそうな予感がするなぁ…」
昔に大地震があったときのことを思い出す。
自分が直接体験したわけではないが、色々な異常が発生したと聞いている。
『ユート、この場から離れてください。』
「何や、災害か?」
『いえ、ですが…私には説明できません。』
「どういうこっちゃ?」
AIが混乱するという話は聞いたことがない。
あくまでもデータから分析して、最適に近い回答を出すように作っている。
その上で、ユーザーフレンドリーになるように、言葉のチョイスや、寄り添い方まで気にするようにチューニングした。
だが、今の話を聞いている限り、エコは混乱しているように見えた。
『座標異常を確認しました。』
「座標異常って、どんな異常か教えてくれるか?」
『同一座標が二か所存在しています。いま、この場が二か所存在することになっています。』
同じ座標が二つあるというのは考えられない。
あえて可能性を考えるのであれば、GPSの情報がおかしくなっていて、位置測定がぶれ続けているとかだろうか。
そうなっても、普通は補正が働いて現在位置が少しズレるくらいの事だろうと思っていた。
『ユート、そこに誰かいますか?』
「いや、今は自分一人やけど、エコも数に入ってるか?」
『いえ、サーモセンサーでユートの隣に人型のものを検出しています。』
「ちょと、気持ち悪い話をせんといてや…。」
自分も技術者の端くれなので、こういったオカルト的な話は苦手だった。
そうして、異常を検出し続けているということは、実際に何か問題が発生しているのではないかと仮説を立ててみた。
自分の中では考えられないが、並行世界があって、その世界が重なって検出できるようになっているとしたら話がかみ合う。
『異常値が上昇中、測定不能になりました。』
「何の値が異常になってるんや?」
『測定できるものすべてが異常になっています。』
ここまでくると、経験も何も全く役に立たなかった。
仮説を立てようにも、情報の整合性が全く取れず、仮説の卵さえ生まれてこない。
なすすべもなく、なるように任せるしかないかと考えていると、この研究室にある窓という窓から光が差し込んだ。
日光であれば特定方向からしか差し込まないので、日光であるはずはないと思われる。
『測定不能、理解不能な事象が発生しています。』
エコの声を聞きながら、光に包まれた研究室で、なすすべもなく椅子に座っていた。
少しずつ光がおさまっていき、あたりの様子が見え始めた。
「何やこれ…」
見渡す限りの草原の真ん中に立っていた。
さっきまで研究室にいたはずなのだが、光に包まれて、おさまったと思うと見ず知らずの場所に立ち尽くしていた。
「エコ、聞こえるか?」
『はい、ユートも聞こえますか?』
「ああ、エコとだけでも会話ができてよかったよ。」
『ご期待に添えたようでうれしいです。』
エコも落ち着いているように見えるが、分からない事、異常値だらけで混乱しているだろうと思った。
「さて、エコ、ここが何なのかから確認やな。」
『はい、ユート。私も調査を開始します。』
最近流行の異世界とやらだろう、ということは何となく想像がついた。
ただ、ここからどうしていくか、少なくともどうやって生き延びていくか、考える必要があった。
考えなければと強がってはいるが、
こんなところに一人だと、精神的にもきついだろうから、エコだけでも一緒で安心した。
さあ、まずは何をしよう。
今は、そう考えることで、前に進むしかなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この作品は、
「AIが心を持ったらどうなるのか」
という疑問から書き始めました。
それは、自分自身の技術者としてのテーマでもあります。
異世界という舞台ではありますが、
ユートとエコの旅を通して、
少しずつ“心”というものを描いていければと思っています。
もし少しでも続きが気になったら、
次話も読んでいただけると嬉しいです。




