レッドサイレンスー⑫
路地へ向かったイニェンたちは、あの日声を掛けてきた男がうろついているのを見つけ、「よかった、いた!」と駆け寄った。
ルースターも三人に気づき、「おお、この前の」と振り返る。
「もしかしてクエストの依頼か!」
「いえ。ちょっと聞きたいことがあって」
ルースターは首を傾げながらも、「まぁ上がってけよ」と三人を二階に通した。
「この間は……悪かったわ」
小さな机で、イニェンとルースターが向かい合う。ロブとエルバは後ろに立ち「レッドサイレンスの支部ってこんな狭いの?」「意外と大変そうだな……」とひそひそ声を交わした。
「はぁ? 仕事が無いことをわざわざ謝りに来たのか?」
「違う、ハイドレンジアの件よ。前に、あなたたちのギルドに押しかけて騒いでた女がいたでしょう」
エルバが「お前そんな事やってたのかよ」と汗を浮かべる。
ルースターはしばし考え「ああ! あん時の!」と指を鳴らした。警戒の表情を解き、散らばった点が線で繋がったように、納得の表情を浮かべる。
「なるほどな。そういう事か。よくあいつらがここにいるって分かったな」
「やっぱりそうなのね!?」
「すごいな嬢ちゃん、執念だな。裏切り者に復讐を果たすチャンスか」
ルースターは、イニェンが次の言葉を発する前に先回りして答えた。
「だが、力にはなれねえ」
「そんな……」
「神に誓って言うが、ハイドレンジアのクエストに俺たちは関わってねえ。そして今のあいつらはレッドサイレンスの仲間だ」
「……」
「腕も立つし、幹部候補ってことでマスターも気に入ってんだよ。嬢ちゃんに恨みは無いが、俺はレッドサイレンスの人間としてあいつらを守るぞ」
概ね予想通りの返答に、イニェンは、固く結んだ唇をほどいた。
「……分かった。よそのギルドに迷惑は掛けられないわ」
その言葉に、エルバは彼女の成長を感じて少しだけ感慨深い気分になる。コートの下に隠し持つ拳銃からそっと手を離し、肩の力を抜いた。
部屋の隅で会話を聞いていたルースターの兄レオンが、「てことは君ら、アンプリファイドの人間ってことか」と口を挟んだ。
「ルースター、同業に声かけてどうすんだ」
「相手はちゃんと選べよ」
「こいつが相手を選ぶのは難しい。ほら、宿にいた女の子に、なぁ?」
盛り上がる仲間たちを尻目に、ルースターは「うるせえな……」とぼやき窓の外を見る。
「にしても今日は、客がよく来る」
ぽつりと言ったレオンに、仲間が同調する。
「今朝来たあのおばさん、何者だったんだろうな?」
その壮年の女は突然訪れ、部屋の中を一度だけ見渡すと、「どうも」とだけ言い帰っていった。
赤いチュニックと同じ色の真っ赤なリップが、とても印象に残っている。
「クエストの依頼かと思ったが、期待して損したぜ」
「部屋がボロすぎて引いたんじゃないか?」
「早くまともな拠点を作らないとな~」
一同はそろって、大きなため息を吐いた。
「クエスト集めは順調か?」
冷やかすように聞いたロブをレオンは睨み、座ってばかりで凝り固まった体をほぐす。
「まったく、マリアーナたちはどうやって稼いでんだか」
「さぁな……クエストがあるなら、俺らにも回してくれりゃいいのに」
イニェンは「あいつらがニューセントラルで仕事してるの?」と聞く。
この街の情報網を甘く見ない方がいい。三人は曲がりなりにも乙級クエストを任されるような冒険者だったのだから、彼らの顔も名も業界内には知れ渡っている。
「偽名でも使ってんじゃねえの」
ロブが言うと、ルースターは肩をすくめ「さ、用事が終わったなら帰った帰った」と片手を振った。
「なーんかスッキリしないわねぇ……」
果物屋の二階から出たイニェンは、砂を噛んだような顔をする。
「ま、あいつらとやり合うことにならなくてほっとしたよ」
「俺らまで問題起こしたら、さすがのチーフも発作を起こして倒れそうだ」
ロブとエルバは苦笑しながら、建て付けの悪い階段をゆっくりと降りた。
足元の木板は、ぎしりと不穏な音を響かせる。
「イニェン?」
その三人組に、真っ先に気づいたのはピッチだった。
イニェンは「ピッチ主任!」と目を丸くする。
その後ろにいたロブが「ピッチ主任、ラビア、ペイルブルー? 珍しい組み合わせだな」と眉を上げた。
「エルバ君~!」
ラビアはエルバの姿を見つけるや、声を一段と高くする。
続いてペイルブルーが、「イニェンにロブにエルバ? こんなところで何してるんだ」と、やつれきった表情で閑散とした路地を見渡す。
「なんだァ、騒がしいな」
二階の窓がきしみ、顔を出したのはルースターだ。
彼を一般住民だと思ったピッチは「お騒がして申し訳ありません!」と声を上げる。
「あ、違うのピッチ主任。この人は気にしないで」
「オイ嬢ちゃん、どういう意味だ」
イニェンは「はいはい、すぐ退散するわよ!」と二階に向かって叫ぶ。
最後にその人は現れた。
右を左を探るように角を折れ、「あったあった」と果物屋の看板を見て言った。
「エラ!?」
「オズワート?」
「宿屋のねーちゃん!?」
路地に集う者たちの口が、いっせいに動いた。
最後に「あんたらいい加減うるさいよ!」と大家が締めくくる。
ふっと静まり返った路地を、冷えた海風が泳ぐように駆け抜けた。




