第五十話:急転3
アミュレは仕方なく地上へ降り立って、二人を軽くだが、睨んだ。
西田が絶影を睨んだまま、口を開く。
「おい……さっきの話。もう一回聞かせてみろよ」
絶影が再び武器を納めた。
「ええ……勿論ですとも。協定を結びませんかと、そう申し上げました。それが最も平和的に……これ以上の死者を最小限に抑え、この戦争を終える手段である事は明白です」
「……戦争を、終える? 平和的に?」
アミュレが信じられないと言いたげな声音で、絶影の言葉を繰り返した。実際、信じられる訳がなかった。今までずっと冒険者を殺し続けてきた絶影が今更、平和的に戦争を終わらせたいなどと、どの口が――そう思った。
「そうです。私は……ずっと考えていました。この戦争に勝ち目はあるのかと。外の世界は、広い――我々が戦えているのは、この戦争で彼らが得る物が、世界に比べればちっぽけな森であるからに過ぎないのではないか、と」
確かにエスメラルダの森は魔力資源の宝庫だ。
だが――決して、唯一無二の土地ではない。
産出量こそやや劣るが、より安全な魔力資源の採集地は他にもある。
エスメラルダの森にゴブリンが蔓延って最も困るのは国家ではなく、あくまでエスメラルダの、近年の国防においては闘法に比べ軽視されがちな魔術の研究院。
だからこそ国軍を送り込まれる事はなく、この戦争は今まで続けられてきた。
「そして、それは間違っていなかった。最近になって、人間達の戦力は一気に増強された。更には……あなた方のような、怪物まで現れて」
絶影が西田とシズを見た。
「これ以上、この戦争を続ける事に意味はない。ただ無為に、死者が増えるだけ。戦争を終わらせたい……それが、今ここにいる我々の総意です。悪い話では、ないでしょう? 我々もあなた方も仲良く戦死者に名を連ねるか、戦争を終わらせるか……考えるまでもないはずです」
アミュレの表情は、歪んでいた。
怒りと、困惑と、不安――混在する、感情によって。
「……アミュレさん」
シズが、心配そうな声でアミュレの名を呼んだ。返事はない。
アミュレの胸の中で、相反する感情が渦を巻いていた。
――死者を出したくない? 先生を、みんなを、殺しておいて? お前が今まで、何人の命を奪ってきたと思ってる。ふざけるな。今すぐ、殺してやる。
……だけど、だけど、あいつが言った事は……私も、ずっと考えていた事だ。誰にも死んで欲しくない……戦争を、終わらせたい……。
嘘だ。嘘に決まってる……だけど、もし本当だったら……?
絶影は、そんなアミュレを黙って見ていた。
アミュレにとっての絶影がそうであるように、絶影にとってもアミュレは因縁深い相手だった。二年と少し前に、アミュレはこの森にやってきた。絶影が、まだ絶影と呼ばれるようになる前の事だった。
幼さが残る怜悧な顔立ちの中に、背筋が凍るほどの憎悪と悲しみを宿して、彼女は戦っていた。何度か殺しかけた事もあった。何度か殺されかけた事もあった。
ある種の腐れ縁――だから、彼女が迷うのも、よく分かった。
「……ねえ」
不意に、アミュレが絶影に声をかけた。
「……どうなさいましたか?」
「一つ、答えてくれない?」
「……構いませんよ。質問にもよりますが」
絶影が答えると――アミュレの顔に浮かぶ感情が、一つに定まる。
怒りも、困惑も、不安も消えて――代わりに、覚悟が残った。
「――あんた、私の事をどう思ってる?」
そして、そう尋ねた。
絶影は――すぐには、答えなかった。
その返答が、アミュレの次の行動を左右するのは明白だった。
故に考える。最適解は何か。
猟兵は相手の気の動きから、その心理状態をある程度読み取る事が出来る。その技巧を利用して回答を小出しにしていけば、アミュレの判断を己の望む形に誘導する事も可能。
と――そこまで考えて、絶影は双眸を閉じて思考を打ち切った。
アミュレはこの森で三年近く戦い続けてきた、歴戦の魔術師。
猟兵の話法に気づかないはずがない。
それに――己の悲願に、嘘を塗りたくる。そんな事はしたくなかった。
「……そうですね。率直に申し上げるなら、あなたには多くの同胞が殺された――」
ほんの一瞬、絶影の全身から闘気が噴き出した。禍々しい、殺気混じりの闘気。
「――だから、殺してやりたいと思っていますよ。ですが……それとこれとは、また別の話です」
それは、この戦争で多くの同胞を殺した魔術師への、偽らざる本音だった。
西田とシズが、咄嗟に闘気を昂ぶらせる。
だが――アミュレは二人の行く手を阻むように、長杖を突き出した。
アミュレは達人級の魔術師だ。
当然、邪心感応の魔術くらい扱える。
もし絶影が巧言を弄するのなら――その瞬間に、彼を殺すつもりだった。
だが、そうはならなかった。絶影は本音を吐き出した。同胞の仇であるアミュレを殺したいほど憎んでいて――それでも、戦争を終わらせたいのだ。
ならば――アミュレも、それを信じない訳にはいかなかった。もし、今ここで己の復讐心を優先すれば――アミュレは、自分自身の願いを踏みにじる事になる。
「……分かった」
苦々しげで――しかし決意を秘めた声色だった。
「話を続けて。あんたらはゴブリンの王様じゃないし……私達も、そう。それでも協定を結ぼうって言うんだ。何か、考えがあるんでしょうね」




