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ビルテート。

これで完結する予定だったので色々書いていたら一番長い話になってしまいました。

ビルテートも愚かでした。

没落寸前の子爵家に生まれた一人っ子で騎士にもなれない男。それが俺、ビルテート。騎士になりたくて勉強より剣の稽古を行っていたら騎士になるための入団試験の筆記で落ちた。仕方なく剣さえ振るう事が出来れば誰でもなれる兵士になった。戦争になれば真っ先に戦の最前線へ送られるが今のところ我が国では戦争が無い。だから兵士は騎士に命令されながら今日も国の治安維持のために働いている。


俺の家の隣には没落した男爵家がある。両親と娘のミリアだけの家。家を維持する費用すら無いし使用人も雇えないから様々なことを自分でやるしかない。そんなミリア……ミリィは俺の5歳年下で俺とミリィは兄妹のように生きてきた。俺の家は没落寸前ではあるものの執事と家政婦の夫婦を雇う金くらいはあるし、俺が兵士としてそれなりに稼いでいる。父は子爵ということが唯一の自慢ってくらいどうしようもない人で母は父の言う事を聞く以外何も出来ない。だが我が家に金があまり無い事は分かっているのか借金が無いのは正直助かった。で。俺は借金がない事に安堵してそれ以外は望んでないのに父は子爵家の跡取りである俺の縁談をまとめて子爵家の存続を願っているらしい。勘弁して欲しい。


ミリィの父親みたいにミリィを嫁に出したら後は屋敷を手放して男爵という爵位も返上して妻と2人で平民になるという考えの方が共感する。ミリィの父はミリィの母親である妻のことをとても愛している。ミリィの母はちょっと病弱でその病気を治す薬代が高いので何年もかけて買っていたから没落してしまった。

それでとうとうミリィは自分を身売りして薬代を稼ごうとしたらしい。兵士の仕事を終えたら見た事の無い男が男爵家の前でミリィと共にいたので俺が慌てて不審者か! とミリィから庇おうとして事情を聞いた。男は商人だということでミリィの身売りしてまで母親のために薬代を稼ごうとする気持ちに胸を打たれて婚約する事と引き換えに薬代を渡しにきたらしい。それもある意味身売りだが、まぁミリィが商人の妻になる方がまだマシか、とも思った。


男はギレンと名乗った。男爵であるミリィの父親には貴族との繋がりが欲しいからと言って婚約を承知させたらしい。ミリィは俺にも母親の薬代を貸して欲しい、と何度か頼まれて金を渡していた。だが返せないのに借り続けるのも済まなくなって身売りを決意した、と聞いて偶然ギレンと出会った事を神に感謝した。妹同然のミリィが身売りしたなんて聞いたらさすがに俺もなんてバカな真似を! と思っただろうから。止められなかった自分を悔やんだに違いない。だからミリィとギレンの婚約にホッとした。心から良かったと思えた。それから1年半の間に片手で数える程度にギレンと顔を合わせる事はあった。ミリィと仲が良さそうだと思って安心した。そんな中で俺に縁談が持ち上がった。相手は最近勢いが出てきた商会の令嬢とかでどうやら父とそこの会長が顔見知りなことから強引にねじ込んだらしい。捻じ込まれた方に同情するが金がある家の娘が没落寸前の子爵家の俺と結婚なんてするわけがない。きっと金持ちの令嬢らしく我儘で金が無い事をバカにされて破談になるに決まっている。それはなんだか釈然としないな……と思った俺は見合い当日にミリィに同席するように頼んだ。

きっと我儘令嬢は甘やかされてチヤホヤされて来ただろうから見合い相手の隣に女性がいる事にプライドが傷つくだろう。怒ってミリィを傷つけるようなことでも言えばこっちから破談に出来る。向こうから破談なんかされてたまるか。


……今思えば俺のこの考えの方がよっぽど相手を傷つける傲慢なものだった。


そうしてやって来た彼女……ラシアータは金持ちの商人の娘だけあって着ている物も装飾品も俺より質が良さそうだった。だが俺が考えていたような我儘令嬢じゃなかった。金が無い男をバカにする事も無い。ミリィが隣に居る事はさすがに不快だったのか眉間に皺を寄せたが。妹同然だから仲良くするように言えば「愛人ではないのですか?」と言うからさすがにカッとなった。


「バカなことを! ミリィは妹同然だと言っただろう! 愛人なんて失礼なことを言うな! ミリィごめんな。失礼なことを聞かされて傷ついただろう」


ラシアータは傷ついた顔を見せたが俺はフリだろう、と決め付けて何も彼女にフォローしなかった。その後は気まずくなったのか勝手に帰って行った。だが向こうから破談にして欲しいとはいわれなかった。向こうから言われたら「ふざけるな!」と言ってやろうと思ったのだが言わないならまぁ構わないか。早く我儘令嬢である事を見せて俺から破談を突きつけさせて欲しいと思ったが俺の都合も向こうの都合もつかずに中々会う機会が無い。その後会ったのは顔合わせを含め3回。全てにミリィを同席させていた。ただご機嫌取りなのか手紙が来ていたが目を通す必要も感じなかったし返信もしなかった。


この婚約期間にミリィの母親が亡くなった。ミリィの婚約者が忙しい仕事の合間にやって来たがミリィを支えるまではいかなかった。結局俺がミリィを支えた。あの男は仕事ばかりでミリィの事を大切にする気がないのか! そう思ってた俺は後から知るのだ。ミリィの母の葬儀費用は全てミリィの婚約者が出していた事を。

独立したてで忙しくてなかなかミリィに会いに来られないから手紙でやりとりをしていたがそれもあまり出来ない程忙しいのだという事を。ミリィもあまり婚約者に負担をかけたくなくて母の容体など話していなかったらしい事を。俺は何も知らないくせにギレンとかいう男の情の無さが気に食わなかった。商人とは金稼ぎの事しか考えてないのかもしれない、と思う。そういう偏った思考が更にラシアータに対して歪んだ見方をしていた。


その後たった3回では本性が出なかったから結婚までに至ってしまった。結婚と同時に一応爵位は継いだ。全然そんな自覚が無いけれど。でも子爵当主だ。しっかりしなくては。こんな女に“妻”の役割は期待しないけどな。金だけ出せばいいんだ。金だけ。

正直初夜や閨事を考えると億劫だった。顔はまぁ良い方だとは思うが所詮化粧で誤魔化しているだろうし体型は良く言ってスレンダーというやつだ。全く凹凸が無い。あんな身体で抱く気になれない。まだミリィの方が凹凸があって抱き心地は良さそうだ。そういう対象ではないし高級娼館じゃなければ一晩の夢くらい見られる金は払えるから娼婦に頼めば良かった。


しかし結婚してしまったものは仕方ない。どうするか、と考えていたらミリィがなんだか体調が悪いと言い出した。これ幸いと心配しながら主寝室に運んだ。さすがにミリィも主寝室は驚いたようだが何も言わなかった。俺がラシアータを抱きたいと思っていない事に気付いたのかもしれない。とにかく今夜はこれで安心だ。あとはミリィが帰ると言わなければいい。ミリィに手を出す気はないがあの女が誤解すれば良いとは思う。

案の定誤解した顔をしていたが俺はラシアータと話す気はないし説明する気も無かった。その翌日も朝からミリィはやって来た。朝食を一緒に摂りたいと言うラシアータの事をやんわりと遠ざけてミリィと共に朝食を摂る。その後ずっとミリィは俺から離れないで俺も何も言わなかった。それどころか夜になると何故か体調を崩すミリィをまた主寝室に運んだ。これを2日繰り返した時点でミリィがラシアータに嫉妬している事に俺も気付いたが何も言わなかった。寧ろミリィに便乗していた。だが執事と家政婦の夫婦から何度も咎められたから鬱陶しかった。改める気なんてまるで無かった。


そんなわけで新婚休暇は全てそんな感じで終わらせて休暇明けには仕事に出た。ちなみに新婚旅行費用と渡された金で両親に旅行をプレゼントした。親孝行していなかったし。さすが商会の令嬢だけあって金は持っているから結婚した以上、ラシアータの金は俺の金だという他人から考えれば傲慢な考えの元で俺は新婚旅行費用を丸々両親に渡した。両親は良く出来た嫁だとラシアータを褒めていたが複雑そうな表情を見てこっそりと嘲笑ってやった。そんな俺の傲慢さを理解させたのは仕事仲間の兵士達だった。


「お前、良いよなぁ。あのラシアータちゃんを嫁にもらったなんて」


「えっ、あ、まぁ」


一応結婚式には同僚を招んでいた事を忘れていたから急にそんな風に言われて焦った。その男の声に触発されたのか他の同僚もウンウンと頷く。


「解る解る。ラシアータちゃん、良い子だもんなぁ」


「そうそう。普通ああいう商会の令嬢って我儘な感じがするけど商会に雇われている人達はそんな我儘なんて見た事無いらしいよな」


「それどころか率先して商会の荷物運びをあの細腕でやるらしいぞ」


「マジで? あんなに華奢なのに?」


「皆が頑張っているのに自分だけ何もしないのはおかしいって親に言ったらしい」


「へぇ。そういう事ってなかなか言えないよな。なぁラシアータちゃんは結婚して子爵の妻になってどんな感じ? 妻の仕事とか始めてるのか?」


初めて聞いた噂話に俺は息を呑む。それから尋ねられた事に答えられずに俺は「まだ結婚したばかりだからな」とだけ。周りはまぁそうかぁ……という雰囲気だが俺は冷や汗が出ている。俺は勝手な思い込みで彼女の事を何も見ていなかった。全部俺の想像で彼女の事を決め付けていた。


「そういえば、いつだったか聞いた話だが。なんでも商会に雇われている人の子どもが熱を出したらしくてさ仕事を休みたいって話になって。ラシアータちゃんがそれを聞いて直ぐに医者の手配をしたらしいよ。初めての子どもで病気も初めてだったから父親であるその雇われている人も母親もどうしようって動揺していたのをラシアータちゃんが支えたらしい」


「優しいなぁ。ビルテート、お前本当に羨ましいぞ。そんな優しいラシアータちゃんを嫁にしたんだから」


「あ、ああ」


そんな話は知らない。ラシアータがそんな女なんて知らない。俺はなんてことをしたんだろう。帰ったら彼女と話し合って謝らないと。態度が悪かった事を謝ってきちんと向き合う事を約束しよう。

そう思っていたが帰ると必ずミリィが居た。俺自身が妹のように思っているから仲良くするように言っておいて今更ミリィを邪険に出来ない。ミリィとの話ばかりで時間が過ぎて肝心な彼女との会話などまるで出来ない。ミリィが帰るのを送って行くからあまり遅くなるのも悪くて先に寝ていて良いと言った。だがこんなに毎日続くとは思っていなかった。毎日ミリィが来るなんて……。

しかも朝食を一緒に摂る気がなかったから断った事が災いして俺とミリィが朝食を摂る事になってしまい、そのまま俺が仕事に行くまでミリィは居る。全く彼女と話し合う時間が出来ない。どうしてこんな事になっているのか。だがそれでもミリィを邪険に出来ないのはミリィが寂しがっている事を知っているからだ。

ミリィの父は最愛の妻を亡くした事からあまりミリィに見向きしなくなってしまった。ミリィと一緒に悲しみを乗り越えるのではなくなんとか1人で悲しみを乗り越えようとしているのだろう。だけどそれでミリィは1人で悲しむのだ。寂しがるのだ。ミリィの婚約者は2ヶ月近く前から仕事で国のあちこちに行っていて全くミリィと会えていないらしい。手紙のやりとりくらいじゃミリィは慰められない。そんな状況でミリィを突き放すことが出来なかった。

ミリィの父がミリィを見てくれれば。

或いは早くミリィの婚約者が帰ってくれば。

そう思いながらふとある日気づいた。いつからか食事が変わっていたことに。なんだか身体が軽くなるようなそんな夕食と朝食。不思議に思って家政婦のリタに尋ねた。


「食事を何か変えたのか?」


「若奥様が野菜多めのスープを作るようになったんですよ。パンも手作りしていらっしゃいます。若旦那様のためですよ。若旦那様、分かっていらっしゃいますか? こういう事をしてくれる若奥様を大切にしないとバチが当たりますよ!」


その話を聞いて益々俺は自分の想像で決め付けていた彼女に申し訳なく思った。だが遅く帰って来る俺は先に寝ていて構わないと言ってあったから彼女に料理が美味しい事も伝えられない。感謝の言葉一つ謝る言葉一つ何も伝えられない。自分の口から言わなければいけない、という考えに凝り固まっていて手紙でも良いから感謝をすれば良かった、と気づいたのはだいぶ後のこと。

結局のところすれ違いに加えてミリィが居る生活が続いた挙げ句1ヶ月後にラシアータは出て行ってしまった。その日の朝は初めてラシアータが見送りもしてくれなくて俺は胸が騒ついた。だが大丈夫だ、気のせいだ、と自分に言い聞かせて仕事をしていた。……そうして俺は彼女を失った。


「お帰りなさいビル!」


ミリィがやって来る直前に帰って来た俺はラシアータが出て行った事だけを聞かされた。どういう事か詳しく聞きたくてミリィを帰せばピエールとリタが物凄い剣幕で俺を責め始めた。


「若旦那様! 何度も伝えましたよね⁉︎ 若奥様の事をきちんと大切にして下さい、と! その度に鬱陶しそうな顔しかしなかった貴方が今更若奥様の事を気にかけるとは何事ですか!」


リタが泣きながら訴えればピエールが俺を冷たい目で見ながら手紙を差し出す。


「若奥様からです。内容は伺ってます。若奥様は若旦那様が好きだったけれどここまで見向きもされず話し合う事も無いなら出て行く、とのこと。私はお引き留めしませんでしたよ。若奥様から婚約時代に来ていた手紙の返事くらい出して下さいね、と申し上げた事すら無視されていたとは思いませんでした。若旦那様は私の事まで蔑ろにされていたわけですね。ちなみに若奥様はさっさと離婚して若旦那様はミリアさんと結婚すれば良いとまで仰ってましたよ。それはそうですよね。まさか結婚式当夜から主寝室にミリアお嬢様を引き込んでいらっしゃるなどとは思いも寄りませんでした。仮に若旦那様とミリアお嬢様の間に何も無かったとしても私達でさえ信じられない行動でございますからね。ミリアお嬢様を傷物にされた責任でも取られたらどうです?」


「なっ……。ピエール言い過ぎだ!」


「どこがでございますか」


俺は黙った。……そう俺の勝手な思い込みでラシアータを我儘令嬢だと決め付けて金だけ出せば良いと思ってミリィを巻き込んだ。だけどミリィもミリィなんだ。あんなに毎日ここに来なければ良かったのに。ミリィの所為でもあるんだ。

翌朝ミリィがいつものようにやってきて俺はつい「お前の所為だ!」とミリィに八つ当たりをしてしまった。ミリィの所為だけじゃない。俺がきちんとミリィを説得してラシアータにも説明しなくてはいけなかったのに、それをやらなかった自分からは目を背けてミリィだけの責任にしてしまった。俺はバカだ。どうしようもない男だ。それでも日は昇るし日常は変わらない。……帰ってからどうしようか考えなくてはならない。

ミリィに謝ってラシアータにも謝りに行ってラシアータとやり直す道を探したい。今度は彼女をきちんと見て彼女と話したい。そう思いながら帰宅すると直ぐにミリィと父親がやって来た。


「ビルテート。この度は娘が迷惑をかけた。……いや私が愚かだったのだ。済まない」


「ビル。ビルごめんね。私、私……」


意気消沈した男爵と泣くばかりのミリィ。2人の謝罪を聞くが俺自身も愚かだったのだから責められない。


「ミリィ。済まなかった。俺も愚かだった。ラシアータの事を何も知ろうとしないで、勝手な思い込みで彼女のことを決め付けて遠ざけようとしていた。それにミリィを利用するのが都合良かった。俺こそミリィに酷いことをしていたんだ。ミリィは嫉妬していたんだろう?」


「うん……。だってシータ。私からビルを奪って。そんでお肌綺麗な化粧品使ってるの分かるし。ドレスもワンピースも私より良いモノ着てるし。ネックレスもピアスも偽物じゃなくて本物の宝石を使ってて。商会の娘だからって貴族じゃないのにズルイって思って。私は……男爵家だけど貴族なのにっ……て思ったら悔しくて。意地悪しても許されると……思ったの。だけど今日ギレンが来て。ギレンはシータの幼馴染みなんだって。そのシータを傷付けたことが許せないって婚約破棄されたの……」


「ギレンが?」


知らなかった。ラシアータからは何も……いや、俺がラシアータの事に何も興味を持っていなかったから話もしなかったから知らなかったのだ。


「うん。私、ギレンの妻になろうと思ってた。商人の妻になるのに何が必要な事なのか分からないからギレンに聞こうと思って手紙も書いて。この国の各地の特産品とか買いに来る方達との付き合いとか沢山あるよって返事が来て。……私、それで初めて商人の妻って大変なんだって思った。ギレンは仕事が忙しくてなかなか会えなくて。月に1回会えるくらいだったの。だから色々な事を話し合うことが出来なくて。そういう不安もあって余計にシータに意地悪していたの」


「私がもっと早くにミリアと向き合っていればこんな事にはならなかった。まさか結婚前の娘が新婚夫婦の主寝室で泊まっているなんて思わなかったんだ。ミリアがビルテートの家に泊まると言ってもラシアータさんと仲良くなりたいからラシアータさんと寝たい、と言っていたことを信じてしまった。もちろん新婚なんだからやめなさい、とは言ったがビルテートもラシアータさんも了承しているというミリアの発言を鵜呑みにしていた私が愚かだったよ。妻を亡くしてショックだったから悲しみから逃れるようにミリアを放置してしまった私は悪いと思う。父親失格だろう。ミリアの寂しさに気づかなかった。もうミリアも大人だから分別がついているだろう、と思っていたから……。全て言い訳にしかならないが本当に愚かだったよ。だけどね。そんな愚かな私でもそれでもビルテートに尋ねたい。何故ミリアを主寝室などに連れ込んだ? ミリアに婚約者が居るのは分かっていたし君も妻を迎えたというのに。ミリアをどうするつもりだった? 君はどうしたかったんだ?」


俺はミリアの父の咎める目に何をどう言えばいいのか迷って結局本当のことを話した。


「勝手にラシアータは我儘で傲慢な令嬢だと思っていて。金持ち娘だから金の無い俺を蔑んでいる、と被害妄想に陥って。だから向こうから婚約破棄なんてさせないでこっちから婚約破棄を突き付けるつもりで粗探しをしていたんです。だけどたった半年で3回しか会わなかったから粗探しも何も無くて。仕方なく金だけの関係と割り切ろうと思って。だから初夜も過ごすつもりはなくて。だったらミリィが具合が悪いならちょうどいいって主寝室に運び込んで。もちろん何もなかったですよ。ただ何かあったと誤解して文句を言ってくれば良いって思ったんです。文句を言うならこっちから何もないのに何かあったように騒ぐ女なんて、と離婚を叩きつけられると思ったんですが。全然文句も言ってこないし」


「それはだってビルが私を愛人と勘違いしたシータを怒鳴ったからでしょう?」


俺の言い訳にミリィがそっとそんなことを言う。俺はハッとした。そうだ。顔合わせの時にミリィを愛人じゃないか? と疑ったラシアータを怒鳴った。そんな事をされれば文句なんか言えない。手紙にも怒鳴られたから何も言えなかったと書かれていたじゃないか。俺は……本当に自分のことばかりだ。結局は俺自身の愚かな言動がこういう事態を招いたのだ。自分に呆れてしまう。


「そう、だったな」


「ビルテートは彼女と離婚するためにミリアを利用したのか」


「それは否定しません。俺が愚かだから……こんな事になった。でも結婚休暇明けに仕事に行ってラシアータの評判を耳にして俺は彼女のことを何も知らずに決め付けていたことを知りました。だから謝って彼女と向き合おうとしていたけれど、なかなか話し合う機会が来ないまま彼女は出て行ってしまった」


「……そうか。ミリアを利用した事は許せないがミリアも本当にバカな事を仕出かしたと思うよ。だから君を責める事は出来ない。だがビルテートがラシアータさんに謝っても、ミリアがギレン君に謝っても元通りにはいかないと思う。その場合、君はラシアータさんと離婚が成立したらミリアを妻に迎えるか、醜聞を知っていても受け入れてくれる女性を妻にするかの2択しかない。だが醜聞を知っても君の妻になろうと考える女性は殆ど居ないと思う。君はどうする?」


「……ラシアータに謝っても彼女と離婚することになったら子爵位を返上してミリィを妻にします。ミリィもギレンとは結婚出来ないでしょう。その場合は一生独身か俺と結婚するくらいしか道は無いはず」


ミリィの父に決断を迫られて俺は決断した。けれど、まだラシアータに謝ってもいない。だからまだラシアータと今度こそ向き合う機会を捨てられない。それからミリィとも良く話し合ってラシアータの実家である商会を明日訪ねる事にした。そうして2人で彼女に謝ろう、と。

翌日2人でラシアータの実家である商会へ足を運んでみた。見えて来たところでギレンが見えた。その隣にはラシアータも居てなんだか話をしている雰囲気だ。声が聞こえる範囲で足を止めて何とはなしに話を聞いていた。


「ギレンも災難だったね」


「災難というか。勢いで婚約破棄を突き付けてしまったからなぁ。何ていうかシータに聞くまで想像力が無いとは思ってなかった。確かに母親のために身売りしようと思う程の家族思いなところに惹かれたけれど、男爵家とはいえ貴族だからそれなりに淑女教育も受けていると思っていたから貞操観念もしっかりしていると思っていたんだよな」


「貞操は守られていたんじゃないの? 何も無かったって言い張っていたもの」


「それを聞いて君は信じられるのか?」


「それが真実でも信じられないわよね。ホラ、前に私の友人が言っていたじゃない? 恋人と男友達は別だって。男友達とどれだけ仲良くても恋人にはならないって。そういう感覚だったのかもしれないわ。ビルテート様もミリアさんも。でもそんな事を言われても信じられなかった。私はね」


「まぁ同じ気持ちだけど」


「……まぁ私は高い授業料を払ったと思って忘れるわ。じゃあねギレン」


「またな」


手を振って別れる2人。ギレンがこちらへ歩き出して俺とミリィに気付いた。


「シータ!」


途端に振り返ってラシアータを呼ぶ。ラシアータが気付いて顔を顰めた。


「私、ビルテート様にもう会いたくないと手紙を書きましたよね? ミリアさんと再婚するのが一番良いと思う、とも書いたと思うのですが今更何の用ですか?」


そう言いながらも俺とミリィの前まで来たラシアータに俺は素直に謝る。


「今まで思い込みで君に酷い態度を取っていた。済まなかった」


「はぁ。今更仰られても。昨日のうちに私達の離婚は成立していますから。私も貴方の顔に惹かれて恋をした愚か者ですし、お互いさまってことで良いと思うんですよね。お2人の関係がただの幼馴染みだろうとなんだろうともうどうでもいいです。慰謝料を請求したいのは山々ですが恋は盲目ということも理解しました。私の初恋だったので余計に盲目だったのでしょうが。子爵家に使用した金額は高い授業料だったと思って忘れる事にします。さようなら」


全く俺の話を聞く気もないのか、と怒りたくなったが俺自身が彼女の話を聞く事をしてこなかったのだから自業自得なのかもしれない。これ以上何も言えずに俺は引き下がるしかなかった。


「あのギレン……」


ミリィが呼びかけるとギレンは溜め息をついて口を開いた。


「本当に君のことが好きだったよ。だから君が母親を亡くした時に側に居たかった。でも独立したての身で私的な事を優先していられなかったんだ。それは済まなかったと思う。寂しいって手紙を読んで駆け付けたかった。でもどうしてもそれは出来なかった。君と結婚するために大切な仕事だった。だから幼馴染みのシータの結婚式よりも仕事を優先した。尤もシータの結婚相手がビルテートさんだと知らなかったけれどね」


「私も知らなかったわよ。ギレンの婚約者がミリアさんだなんて。ようやく仕事が終わって私の父に仕事が終わった報告に来ていたギレンにたまたま会って今回の騒動の話をしてようやくギレンの婚約者がミリアさんだったと知ったくらいだし」


ギレンの説明をラシアータが補足する。ミリィはその話を聞いて俯いた。


「ギレンは私に会うよりも先にシータに会ったから私よりシータが大切なんだって思ってた」


「仕事上、どうしてもシータの実家とは切っても切れないから報告だけしたら直ぐに会いに行ってプロポーズをするつもりだったんだよ」


「全然説明してくれなかったじゃない!」


「あのさ。ミリアは何を聞いていたの? ちゃんとシータの旧姓を知っていれば商会の名前がシータの旧姓なんだから分かったはずだよ? シータの実家が商会だって知ってたわけでしょ。それともそういうことを知らなかったのかい?」


「気づかなかったわ……」


「君は商人の妻って何が必要か手紙で尋ねたね? その時答えたはずだ。情報は常に新しく知っておくことだって。君は情報を集めていなかったの?」


多分、噂話を集めるとかそういう事が出来ていなかったのだろう。お金をかけなくても噂話を集めるくらいなら何とかなったはずだ。


「シータに意地悪するよりも先に出来る事があったよね。そういうことを知りたいって言うから精一杯手紙を書いたのに。何にも役に立たなかったみたいだね。こちらから契約を持ちかけてこちらが話し合いも持たずに一方的に婚約を破棄した場合はこちらの有責で違約金を支払うと契約書に書いた通り、違約金はきちんと支払うから。君との縁はこれっきりだ」


「ギレンは……シータと結婚するの?」


「どうだろう。元々シータとは同い年の幼馴染みで互いに恋愛感情なんか無いからね。ただお互いに年の近い異性と知り合う機会が少なかったんだ。皆年上ばかりで。だから2人とも恋をした事もなかった。それで成人した時に25歳になってもお互いに相手が居なかったら結婚してみる? という話はしたけど、お互いそれまでに相手を見つけるつもりだったし。今回はお互いに恋が叶わなかったけど恋を知った事は確かだし。また別の相手を探すかもしれない。25歳までに見つからなかったら結婚もあるかもね。そんな感じ。だよね、シータ」


「そうね。ギレンとは幼馴染み以上の感情は無いもの。だからといって貴方達みたいに幼馴染み以上の感情が無いから同じ部屋で、しかも主寝室で共に眠るなんて出来ないけれどね。おかしいもの、そんなの」


それは今なら俺もそう思う。あまりにも俺の考えが視野が狭過ぎてとにかくラシアータと閨を共にしたくなくて浅はかで愚かな行動だった。ミリィもいくら寂しかったとはいえ、愚かしい行動だったともう分かっている。


「本当だね。ミリアの貞操観念に疑問が生じる。まぁ君たちが結婚しようがもうこちらは関係ない。ミリア、さようなら」


……俺もミリィも結局のところ自己満足の謝罪しか出来なくて。それをギレンもラシアータも受け入れることは当然無くて。俺達はこれで終わってしまった。

結局俺はその後両親と話し合って爵位を返上して平民になった。ミリィの父親も男爵位を返上して平民になった。俺の両親も平民であることを受け入れた。自分達も俺の子育てを間違えたのだ、と思ったそうだ。俺はミリィと再婚して、ここには居られないから別の土地で皆で暮らすことにした。


ラシアータとギレンについては分からない。噂を積極的に聞こうとは思わなかった。

以上で完結です。

ラシアータとギレンのその後はどうなのかは不明です……。

よく女友達と恋人は違うから何ともないよって聞くけど、本当に何ともないものなのか?という疑問から着想した話でした。

お読み頂きありがとうございました。

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