第五十一話:交渉成立
アミュレが指摘したのは、当然の疑問だった。
絶影はゴブリン達の中で最高の戦力ではあるだろうが、あくまで兵士階級だ。
西田とシズも同じだ。戦力としては最高峰でも、戦争の在り方をどういう言える立場にはない。ならば――どうやって協定を結んで、戦争を終わらせるつもりなのか。
「……今更ただ降伏したって、協会も研究院も、ゴブリンと和睦なんて考えもしないだろう」
それでは結局、死者の数は変わらない――少なくとも、ゴブリン達の死者は。
絶影は馬鹿ではない。何か考えがあるはずだった。
「ええ。ですが、あなた方の世界には、『軍神審判』なるものが存在するのでしょう?」
「軍神審判って……あの、ギルドで最初に受けた、アレですか?」
「……アレのはずだぜ」
西田とシズが小声で会話する。
軍神審判――その単語の意味は分かる。
だが、実際にそれを使ってどうするつもりなのかが、どちらも分からない。
「……まさか」
しかしアミュレは違った。何かを察したようだった。
「軍神審判を使って、戦争の調停をさせる気? そんな事……」
「出来る出来ないではありません。やるのです。既に、審判を乞う為の祭具も用意してあります」
ゴブリンどもは時に人を攫う。人間の知恵や道具、技術を奪う為だ。絶影は国一番の戦士――その中から神官を一人匿い、祭具の製造を命じるくらい、容易い事だ。
「……確かに軍神の調停が入ってしまえば、例え冒険者協会だろうと、もう勝手に戦争を再開したりは出来ないだろうけど」
この世界の神は――なんと言っても、神なのだ。
ただの人心を安定させる為に設けられた、宗教を成立させる為の概念ではない。
確かな力を持つ上位の存在――例え国家であろうと、その決定を覆そうとすれば神の怒りを買う事になる。
「そうは言うけどよぉ、軍神様が俺達をまともに相手してくれんのか? ただの一ゴブリンと、冒険者二人に、学生一人だろ?」
「今のままでは、そうですね。ですから、あなた方に一つ、手伝って頂きたい事があります」
「なんだよ。一緒になって軍神様の祭壇を立てて、崇め奉ろうってか?」
「いえ。暗殺をお願い申し上げたいと、思っております」
西田の表情が、不意に強張った。
「……暗殺だと?」
「はい。我らゴブリンの王……暴王。この戦争による最後の死者は、彼であるべきだ」
「自分達の王様を、殺すんですか?」
シズの問い――信じられないといった声色。
「為政をしくじった王は殺される。何も珍しい事ではないでしょう――この戦争は、我々に死しかもたらさなかった」
「……だけど王を殺して、それからどうするんだよ」
「どうする必要もありません」
「なんだと?」
「優れた戦士と、我らが王の死闘。それ自体が、軍神審判の対価……供物となる。既に一度軍神を喚び降ろして、そのように確約を得ています」
「……軍神マルスは、兵士と戦争の神。優れた戦士の戦いは、何よりの供物だとは聞くけど……よく、そんなやり方が認められたね」
「要するに、この戦争は既に神々の娯楽にもならない。そういう事なのでしょう」
大量の命を消費して、なんとか前線を維持するばかりの日々。敵の戦力は日に日に増大する。ゴブリン達とて練兵を行ってはいるが、一から育てるのと、他所から腕利きを引っ張ってくるのでは、よほどの事がなければ戦力差は開く一方だ。
つまり――ゴブリン達は時間をかけてゆっくりと、死んでいく。
それは軍神にとっても、大して面白みのない光景なのだろう。
「……オーケー、大体の事は分かった。だが、まだ分からない事がある。俺達がお前らの王様を殺した後、その背中を刺されないって保証は、どこにあるんだ?」
「それなら、心配いりませんよ。彼女は、とても優れた魔術師だ。誓約の呪いくらい扱えるでしょう」
絶影がアミュレを視線で示す。
「……そうだね。あんたらが嘘をついたら、血の泡を吹いて死ぬような呪いだって使える」
「じゃあ……もう一つ。なんでお前が王様を暗殺しない? 優れた戦士って言うなら、お前もそうだろうがよ」
「光栄です。が、簡単な事ですよ――暴王は、そしてその妃である慈母も、恐ろしく強い。そして、彼らは常に互いの傍を離れようとしない。ですから……私一人では、手に余る」
それは西田にとって予想外の返答だった。
この絶影が、昨日の戦いで恐ろしいほど豊富な手管を見せた猟兵が単独では、初手でどちらか一方を暗殺する事すら出来ない。
ゴブリンの王がそれほどの実力者だとは思いも寄らなかった。
「なるほど……どうだ、アミュレ。俺は、悪くない話だと思うけどよ」
悪くない。それに面白そうだ――後者の感想は言わずにおいた。
この場においては不適切な発言、発想だと、自覚はあった。
「でも……他の冒険者とか、魔術師達には恨まれるかもな」
この戦場で親しい者を殺されたのは、何もアミュレだけではない。
ゴブリンどもを皆殺しにしたい――そう思っている者が、他にいるかもしれない。
「……かと言って、ここでこいつらと心中する義理もないでしょ」
アミュレがシニカルに笑った。
後で何を言われようと、従わざるを得ない理由があったんだから、仕方がない。
そう言い張ってやるとでも言いたげな笑みだった。
「まぁ、確かに……それじゃ、決まりだな」
「そうね。その、暴王とやらのところまで、案内して」




