レッドサイレンスー②
「典型的な”討伐被り”の状況ですね」
騒ぎを聞きつけやってきた総務課のマティアスが、筆を走らせながら状況をまとめる。
「相手は三名。どこのギルドか、そもそもギルドに所属しているかすら分からず。洞窟侵入前にエラは占有印がないことを確認、しかし自分が占有印を付けるのは失念した、と」
『討伐占有印』、またの名を先取。
先行ギルドが地面や壁に刻む簡易な目印のことで、ギルド間の衝突を避けるための慣例である。
「魔物を討伐後に相手と遭遇、向こうは占有印を付けていたと主張。そしてエラとジャスミンに対し敵対行動を取る。エラはジャスミンを守りながら三名と交戦、通報や状況確認を一切行わず、目的の素材を回収し帰還、と……」
作戦課のサディーレイ、ジュハンセ、そして保安課のピッチも駆けつけ、室内には重苦しい空気が漂う。ピッチが「先取は基本中のキホン!」と指をさし、エラは「すみません」と目を逸らした。
「洞窟なんてなおさら、目撃者もいないんじゃないかな」
「そうですね。通報があれば今頃憲兵が乗り込んでくるはずです」
マティアスがそう答えると同時に勢いよく扉が開き、「通報、間に合いましたっす……」と息を上げるレニータインがやってきた。その後ろで「同様の通報はありませんでした、うちが先です」と、ペイルブルーも汗を拭う。
モール商会に向かったラビアも戻ってきた。相手がどこかしらのギルド所属であれば商会の介入は必須、ギルド間の揉め事を引き受ける集団だ。アンプリファイドとは設立以来の長い付き合いである。
先手は打てたわね、とサディーレイも胸をなで下ろす。
「ジャスミンって子は何してたのよ。あんなのでも一応先輩でしょ」
商会本部まで全力疾走してきたラビアは、部屋の隅で足を伸ばしながらぼやいた。延々と泣きじゃくるジャスミンはとても話を聞ける状態ではなく、今は別室にいる。
「本当に無傷ですか? 治癒魔法を使ったからではなく?」
エラは頷く。魔法は使わなかった。いわゆる格闘術のみで、魔物と相手の三人を撃退した。
「魔法の痕跡もなく、怪我もないとなると、交戦があったという事実すら立証できませんね」
「これで相手が無所属なら揉み消せる?」
「チーフ、今はもうそういう時代では……」
「冗談よ」
冷や汗を浮かべるマティアスは、エラの「魔法の痕跡はあります」の一言に振り返る。
「相手は魔法を使いました。フードで顔は見えませんでしたが、威力的に男が二人、女が一人」
「なるほど」
マティアスは聞き取った言葉を丁寧に紙にしたためる。羽ペンの滑る音がしばし静寂の一室に響き、それが小休止となって一同の頭を冷静にさせた。
状況の把握と、仲間が無事に帰ってきた安心が過ぎ去れば、次は相手の心配だった。ピッチは「あとは私の仕事かな」と鉄のメガホンで肩を叩きながら、エラとマティアス以外の全員に部屋を出るよう促した。
ピッチはエラの真正面に椅子を移動し、「さて」と呟いて腰を下ろす。
「皆を退室させた理由は、深く考えなくていい。大人数の前じゃ言いづらいかなと思ってさ」
そして、回りくどいのは嫌いだと言わんばかりにあっさりと本題に入った。
「相手は死んだかな?」
リラックスするように組んだ足は、彼女の身長では床に届かない。膝に肘を立て、「どうかな? ん?」と真ん丸な目がエラを覗き込んだ。
「正直に言ってくれ。火消しのために、火の勢いを知らないといけないんだ」
マティアスも同調するように頷き、「我々は慣れていますから」とペンを動かしながら言う。
言いようのない不快感に、エラは少しだけ顔をしかめた。
ワケの分からない三人組も、泣かせてしまったギルドメンバーも今はどうでもいい。
憲兵が出てきて何をする? 何を聞かれる?
それを気にしたら逆に怪しまれるか?
やはり、すぐにこの街を出るべきだった。
疑われた経験といえば、”王宮の杖が一本見当たらない”と王国軍の兵装士長に詰め寄られたことがあるくらいだ。騎士の男が「盗むならもっと良い杖を選ぶだろ」などと下手なフォローをしたせいで話がややこしくなったのを、今でも少し根に持っているが、偉大な魔導士の娘というだけで大抵のことは乗り切れた。
「死んだかどうか、分かりません」
エラの回答に、ピッチは「正直でいいね!」と無邪気に笑った。
夕方、客との面会から戻ったドラウトは、経緯を聞いて真っ先に「おい、先取教えたよな?」と目を細めた。「すみません」と萎れるエラを前に、こいつもこんな顔ができるのかと思いながらため息を吐く。
「副長補佐、港湾連合の所長がお越しです」
掛けられた声に「すぐ行く」と返し、「話を聞いてやりたいが、今日は時間が取れそうにない」と失意の新人を見上げる。
「お前はひたすら大人しく、心から申し訳なさそうに、反省したフリをしてろ。そしたら周りが勝手に助けてくれっから」
これは先輩からのアドバイスだと言い残して、頼れる背中は遠のいた。
アンプリファイドではその日のうちに調査部隊が結成された。
「相手が現場で野垂れ死んでる可能性があるのよ」
ピッチは腰に手を当て、作戦課のサディーレイに出撃メンバーの調整を指示した。
エラの打撃が致命傷でなくとも、洞窟内に置き去りでは、魔物に襲われる、あるいは凍え死ぬといった別の脅威に晒されることになる。どちらが被害者か確定しない以上、救護義務は遂行されなければならなかった。
ラビアは洞窟付近の地理に詳しいと言い、ペイルブルーも、憲兵が現場検証に出ていれば自分が間を取り持てると立ち上がる。相手からの報復もあり得るとして、傭兵ギルド経験のあるエルバも呼び出され、ピッチをリーダーとした四名はクラムの洞窟へ急行した。
「は~、寒い寒い」
今日も一人、クエストから戻ったイニェンは異様な雰囲気を感じ取った。「俺がクエストを渡したからだ……ジャスミンちゃんに申し訳ねぇ……」とうなだれるロブが視界に入り、ロビーの隅ではすすり泣くジャスミンを数人が取り囲み、ブランケットをかけた肩をさすって慰めている。
イニェンは立ち話をするエラに気づき、「よ、お疲れ様」と手を上げた。
「急に寒くなったわよねえ。今日はどんなクエストに行ってきたの?」
「ん……」
イニェンは鑑定所に素材を渡しながら、「何なのよ」と眉をひそめる。
「オズワート、ちょっと来てくれる? マティアスが伝え忘れたことがあるって」
「はい」
友人はそのまま行ってしまう。
総務課がエラに何の用だろう。いぶかしむイニェンは、渋々ロブに声を掛けて一部始終を知ったのだった。
「討伐被り!? 大丈夫だったの?」
「オズワートとジャスミンちゃんは見ての通り無傷だ。エルバたちが相手の救出に行ってるらしい」
「救出?」
「エラが全員やっつけて、そんまま放置だと」
イニェンは「マジで」と小さくうなり、すれ違った時の彼女の顔を思い出す。
いつも通り無表情だと周りは言うだろうが──イニェンには分かった。
あれはニューセイブで出会ったエラと、一緒にギルドまで帰った時のこと。彼女を三回馬から落としたが、一回目は「ちょっとびっくりした」、二回目は「大丈夫」、そして三回目は「そろそろ慣れてきた」という一言と共にあの表情になったのだ。
つまり、かなり嫌がっている。
「エラだって怖い思いしたんでしょ? 私より年下なのよ? ジャスミンを守って素材も回収して戻ったのに、先取ひとつ付け忘れたからって、休む間もなくあちこち引っ張り回してさ……」
イニェンは次第に語気を強め、指は苛立ちで小刻みに机を叩く。
傷心のジャスミンは手厚く介抱され、事情聴取に追われるのは戦いで疲れているはずのエラだ。
「何でだろうな。背が高いし、顔もキリっとしてるし、乙級クエストをクリアしたからか?」
「それは体の話であってさ……」
「心は別だな。イニェンの言う通りだ」
強く見えるから、頼れそうだから、泣かなそうだから。そんな理由で、痛みを後回しにされていいはずがない。ロブは深く息を吸い、「……俺もジャスミンちゃんの心配ばかりだった。エラだって十七の女の子なんだよな」と吐き出した。




