私はこの世界の全てを知っている
あ、ゴメン。嘘ついた。
流石に全ては知らない。
ふんわりとした流れしか知らんしね。このゲームやってたの私じゃなくて友人だし。私、話聞いてただけでやってはいないのよ。好きなのRPG系だから。
このゲームのタイトルも知らないわ、そういえば。
確か『乙女ゲー育成ゲーム』って言ってた気がする。主人公が美男美女と共に世界を救う話だった筈。
……聡い皆さんはもうお気づきだろう。
私、転生したらしい。ゲームの世界に。しかも主人公。
前世、平凡だがそれなりに充実した人生を送り、事故でもなく病気でもなく、老衰で別れを告げた筈なんよ。未練とかないんよ。なのに何故だろう。誰かと間違えてない?
それに、記憶が戻った時よ。
普通はさ、高熱出したとか、九死に一生を得たとか、頭打ったとか、猫が鳩尾入ったとか、そういう切っ掛けがあると思うのよ。
無かったね。
家族団らん楽しい夕餉時に、いきなりガッ!て入ってきたのよ。
いや、タイミングよ。
何してくれてんの?美味しい母のご飯吐いちゃったじゃない。母動揺して泣いちゃったのよ?これに関しては私は許さない。神様とやらに会う機会があったら鼻フックを決めるつもりだ。
さて…それで自分の置かれた状況を把握した私。でもやってもいないゲームの世界でどう立ち回れというのか。主人公らしく冒険に出て、世界を救う?いや無理よ。私、前世は平凡一般人よ?
でもこの世界、容赦なかった。私の属性、『光』らしい。
いやホント、容赦なく主人公らしくさせてきやがる。
因みに、私には双子の兄がいるのだが、兄も同じだった。二人も光魔法を扱える者がでるのは珍しいと大騒ぎになっていたっけね。
更に因みになのだが、主人公に兄がいたなんて話はなかった。私の兄、もしやイレギュラー?と考えていたが何の事はない。あのゲーム、確か性別が選べるようになってた。
シナリオはそのままだから男主人公にしたらめっちゃBL。……と、笑いながら友人は言っていた。なんでも来いな懐の広い友人だったよ。
そんな私も特に偏見は無い。兄が幸せになるのならば、例えマッスルなパートナーを連れてきても全力で祝福する。幸いこの世界は同性婚オッケーだ。
話が逸れたな。
私の属性、兄の属性。これを考えると兄妹で主人公でいいだろう。
で、この先なにが起こるか。私は記憶を振り絞った。その結果、
何もしない。
これで行くと決めた。
主人公だが主人公をしないのだ。
もし、これからなにかしらのイベントが起こるとしよう。主人公成長のイベント。
それだけの為に何処かの誰か、或いは親兄弟が犠牲になるくらいなら何も起こらない方が何倍もいい。私は平和が一番いいと思う。
だがそう決めたからといって、本当に何もしないのはただの愚か者だ。
私自身やる気がなくても、イベントは起こるかもしれない。なので鍛錬は怠らない。できるだけ鍛えておいて、自分と家族を守れるようにしなくては。
けれど意外だったのは、兄も賛成して共に鍛錬してくれたことだ。兄はどうやら、領主の息子さんを尊敬しているらしい。どこで会った?と記憶を振り絞っていると、私が色々思い出す一年前の事だった。
兄は語る。
一年前、魔物が異常発生した。近隣の村々が襲われ、周囲は大混乱。
とにかく避難しようと父が武器を持って先頭に立ち、母が兄と私を抱える。しかし兄は負担を考え、自分は走ることを選んだ。幼くとも、母と妹を守らなくてはという気持ちがあったのかもしれない。
が、魔物は多く、遂には囲まれてしまった。泣く私を庇う兄に、牙が迫る…!
その時、
『ふぅぅぅせぇぇぇぇろおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
馬鹿でかい声。
伏せろ、だ。と理解した兄は父と共に身を伏せた。その瞬間、周りの魔物が全て炎に飲み込まれた。
そして現れたは、年が余り変わらないであろう少年。少年は大量の魔物にも怯まず、剣を振るい倒していった。あっという間に鎮静化させた少年は私たち家族を保護。追いついてきた兵士に託し、また飛び出して行ったという。その少年の後を、もう一人の身形のいい少年が泣きながら追いかけていったそうな。もう一人、実はいたらしい。兄も最初は気付かなかったらしいが、思い返せば炎以外にも雷鳴も聞いた気がする…と。
少年の正体は避難所の大人達の話で分かった。領主の息子さんだ、と。
彼は体を張り、それこそ命懸けで領民を助けていたのだ。
因みに私は泣き疲れて爆睡してたから覚えてないのだろう、とのこと。
…私、記憶ないのを差し引いても役立たずだな。しかも最後爆睡て。まぁそれはどうでもいいとして。
領主の息子さんと身形のいい少年。炎と雷鳴。
私知ってるわ、その二人。勿論ゲームのキャラとして。多分、後の魔王と第三王子だ。
友人の話によると、魔物の異常発生により一つの領地が壊滅状態に。領主一家は、息子さんを残して全員亡くなる。領民も大半が犠牲になり、領地は後に隣接していた二つの領に吸収された…。
けどその異常発生は人為的なもの。領地を奪う為、そして第三王子を亡き者にする為に仕掛けられたものだった。本人に継ぐ気はなくとも、懸念は早目に消すに限るという理由で。混乱のいざこざでやる筈が、王子は生き残る。息子さんに助けられたんだよな。
けど、後に真相を知った息子さんは復讐の為魔族に魂を売り渡し……。
………、
……、…………。
シナリオ、変わってんな。
異常発生はあったものの、息子さんと第三王子の活躍で鎮静化されている。
領地壊滅してないし、領主一家は存命だ。これは叩き潰されたと思っていいのだろうか。
つまりこれは、私以外にも転生者がいる。全てを知るその人物が改変させた……のか?
まぁいい。今平和。それがわかっていれば、とりあえず。
一年前は役立たずだったが、今の私には記憶がある。これを活かさずしてどうする。
己を鍛え、シナリオを破り捨て、私と家族の平和を掴み取るのだ。主人公などやるものか。
兄よ、私は元気よ。熱などないわ。