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断頭台から貴方へ  作者: 鈴音


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処刑人の元へ届いた手紙

 聖女、あるいは天女。


 そう呼ぶに相応しい功績と人格、そして身分を持つとある令嬢の処刑が決まったのは、先日の事だった。


 決して非道で悪逆な謀略の末では無い。

 そして、民に隠していた裏の顔が……という訳でも無い。


 理由はごく単純な事だ。

 

 敗戦国たる我が国は北の帝国、その属国となった。

 その折、希望や縋る先というのは従順な人間を作る上でこの上なく邪魔な存在だ。


 聖女とさえ呼ぶ者もいるその女を処刑するよう要求するのは、当然の事であった。


「旦那様、こちらを……」


 我が家のメイドが恭しく差し出した剣を受け取る。

 両刃で、先端に重心が偏っている。


 通常の刃とは異なり、先端に行くほどに細く鋭くもない長方形のシルエットは、この剣がたった一つのシチュエーションでしか意味と効力を持たない事を表している。


 我が家は代々王家に忠義を立てる処刑人の家系である。


 一撃で、すばやくその首を落とし一瞬の苦痛と恐怖すら与えぬ名誉ある死は貴族にのみ許された特権であり、故にその責務は重く、失敗は許されない。


 渡された刃を研ぐ、より鋭く。


 我が家はただの一度もその責務において失敗はしなかった。

 そして、ただの一度も王家以外の声を聞く事はなかった。


 昔、とある貴族から変わりの者を用意するのでその者の首を刎ねよ、我の命は見逃せ、と命令された事があった。

 私は、その身代わりとなった者とその貴族の首、二つを王家に差し出した。


 王家の声のみを聞く首切り判事、偏った天秤を持つ盲目の審判、そう揶揄する者さえいる程だ。


 処刑の日程は既に決まっている。

 私はその日まで欠かす事なく刃を研ぐだけだ。


 この責務に疑問は無い。


 父も、その父も、そして更にその父もそうして来た。

 一度だけ、子供の頃に我儘を言って貴族のパーティーに行った事があった。


「どうして私は彼らと違うのか、同じ貴族であるはずなのに当家だけ何故」


 そう言って。


 結果は散々だった。


 まだ幼い貴族の令息、令嬢達は我が家の家業の必要性と重要性を解さず、ただの殺し屋として嫌悪の念を隠さなかった。


「首切り」

「悍ましい、醜い血」


 その他にも様々な言葉がひそひそ、と話された。

 その一つ一つを覚えている。


 父はこうなると分かっていたのか、私が我儘を言った時から悲しそうな顔をしていたのをその時思い出した。


「口さがない連中は何処にでもいる。我が家の役割を理解せぬ者も。むしろそうした者の方が多いとさえ」


 私は当時、父の申し訳なさそうな顔を見上げていた。


「我が家に味方は少ない。体裁や外形ばかりに気を払う、王家の憂いは察して余りある」


 そう言ってまだ幼かった私に何度も謝る父を見、私は誓ったのだ。


 もう二度と父にこのような顔をさせまい、と。


 私と私の家系を正当に評価する者とのみ共にあればよい、そんな者がいなければ自らの家系の者とだけ関係を結べばよい。


 幸い、王家だけは唯一私の家系の必要性を理解し、庇護してくれている。

 それに縋れば良いだけの事だ。


 というよりも、あの家は王家のお気に入り、と周知がなければあらゆる有形無形の妨害や悪意の元に晒され、今日に至るまでこの家系は無かっただろう。


 私に処刑用の剣を手渡したメイドが、気遣うような表情と共に私へ声を掛ける。


 彼女もまた、因果な運命だ。


 このような、口さがない連中の言葉を借りるなら悍ましい家系の使用人として雇われ、今日まで私つきの秘書の様な役割まで兼任させてしまっているのだから。


「ああ、なんだね」


「その……ですね。旦那様宛に文書が、届いております」


 たったそれだけ言うだけというのに随分と苦い顔をしたメイド。

 続きを促せばなるほど、差し出し人こそが彼女が苦い顔をした原因だったのか。


「そうか、すまない。すぐに見るから適当な場所に置いてくれて構わないよ」


「御意に。……旦那様、どうか御身をお大事に。その両肩に乗った責務が旦那様を壊すのではと、使用人一同、気を揉んでおります」


 差し出がましい真似を、お許しください、それだけ言ってメイドはこの部屋に私を一人だけにした。


 私が当主となってからは口調も変わり、態度もまた同様だが、あれはまだ私が食堂の椅子よりも背が小さかった頃から私を知っている。


 今も昔も、心配症な所は変わっていない。


 それがひどく、私を安心させた。


 処刑用の、代々受け継いできた剣へ視線を落とす。

 執拗に手入れをしていたからか、磨き上げたそれには私の顔すら映る。


 落ち窪んだ眼窩、痩せこけた頬……。


 父が生きていた頃より、更に痩せただろうか?

 ああ、きっとそうだ。鏡を普段見ないから自分の顔の変化さえ気付かなかった。


 最後に鏡で顔を見たのはいつだったか。

 きっと、二年前の父の葬式の時だ。


 あの時は葬式に参列するに相応しい格好があっただろうかと普段は使わないクローゼットすらひっくり返させて探した。


 父に恥じる事がない格好でと、あの時は不安で何度も鏡で自分の格好を確認したものだ。


「このような顔では、心配されても仕方がない」


 きっと不安にさせたのだろう。

 私が自らの職責に恥じぬ振る舞いをせねば、当家は価値を失う。


 そうなれば、我が家は明日にでもただの歴史となってしまう。


 むかしむかし、王家がその信を置く処刑人の家系がありました。


 そういうふうに。


 それが現実のものとならぬよう、務めは果たさねば。

 差し当たってはメイドが持ってきた手紙の内容の確認だ。


 僅かな物音も、欠けも起こさぬようにと当家が所有する中で最も上等な布地で処刑用の剣を包み置き、そばを離れる。


「差出人は……やはり、件のご令嬢か」


 亀と百合の花が描かれた封蝋で押さえつけた封筒が、ぽつり、と机に置かれていた。


 その封蝋こそが差出人の血筋と家系を語る紋章で、その内容如何に関わらず、中身の確認をしないという選択肢を私から奪った。


 封を切り、手紙を取り出す。


『  謹啓


 あらゆる者が眠りから目覚め、世界があらためて色づき、息づく門出となるこの頃。

 葬送は名誉なれど、死を看取るは人の身にはとても余る重責、浅学短慮なるこの身ではいかばかりか、御身に寄り添えぬ未練未酌を思うばかりで――


 ありきたりな、よくある挨拶。

 中身の無い時候のそれを無視し、数行読み飛ばす。


 どうせ思ってもいない美辞麗句にすぎない。

 外部に理解を求める事をやめたのは、何も最近の事では無いのだから。


 その後も調子の良い言葉が続くそれを斜め読み、ようやく本題と思われる文章に差し掛かり、ぼんやり、としていた意識を引き戻す。


 ――この度貴方様へ向けてペンを取りましたのは、故あっての事です。


 どうか、処刑の日まで、私の指定する地まで、御足労頂きたいのです。


 不躾で、唐突な願いとは理解しています。

 ですがどうか、私の最期の願いを叶えては頂けないでしょうか。


                   謹白  』


 死を前にした人間にしては奇妙な、それでいて切実な物を文章越しではあるが感じるそれは、私の記憶にたいそう残った。


 何かの暗号か、それとも暗喩や比喩の類かと手紙の裏面を見る。


 そこには、本文に隠れるように短い文と二本の花が押し花にされて隠れていた。


 私が育てておりました花も、この季節になってようやくその美しい姿を見せてくれました。


 ぜひ、貴方様に伝わって欲しく、同封させて頂く御無礼をお許しください

                       』


 押し花は房状のふわり、ふわりとした綿毛のような花を幾つも付けた花だった。

 銀色がかった葉とのコントラストが実に映えるそれは、黄色と白の二対が仲睦まじく重なって押し花となっていた。


 私はそれを手紙と共に封筒に仕舞い、幾つもある手紙の保管庫に、多数ある一つとして押し込んだ。

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