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第01話 毒を含む物流網

 林志鴻は敵の最高幹部だ。


 私はデスクの地図を見つめた。指が基隆港をなぞる。輸送経路は全て彼の網の中にある。血管のように張り巡らされた物流網。それが今、毒を含んで脈打っている。


「矛盾する」


 拳を握る。骨が軋む音が部屋に響く。感情を吐き出す必要はない。軍人は分析する。事実を列挙する。第一、林は現地協力者として完全なアクセスを提供した。第二、彼のネットワークは中国軍に掌握されている。第三、我々はその網に囚われている。


 窓の外、台北の夜が煌めく。街灯が無数の目に見える。


「利用する」


 逆転の発想だ。敵の経路を我が経路とする。彼らの監視を迂回するには、むしろその網の内部を通れ。だがリスクは最大だ。一度でも疑念が生じれば、網は瞬時に絞まる。


 私は息を吸い、吐いた。心拍は安定している。訓練された肉体は冷静を保つ。


「二重性」


 それが弱点でもある。林にとって、我々の計画が露見することは彼の失脚を意味する。彼は守秘する。少なくとも、計画実行までは。


 デスクの電話が光った。佐藤からの暗号メッセージだ。「網、更新確認」。林が提供した最新の検問情報。それが真実か、罠か。


 私は地図に印を付けた。可能経路と不可能経路。赤と青。敵と味方の境界が、ここでは同じ色に濁る。


「それでも進む」


 結論は一つだ。網を破らず、潜る。彼の二重性を、こちらの二重性で応じる。裏切りの瞬間まで、協力者として振る舞う。それが、1200人を運ぶ唯一の道だ。


 私は椅子から立ち上がった。次の行動が脳裏に叩き込まれる。感情は箱に収めた。蓋を閉める音が、部屋に響いただけだ。


 掌中の端末が震えた。文字列は暗号化されていた。解読した一文が視界に焼き付く。「林、危険。直ちに接触断て。地下街B1、23時。証は赤い傘」。


 私はデスクから離れた。計画が崩れる。この連絡主は敵か、味方か。情報は林の危険を告げる。それ自体が罠かもしれない。


 アパートの扉を開けた。廊下の空気が冷たい。階段を下りる足音だけが響く。エレベーターは使わない。閉じ込められる。


 路地に出た。夜の湿気が肌にまとわりつく。視線を走らせる。対向歩道の男が新聞を畳む。車の窓が暗い。すべてを記録する。


 歩幅を一定に保つ。ショーウィンドウの反射を読む。背後に同じリズムがいるか。影が伸びているか。


「動くな」


 信号が変わった。渡る群衆に混じる。人混みは盾でもあり、危険でもある。接近を許せば、一撃だ。


 地下街への階段が見えた。吐息が白く曇った。踊り場で一呼吸。上を見る。誰も下りてこない。下を見る。人影はぼやけている。


 B1通路の入口が闇を飲み込む。蛍光灯が不規則に点滅する。奥からエスカレーターの軋む音がする。


 私は最後の一歩を踏み出した。 通路の奥に赤い傘が立てかけられていた。約束の証だ。しかしその周りに人影はない。私は壁沿いに進んだ。タイルの冷たさが背中に伝わる。


 エスカレーターの陰から男が現れた。黒いジャケット、顎鬚。手はポケットの中だ。彼の目が一。指先が冷たい。


「網、再確認。経路C、凍結せよ」


 送信ボタンを押す。画面が暗転する。私は傘を見つめた。柄の部分に細い傷がある。意図的な印か。


 通路の向こうから別の足音が聞こえる。規則的な歩調。警備か。


 私は傘を置いたまま、反対方向へ歩き出した。心拍が上がる。分析結果がまとまる。男の情報は七分に真実。残り三分の不確実性が致命傷になり得る。


 階段を駆け上がる。外気が顔を打つ。携帯が震えた。が軽く痙攣する。空腹ではない。緊張だ。


 避難経路図を表示させる。経路Cは赤く×印がついている。佐藤が凍結完了した印だ。残るはA、B、D。いずれも林のネットワークが関与する。


 明日のフェリー。基隆港発、午前六時。林が手配した船舶だ。男は「罠」と言った。


 私はフェリー会社の実態調査記録を開く。資本関係。中国系企業の出資が%。先週まで0%だった。変更登記は三日前。


「全ては操り人形だ」


 掌が汗クの地図に赤い印が増えている。最高幹部の邸宅が、避難ルートの要所を塞ぐ。男はペンを置いた。


「計画書の検証が先だ」


 冷えたコーヒーカップを持つ。指先が震える。胸の内側で脈が響く。画面に表示された警備配置図。監視カメラの死角は限られている。


 別のタブを開く。避難ルートのセキュリティ評価レポート。林が提供した初期データが基だ。男は眉をひそめる。


「この部分が脆弱だ」


 キーボードを叩く。代替経路の選定を開始する。地図上に青い線を引く。街路の幅、障害物、夜間照明の有無。判断材料が次々と並ぶ。


 胃が縮む。空腹を覚える。時計を見る。午前二時を回った。男は立ち上がる。窓辺へ移動する。


 街は静か呼吸置く。そして歩き出す。


 部屋の電気を消す。暗闇が広がる。男はその中で、明日への準備を終えた。


 玄関の鍵穴に銀色の粉がついている。昨日まではなかった。


 指でなぞる。粒子が冷たい。金属の削り粉だ。ピックの痕跡か。肩が張る。背筋が伸びる。


 ドアノブを握る。手の平が滑る。研磨剤の匂いがする。侵入者が痕跡を消した。指先が震える。心臓が早鐘を打つ。


「こいつらは急いでいる」


 廊下を見渡す。法定の警報装置が無効だ。配線が切れている。壁の継ぎ目がずれている。監視カメラのレンズが曇っている。


 右腕が重い。鉛をぶら下げたようだ。一歩踏み出す。床板が軋まない。釘が抜かれている。足の裏が冷たい。血の街灯。点滅が規則的すぎる。監視カメラの光かもしれない。背筋が這う。


 代替拠点を考えろ。林の家は危険だ。第二、第三の隠れ家を検索する。リストをスクロールする。目が滑る。


「全てが漏れている」


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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