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第五話:再出発2

――やっぱり、戻ってきて正解だった。ここには俺に必要なものがある。


繰り広げられた技の応酬に、西田は高揚を禁じ得ない。

そのままメイジャに声をかけようと一歩前へ出て、


「……相変わらず、凄まじい技の冴えだな。日に日に、鋭さを増してすらいる」

「つまらない世辞が聞きたくて、ここに来た訳じゃありません」


しかし不意に生じた険悪な雰囲気に、思わず足を止めた。


「ですが……あなたの言う通りです。私は強い。この道場の師範である、あなたよりも……冒険者としての免許を、頂けますでしょうか」

「……何度も言うようだが、シズ。私が交付出来るのは、お前の強さを証明する、アダマス流闘法の免許だけだ。冒険者の証が欲しければ、それは冒険者協会に申請する必要がある」


不意に、シズの纏う闘気が業火の如く膨張した。

闘気の一時的な増加は、強い感情――特に怒りを抱いた時に起こる現象だ。

鋭い眼光が、メイジャを突き刺す。


「ええ、そうしましたよ。そしてこう言われました。免許が欲しければ国営練兵場を訪ねろと」

「それは……妙な話だな。だが私には、同じ事しか答えられないぞ。冒険者の証は、私には発行出来ない」

「……何故ですか。何故、こんな下らない嫌がらせをするんです。私が、獣人で……大人じゃないから、ですか」

「馬鹿な。獣人族の冒険者も、年若い冒険者も、世間には幾らでもいる……その全員に、いちいち嫌がらせなどしていられんよ」

「なら……あなたは私に嫉妬してるんでしょうね。あなたよりも遥かに若く、強い、この私に」


――穏やかじゃないな。こっちに来たばかりの俺でも、あんなに生意気じゃなかったぞ……多分。


アダマス流剣術は、国家の名称を冠している。

それはつまり王家、そして国軍の御流儀――制式採用とされる流派であるという事。

その道場の師範に対して、あなたは私に嫉妬している――あまりにも不遜な物言いだった。

門下生達の間でも、ざわめきが――それも怒りを帯びた、ざわめきが起きている。


「……おいおい。久しぶりに戻ってきてみりゃ、こりゃ一体何の騒ぎだ?」


そのざわめきが怒号へと変わる前に、西田は水を差すように声を発した。


「よう、少佐。久しぶり」


そう言いながら歩み寄る西田の視線の先にいるのは、メイジャだ。

少佐とは、彼女の兵士としての最終階級である。

師範や先生よりもカッコいいという理由で、西田は彼女をそう呼んでいた。


「……私の事は師範か先生と呼べと、何度も言ったろう。しかしな、ニシダ。お前の事を歓迎してやりたいが、生憎、今は取り込み中だ」


「ああ、見りゃ分かるよ。アンタに頼みたい事があって戻ってきたんだが……間が悪かったな」


西田の態度は、今しがた目の前で起きた口論など、まるで気にしていないようだった。

というより――実際、気にしていないのだ。

興味がない訳ではないが、あえて根掘り葉掘りと聞き出すつもりもなかった。


「それにしても、ひどい言いがかりだな。アンタがこんなガキに嫉妬してるなんて」


なにせ西田には、他人の問題に首を突っ込んでいられるほど、心の余裕はない。

ならば何故、西田は二人の諍いを治めるように、メイジャへと声をかけたのか。

それは――


「お前が冒険者になれない理由? 分かり切った事だろ。身長制限に引っかかってんだよ」


自分が、シズの諍いの相手に成り代わる為だ。

剣を用いぬ闘法も、盗めば剣術――組討術の肥やしとなる。

そう考えたのだ。


西田の挑発と同時、シズの全身が火花の如く跳ねる。

獣人の瞬発力による跳躍からの、弧を描く右足。

斧刃の如き、上段への足刀。


それを西田は――容易に見切った。

そして一度左手のみで受け止めると、打ち捨てるように手を離す。

驚異的な身体能力による、恐るべき瞬撃――だが西田の求めるものは、それではない。


「どうした、チビっ子大先生。もっと身になる稽古をつけてくれよ」


度重なる挑発。

シズが狼のような眼光で、西田を睨む。


「おいニシダ、何のつもりだ。これは私とこの子の問題だ。余計な事を……」

「……別に、アンタに助け舟を出したつもりはねーよ」


西田はシズから視線を切らぬまま、メイジャへと右手を差し出す。


「剣を貸してくれ。真剣使う訳にもいかないだろ」

「駄目だ。私を助けたつもりがないなら、なお悪い」

「……コイツと戦ってみたい。それだけなんだ」

「なら、もっといいやり方があっただろう。剣術は、喧嘩の道具じゃ……」

「手段を選んでられるほど、余裕がないんだ。頼むよ」


不意に紡がれた、懇願の声――メイジャは訝しげな表情を浮かべた。

一年前にここを訪れた時、西田は『天稟に恵まれ、それ故に不遜な若者』だった。

その彼が、追い詰められた表情で、不安に張り詰めた声を零した。

何か訳があると察するには十分だった。


世界最強になりたいなど、陳腐な願いにも聞こえるだろう。

だが、これはアイデンティティの問題なのだ。

西田は有象無象(モブ)ではない、一人の価値ある人間になりたいのだ。

自分自身の存在を肯定したい――故に、西田は必死だった。


「……何があった?」

「それは……言えねえ。聞かないでくれ」

「……二度とするなよ、こんな事は」


メイジャはそう言うと――模擬剣を放り投げた。

西田はそれを受け取って、決意の眼光でシズを見据える。


「“止め”はなしだ」

「当たり前でしょう。全て当てますよ」


西田が虎伏の構えを取る。


応じるようにシズも構えた。両腕で三角形を描くように、肘はやや曲げて、両手を胸の高さに。

獣牙(じゅうが)』――アダマスの獣人、特に狼人族に伝わる拳法『狼拳(ろうけん)』の構えだ。

狼の牙は常に体に先駆け前に出る。

すなわち獣牙とは十指を牙に見立て、対手の攻勢を弾き、いなし――全て噛み砕く為の構え。


「待て、急所は狙うな。お前達の力量で急所を打てば、闘気の守りを貫きかねん。あくまでも、手合わせとして戦うんだ」

「いやです。人を好きに愚弄しておいて、命だけは保証されるなんて……馬鹿げた話です」

「悪口を言われたら相手を殺してもいいなど、馬鹿げた話だ」

「人間の貴族には、そのような風習があるらしいですけどね」

「誤解するな。無礼討ちとて、余程の事情がない限りは認められん……とにかく、駄目だ。殺人など犯せば、本当に冒険者になれなくなるぞ」

「……まぁいいですよ。他にはもう、禁則はありませんね?」


シズが鋭利な眼光で、メイジャを睨んだ。


「ああ、私からはな」

「なら――始めましょう」


――ここからだ。この戦いから、俺の本当の、異世界生活を始めるんだ。


西田は深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

口元には、微かな笑み。

最初に己が異世界転移したのだと気づいた時と、同じ高揚が身を包む。


そして――西田が一歩、前に出る。

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