第四十三話:新たな同行者
「――先生」
「何が起きていたかは、全て見ていた……あれだけ騒がしくされるとな」
指揮所に入ってきたアミュレに先んじて、ヴィクトルはそう言った。
大机に向かって座る彼の手元には、両手に収まる程度の水球があった。
『水鏡』――水の属性に宿る『映し出す』という概念を顕在化させる、監視魔術だ。
「話も、聞こえていたよ」
ヴィクトルの細く切れ長な双眸が、アミュレを見据えた。
「まさか……君が、冒険者に頭を下げる日が来ようとは……」
深い溜息――目を閉じ、右手の指で瞼に触れる。
「なんとも、感慨深いものだ」
「先生……この手紙は、お返しします。もうこれ以上、この戦場に魔術師は必要ありません。今ここにいる私達だけで、全てを終わらせます」
封蝋が押されたままの手紙が机の上に置かれる。
アミュレの表情、声色には、強い決意が宿っていた。
「うむ……我々ならば、きっと、成し遂げられるだろう。作戦の実行は……二日後の朝にしよう」
「待って下さい。奴らの兵士は今日、かなりの数が消費されました。再召喚の時間を与えず、攻め込むべきじゃ――」
「その分、我々も消耗したはずだ。まずは体を休めつつ、糧食の備蓄を解禁して、二日かけて体力の底上げを図るだろう」
「……分かりました。じゃあ……後で、カボード先生にそう伝えておきます」
「うむ。喜んで晩餐の支度をしてくれるだろう」
アミュレが、くすりと笑った。
「そうですね。それと……先生」
「なんだね」
「明日は、私もこの二人と一緒に行動します」
「……は? おい待て、どういう事だ」
思わず、西田が口を挟んだ。
「あんたらは確かに強いよ。だけど流石に、私ほどには雑魚を蹴散らせないだろ?」
「そりゃ、そうだが……」
「それに、冒険者ってのは徒党を組むものなんでしょ? 雑魚を散らせる魔術師に、前後を任せられる闘士が二人。良いバランスじゃない」
「……そうは言っても、なあ?」
助け舟を求めるように、シズを見る。
「……何を渋っているんですか? ありがたい申し出じゃないですか」
だがシズの返答は、西田の期待していたものとは違った。
「……まぁ、そうなんだけどよ」
西田は諦めて、そう答えると――ヴィクトルを見た。
アミュレの申し出は、言うまでもなく大きな危険が伴う。事を仕損じるつもりはないが、それでも自分以外を守りながらの戦いなど、西田には経験がない。
上手くやれるかは分からない。一緒に来てくれと、無責任な事は言えない。
故に、ヴィクトルを見たのだ。彼ならば、己の生徒が、一歩間違えば命を落とす死地へ向かう事を止めるだろうと。
「……やめておきたまえ。彼らが一流の闘士である事は知っているが、彼らは騎士ではない。他者を守りながらの戦いの、勝手が分かるとは限るまい」
そうして西田の期待通り、ヴィクトルはアミュレを制止した。
「守られるつもりはありません。自分に十分な防護魔術を張りながら、火力支援を行う……いつも、やっている事です」
「……なあ、これに関しちゃ爺さんの言う通りだと思うぜ。敵の本陣に突っ込むんだ。その上、たった三人じゃ、いつもと勝手が――」
「――アミュレさん」
ふと、西田の声を断ち切るように、シズがアミュレに声をかけた。
アミュレが、また西田も、一体何の用かと彼女を見る。
シズは――闘気を練り上げ、獣牙の構えを取っていた。
「防御を。見せて下さい」
そして、そう言った。
アミュレはすぐにその言葉の意味を理解した。杖を握り締め――膨大な魔力を、己の体内から練り上げる。
「『蒼穹の帳、生死の隔て。彼の者は去りし者。風よ掻き消せ、遍く未練――エンシュライン』」
瞬間、アミュレを包み込むように、空色の旋風が静かに渦巻く。
アミュレがシズを見つめて、頷いた。
「……行きますよ」
シズが、渾身の打突を放った。
背丈の低い彼女が、自分よりも背高い相手を打ち倒すべく磨き上げた、珠玉の正拳。決まれば西田ですら苦悶に顔を歪める事になる、中段突き。
「おい! 待っ……!」
シズの打拳は本気だった。
西田が止めに入ろうとするが、間に合うはずがない。そして――
「お見事です」
「……あんたこそ、今のを一撃でかち割るなんて」
空色の風の障壁が爆ぜるように掻き消え――しかしシズの拳は、アミュレに届いていなかった。障壁の強度に押し負けて、打突を打ち切る事が出来なかった。
「いや……でもよ、防げるのが一発じゃ、あまりに心許ないぜ」
「私の拳と同等の破壊力を、ゴブリンどもがそう容易く発揮し得るなら……それこそ、私達二人では手に余りますよ」
「そりゃ、そうかもしれねえけど……」
「……ニシダ」
ふと、シズが西田の名を呼んだ――西田を、鋭く睨み上げながら。
「……睨むなよ。危ねえもんは危ねえって言うしかねえだろ」
「ニシダ。だとしてもです。自分がこれと決めた事を否定され続けるのは、寂しいものですよ。例えそれが親切心から来るものだとしても……私には、分かります」
シズの声音は真に迫っていた――それはかつて、彼女が故郷で受け続けてきた事だからだ。西田が、言葉に詰まる。そう言われれば確かに己の態度は、アミュレの厚意を、そしてそれ以上に決意を、無下にしていると。
そして――
「……分かった。一緒に来てくれ。シズのパンチを防げて、火力も抜群……来てくれれば、心強えのは間違いない」
「だろう? 最初からそう言いなよ、もう」
アミュレはそう言いつつも、嬉しげに微笑んでいた。
それから、構いませんねと尋ねるようにヴィクトルに首を傾げて見せた。
「……君がそう決めたならば、やむを得まい。弟子が我が元を去りゆくのは寂しい事だが……仕方あるまい」
「よして下さい。私はずっと先生の生徒です」
「……そうか。うむ……もう、行きたまえ。明日の準備が必要だろう」
「はい……ありがとうございました」
アミュレが、西田とシズの方へ振り返る。
「さ、行こう」
そうして、三人は指揮所を後にした。




