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王女エアリスの目覚めー③◆


 ビンセント公国、ニューセントラル市のギルド『アンプリファイド』では、副長補佐のドラウトが、幹部を前に朝礼を行っていた。


「報道にもあった通り、ベルドナト・ニューマンス閣下の結婚式が来週執り行われることとなりました。まずは事実関係の確認からですが」


 ひと呼吸おいて、書類をめくる。


「連合からの通達待ちですが、式に先立ち陸路、空路ともに規制が敷かれると予想します。本日午前はクエストへの出撃を中断し、各部署は情報収集にあたること。関係先には納品の遅延、または辞退の可能性について、安全規程の通り告知を行うこと。以上です」


 解散と同時に、今日も冒険者(クエスター)たちがドアベルを鳴らして続々と現れた。




「ええ? 午前中は待機?」


 やや遅れて出勤した剣士のイニェンは、人でごった返すロビーを見て「そういうことか」とため息を漏らした。


「王女様が目覚めたのも結婚の話も、本当らしいわねぇ」

「ジェリーフィッシュ広場を丸ごと式場にして、盛大にやるらしいぜ」

「ロブの噂話は当てになんないわ」

「なんだと」


 今回は確かな情報筋だ、と言い返そうとしたロブは、ロビーをうろつくその男を見て「あ、レッドサイレンスの!」と指をさした。

 レオンは片手を上げ、「その節はどうも」と二人に歩み寄る。


「何しに来やがった?」

「ドラウト補佐に会いに来た。ちょっと難しそうなクエストを受けちゃってさ、力を貸してもらえないかと」

副長補佐(セカンズ)なら、今日一日は捕まらないと思うぜ」


 イニェンが「どんなクエストよ」と、手元の紙を覗き込む。


「ふむふむ……あれ、嶽の森って、この前エラが行ったとこじゃない?」

「エラ? ああ、馬鹿弟(ルースター)が追いかけてる女か」

「よく分からないけど、あんなの眼中にないと思うわよ」

「言ったって聞かないよあいつは」


 レオンの依頼書には、「嶽の森で大量発生した魔物の討伐依頼」とあった。

 依頼主は公国軍。急遽決定した婚礼の儀に向け、周辺の安全確保のため、ギルドにも魔物の討伐を依頼して回っているのか。ロブは腕を組み、「ウチは、討伐()()ってのはやってないんだよなぁ」と考え込む。


「一応素材屋だからさ。討伐専門のギルドに頼んだ方がいいかもしれねぇ」

「色々声かけたよ。けど、嶽の森は嫌がられてさ」


 こじれる前に辞退した方がよいのでは。イニェンが提案するが、レオンはこの依頼にこだわった。久々に舞い込んだ大型の案件、報酬も悪くなく、公国軍の依頼をこなしたという実績も得られる。先日の事件で、レッドサイレンスについては良くない評判が漂っており、ここで汚名返上だと息巻いた。


「あ、エラ! おはよー」


 その新人は、いつもより遅めの出勤だった。

 レオンの姿を見て目を細め、クエスト掲示板に直行する。しかし掲示板の真ん中には一枚の張り紙があるのみ、それを読んで「なるほどね」と、ロビーの混み具合に納得した。


「──てことで、嶽の森に行きたいんだってさ」


 エラは、「ああ……うん」と上の空で相槌を打つ。


「報酬は山分けだとしても悪くないわね。私がエラだったら喜んで手伝うわ」

「じゃあ、今からついてきてくれる?」

「ってできれば楽なんだけど、他ギルドとの合同任務はチーフの許可がいるのよ。総務課で手続きも必要だし」


 エラはふと顔を上げ、レオンの手から依頼書を取り上げる。


「ちょっと借りるよ」

「お、おお」


 立ち上がったエラは、そのままサディーレイの執務室へ。輸送部とスケジュールの調整中だった彼女から、半ば無理やり決裁を受けると、その足で総務課へ向かい、チーフに話は通してあると促し合同任務の許可を得た。

 十分後、戻ったエラは、判子の押された依頼書をレオンに返し、「行こうか」と外套を羽織った。






「なぁんで馬に乗れねーんだよぉ!?」


 レオンだけかと思いきや面倒なオマケまでついてきたが、それはもう諦めた。背後で怒鳴るルースターは無視し、エラは身をかがめたまま周囲を見渡す。

 嶽の森に棲む魔物、ワルキューレは確かに始末したはずだ。森では謎の狩人に遭遇はしたものの、魔物はほとんど見かけなかった。


「おいおい、兄ちゃんたち」


 道中、とある村を横切ったところ、牛の世話をしていた村人に呼び止められた。


「どこ行くんだい。まさかバルシュ村か」

「おう、そうだ」

「やめときな、あそこはもう……」


 嶽の森のふもとにあるバルシュ村。一行は、まずはそこで聞き込みを行おうと考えていた。


「いかんいかん、危険すぎる」

「大丈夫だって、俺たちは魔導士だ!」


 レオンは「俺、たち?」と首をひねる。今ここにいるルースター、レオン、エラの三名で、魔法を使えるのはエラだけだが、細かいことは気にせず先を急いだ。

 やがて、惨憺(さんたん)たる状態のバルシュ村にたどり着く。


 村人に聞いた通りだった。嶽の森から突如現れた魔物の大群により村は壊滅、命からがら逃げ伸びた村人も、見切りをつけて立ち去った。エラは、変わり果てた村の姿に息をのむ。

 ここに宿屋があった。曲がり角の先には酒場が。そして、焼け焦げた地面に瓦礫の散乱した中央の広場に立つと、村人たちと飲んで歌って踊ったあの日の光景がよみがえる。間違いなく、ここはバルシュ村だった。


「おお、お前たち、依頼を受けた者か!」


 崩れ落ちた教会の前に、公国軍がいた。ルースターは「レッドサイレンスが来たからには万事解決だ」と手を広げ、エラはフードを引っ張りそっと顔を隠す。


「見ての通りだ。我々も婚礼の準備で手が回らなくてな、遺体の片づけで手一杯だ」

「魔物は森か?」

「別の村人の証言では、な」


 レオンは嶽の森の方角を見た。緑と枯れ木の入り混じる冬の山は、一見しただけでは何の変哲もない。


 三人はエラを先頭に山を登り、雪の残る岩陰でひと息ついた。

 魔物の姿は時折見かけた。はじめは警戒していたが、いずれも人間には害のない原生生物ばかりで、村を襲うほど凶悪な種ではない。可能性があるとすればワルキューレだと、エラは森の奥へと視線を向けた。


「それはお前が倒したんだろ?」

「私のような新人では、詰めが甘かったのかもしれないね」


 木の幹に先取を残すと、ルースターが「なんでアンプリファイドの占有印なんだよ!」と呪文札を取り出す。これは俺たちの案件だと、上書きするようにレッドサイレンスの紋章を刻んだ。


 その時、野鳥の群れが一斉に飛び立った。


 何ごとだと身構える隙も考える間もなく、土砂のような塊がエラの防御膜を覆いつくす。それはおびただしい数の魔物で、手や足が絡み合い、まるで網で引き揚げられた魚のように、一つの生き物のごとくうねっていた。

 エラを中心に、放射状の雷がその魔物を蹴散らす。視界の開けた先に三人が見たものは、竜巻のように地面から立ち上る物体で、黒く長い胴の先端には、踊り子の仮面めいた顔が張り付き、じっとこちらを見下ろしていた。

 それがあのワルキューレだとは、エラでさえすぐには気づけなかった。姿も魔力も以前とはまるで違うが、レオンは「声が聞こえる!」と叫んだ。


「女の子の声だ、これが魔物の攻撃か……!?」

「ああ。聞かない方がいい」


 エラは、身を守る結界はそのままに電撃の球を召喚する。


「《愛をわかつ繭(スライセプト)》」


 バチバチと、鋭い光を放つ球は二つに分裂し、それがさらに二つに分かれ──空中には”雷の繭”が浮遊した。ワルキューレの本体からは無数の魔物が生まれ、剝がれ落ち、一目散にこちらへ飛んでくるが、雷の繭は一匹たりとも逃さず撃ち落とす。


「返せ返せと言っているが……」

「おい兄貴、聞かない方がいいんじゃねえか」

「耳塞いでも頭ん中に入ってくるんだよ」

「俺はなんも聞こえねえぞ?」

「相手を選んでるんだろ」


 大昔、嶽の森で起きた虐殺を生き延びた少女の魔物。

 家族や仲間を奪われた憎悪をあらわにし、あの時も返せ返せと問いかけてきた。やがてエラの脳内にも、聞き覚えのある少女の声が響いた。


《私のモノ、返シテ……》


 エラがこのクエストに力を貸した理由はもう一つ。

 倒したはずのワルキューレが復活したのか、確かにそれも気になったが、さらに大きな目的があった。


 王女エアリスの目覚め。

 一週間後、彼女がこの国に来る。

 王女によって光の魔法の秘密は明かされ、王国の追跡は激化するだろう。王国はどう動くのか、もしかすると家族の誰かがすでに捕まっているのか。エアリスに接触し、直接問いただすつもりでいた。エアリスと接触後の段取りもすでに考えてある。エラは以前、クエストで訪れた”記憶の消える塔”に再びおもむき、塔の魔法式を解読し『短時間の記憶の巻き戻し』を習得していた。これも光の魔法と同様、世に出せば魔術評会が開かれるはずの大発明だ。


 最大の懸念点は、王女が持つ戦力である。戦力とはすなわち”騎士”。騎士がおらず公国軍の警護のみであれば、エラにとって相手は丸腰も同然、接触も対話も即座に実行に移せるだろう。王国が騎士を手放すとは考えづらいが、その存在の有無のみがこの計画の要となる。


「エラ、大丈夫かよ」

「大丈夫。ありがとう」


 エラは次の魔法を唱えた。

 巨大な巻き網のような光がワルキューレを覆い、押し潰しながら閉じ込める。殺すほどの威力はなく、ただ動きを制御するだけの結界は、ひとたび解ければ、憎しみだけを原動力にエラを探し始めるだろう。


 婚礼の儀の会場に、この哀れな魔物が姿を現せば。

 

「ありゃ、やっつけたってことでいいのか?」

「封じ込めただけだ。前よりも強くなっていて、私の力ではこれが限界だな」

「そうか……厄介だな」


 しばらくはこの状態のまま抑えておける。あとは公国軍に任せるか、態勢を整えて再挑戦すればよい。エラの提案に二人は頷いた。討伐はできなかったが、無力化できただけでも公国軍は大助かりだろう。婚礼の式典さえ無事に終われば、対応はその後でもよいはずだ。

 しかし、あれだけの威力の魔法で葬り去ったはずのものが、なぜ蘇ったのか。しかも以前より力を増している。自身の力を否定されたようで気分は良くないが、今のエラにとっては思いがけず好都合となった。


「悪いな、結局全部任せちまった」

「気にしなくていい」

「……お前、いい奴だな」


 静まり返った森で、ルースターは構えた剣を下ろした。

 何もできなかったな、と肩を落とす。やはり身の丈に合ったクエストを選ぶべきで、これは自分たちにはまだ早い仕事だったと、暴れる鼓動を抑えて冷や汗をぬぐった。


「いい奴ではない。でも、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 軽い口調で返したエラは、杖をホルスターに戻し歩き出す。

 兄弟は顔を見合わせ、「ま……そういう気分の日ってあるよな」と曖昧に答えた。そして小声で「やっぱり訳アリの女の子だ」「みたいだな」と、ひそひそ囁き合った。






 *






 王女エアリスの見送りは、王宮の中でしめやかに行われた。

 侍女の付き添いは叶わなかった。彼女らはエアリスに忠誠を誓った身とはいえ、出自、素行、教養を厳しく吟味された、エーデルニア王国でも由緒ある家柄の娘たちである。


「アナスタシア。あなたを連れて行きたかったけれど、お家を継ぐそうね。きっと立派な宝石屋になれるわ」

「殿下……もったいなきお言葉にございます」

「オリビアとヴィクトリアも。あなたたちとの別れは、身体の半分を失ってしまうよう」

「私たちもです、殿下」


 エアリスは、侍女たちの後ろでたたずむもう一人の少女にも寄り添った。


「セラフィーヌ。あなたとの時間は短かったけれど、もっとあなたのことを知りたかった」

「エアリス殿下……」

「あなたの面倒は、リーダス兄さまに見ていただけるよう頼んであるわ。お兄様はとても優しい方だから、何も心配はいらないわよ」

「お、恐れ多きお心遣いにございます……」


 浮かない顔のセラフィーヌに、そっと手を添えて微笑む。


「ラプトルとフレイゾンは、先んじてアングレアを発ちました。あちらで殿下のご到着をお待ちしていることでしょう」

「ええ、会えるのを楽しみにしているわ」


 侍従に手を取られ、エアリスはゆっくりと踏み台に足をかける。

 胸元では深紅のペンダントが輝き、涙を浮かべる花嫁の頬をいっそう紅く染めていた。


 迎えの馬車が去り、王宮の門は静かに閉じられた。





=魔法解説=



【スライセプト】

 その意味は『(あい)をわかつ(まゆ)』。

 発動者の周囲に雷系統の球を展開し、近づいた対象を迎撃する。

 近年の魔法論理学で提唱されはじめた「魔術」に分類され、発動時に投入した魔力が尽きるまで、索敵と攻撃を継続する。

 この性質上、発動後に攻撃対象や威力を調整することはできない。

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