非能者の支配を生き抜いてー④
馬は九頭、兵士は八名失った。
生き残ったのは一人の騎士のみ。持ち帰ったのはリントブルム家の首ではなく、元気な平民の娘である。王国軍将校グリーセンはあまりのくだらなさに紙束を放り投げ、堪えきれず大声を上げた。側近は「困ったものですな……」と腰をかがめ、散らばった書類を拾い集める。
騎士の存在は、王国軍にとって常に頭痛の種だった。
騎士は王族個人が所有する『兵器』のような存在。
畑や家畜と同様の資産である。
公人でも軍人でもない。ただ王宮を出入りする以上何かしら役職が必要で、それらしく『騎士』と呼ばれているだけだ。生まれつき魔力が強いというだけで、王族に仕える特権を許された者たち。そもそもリントブルム家の兄妹を追う作戦自体、ウィンチェスは正式な手続きを踏んでおらず、この度の損失は『兵が勝手に外を出歩いて死んだ』と処理するほかなかった。
兵は怪我をすれば動けないし、弾は撃てばなくなる。
そんな常識の通用しない魔導士に兵士や武器を与えたところで、こうして玩具のように使い捨てられるのが関の山だった。
すっかり役目を終えた気でいるウィンチェスは、今頃広々とした私室で暖炉にあたり、温かなワインを気ままに煽っているに違いない。グリーセンは、近年めっきり増えた白髪を掻きむしって机を叩いた。
その頃当の本人は、上司の用意したワインに「ちょっと薄いですね」と文句をつけながら、私室の暖炉の前で足を伸ばしていた。
主が寝静まった後。騎士たちが唯一自由を許される時間である。
上司のエンフィールは、家族からの手紙を読みながら「生誕祭の日は帰りたいな」と呟いた。
「ライブリーの下の娘と同い年でさ。二人ともワイトマリシア魔法学校に通わせることになるだろうが、うちの息子は入学試験すら危ういよ」
二人の静かな笑い声が、燭台の炎を揺らす。
「お前、最後に帰ったのいつだっけ」
「……去年の生誕祭ですかね?」
ウィンチェスは適当に答えた。妻が心配だろうと気を遣う上司に対し、「別にあの人は一人でも大丈夫です」と大して気に病む様子は見せない。
「それで。リントブルム家の兄妹はどうだった」
エンフィールは手紙をたたんで顔を上げた。
グラスの赤を見つめたまま、ウィンチェスは気だるげないつもの調子で語り始めた。
妹のメイザは見つからず、レガノア村の出口で待ち伏せしていた兄のアントニーに奇襲を受けた。森をさまよい山を登り、時間を掛けて追い詰めたところで彼の魔法陣が発動。防御を整えていたウィンチェスたちを凌駕する魔力が、氷の刃となって襲い掛かった。
部隊は恐らくここで全滅。自分だけがなぜか近くの村まで運ばれ、その後は王子リーダスへの報告通りだ。
「命乞いでもしたのか」
「馬鹿な……会話すらしてません」
エンフィールはふと「お前いくつだっけ」と切り出す。
「二十七です」
「じゃあ、アントニーと同い年じゃないか?」
ウィンチェスは小さく笑い、「というかクラスメイトでした」と気まずそうに返す。驚きよりも面白さが上回ったエンフィールは、「感動の再会じゃないか」と吹き出した。
アントニーのことはよく知っている。彼は昔、父のギルバートに連れられ王室を訪れたこともある。何と言っても火焔のリントブルムの息子だ、王室も何度か彼と接触し、父と同じく騎士になることを強く望んでいた。
しかしまさか、部下の元同級生だったとは。
「だったら助けた行動にも合点がいく」
「そうですかね?」
「それを早く言えよ」
「どうせからかわれるでしょう……」
ウィンチェスは肩を煩わしげに掻いた。
セーライズの治癒は見事だったが、酒を飲んだせいだろうか無性に痒くなった。アントニーとの戦いで莫大な魔力を消費し、自己治癒力も当てにできない。厄介な傷を負ってしまったと、恨めしげに痣を見つめた。
傷を見たエンフィールは、セーライズにしちゃ綺麗だと小さく呟く。
「銃とは、非能者が使える最も魔法に近い力だ。いずれ銃も進化するか、さらに強力な兵器が生み出されるか。非能者も魔導士と同等に戦える時代が来るのかもな」
「……あり得ませんよ」
ウィンチェスは一笑する。
「長い棒で鉄の粉を詰めて、石ころみたいな弾を入れて、撃ち終わったらまた詰め直し。そんな玩具が魔導士に追いつく前に、この星が先に終わります」
喋りで気を紛らわすが、痒みはなかなか収まらない。皮膚の下をミミズが這い回るような不快感に顔をしかめる。治癒の魔法が肉体と完全に適合しない時、見た目は元通りでも痒みやひりつきが残ることがまれにあった。
「ラプトルに診てもらうか」
エンフィールの口から出たのは、本来ならもう処刑されているはずの男の名前。
眉根を寄せたウィンチェスに、上司は「ああ、処刑は中止されたぞ」とあっけらかんと言う。第三王女ローゼスの騎士長ライブリーが、得意のお喋りで国王女王の機嫌を取った。身柄はローゼスに引き渡され、王女が統治するアングレアという都市に住まいを移したばかりである。
「魔力は抜いたが、それくらいの傷を治す力はもう戻ってるだろ。行ってくるか?」
ウィンチェスは冷や汗を浮かべ「いえ、我慢します……」と眼鏡を上げた。
光の魔導士の騒動で、騎士が地道に積み上げてきた王族からの信頼は地に落ちた。加えてラプトルの処刑は中止、光の魔導士の家族も捕らえられず。王子リーダスは、蛆の湧いた肉を目の前に突き付けられたような最悪の気分を味わっていることだろう。
ここで数日休みを貰い、「ラプトルに会うためアングレアへ行ってきます」などと言おうものなら、次は頭めがけて鉛玉が飛んでくるに違いない。




