第四十二話:どさくさ
「いて! いてて! 痛えよバカども!」
西田は、口ではそう言っていたが――存外、満更でもなさそうに笑っていた。
そして――その光景を、アミュレは少し離れたところから、ずっと見ていた。
「一体何の騒ぎかと思って来てみたら、すごい事になってるねえ」
ふと、アミュレの隣から声がした。カボードだ。
「……彼らは、いい人達だね。冒険者にも、色々いるんだなぁ」
カボードは、アミュレが冒険者達を嫌悪する理由を知っている。
三年前、エスメラルダに冒険者が集まってきた時、彼もあの街にいたからだ。
だから、彼女の気持ちは分かった。だが一方で――哀れだとも、思っていた。
アミュレはまだ16歳――成人こそしているものの、まだ若い。未熟とすら言えるほどに。そんな彼女が戦場で、冒険者とゴブリンへの憎悪だけを胸に生きている。
それは、本当なら誰もが哀れみ、止めるべき事だった。
だが、出来なかった――アミュレの素質と魔力量は、ずば抜けていた。
彼女は、戦場に無くてはならない人材だった。
「……はい。そうだった……みたいですね」
アミュレが力なく答えた。
西田は、冒険者達を説得してのけた。
これで例の作戦を、増援の魔術師なしで実行に移す事が出来る。
それはとても嬉しい事だ。
しかし――その嬉しさを、感謝を、どう表現すればいいか分からない。
西田やシズ以外の冒険者にも、アミュレはずっと剣呑な態度を取ってきた。
大抵の冒険者は西田やシズより大人で、目に見えた対立は生まれなかったが――今更何を言っても、虫がいい話である事は変わらない。
「アミュレ君」
カボードが、アミュレの名を呼ぶ。
「……なんですか」
アミュレは、後ろめたさからカボードの顔を見れないまま、返事をした。
「私なら、どさくさに紛れて何かを言うなら、今だと思うね」
「……っ」
心中を見透かされたアミュレが、息を呑む。
正真正銘、それはカボードの本心だった。実際に彼は、今までずっと言えなかった――言うべきだった言葉を、アミュレに告げたのだ。
冒険者にだって色々いる。非を認め、憎しみを捨てるなら、今が好機だと。
「……許して、もらえるでしょうか」
「分からないな。だが――許して欲しいと思っているなら、今動かなければ、後悔はずっと残るだろう」
その答えに、アミュレは暫しの間俯いて、黙り込んだ。
だが、やがて顔を上げると――意を決して、一歩前に出た。
そのまま早足に、一直線に、自分の心が萎えてしまう前に、西田へと歩み寄る。
まず冒険者達が、それから西田も、近寄ってくるアミュレに気づいた。
「その……ありがとう……」
アミュレは西田をまっすぐに見つめて、振り絞るようにそう言った。
「……おう」
西田はそうとだけ答えた。
別に、恩に着せる為にした事ではない。
泣いている女を見過ごすのは気分が悪い――あくまでも、自分の為にした事だ。
西田が返事をすると、アミュレは今度は冒険者達を見た。
張り詰めた、険しい表情だった。
「な……なんだよ。騒がしいって文句でも言いにきたのか? こんなの、ただの訓練みたいなもんだぜ」
冒険者の一人が、思わずそう、突っかかった。
「……違う」
言わなくては――アミュレが、息を吸い込む。
だが、言葉を紡ごうとすると、喉が強張る。息が詰まる。
どうしても、怖い――何を今更と言われる事が。
「……じゃあ、なんなんだよ」
冒険者達は不審そうにアミュレを見ていた。
その視線がより一層、彼女の息苦しさを助長させる。
どうしても、言葉が出てこない。
だから――アミュレは、黙って頭を下げた。
彼らへの負い目、後ろめたさによる、半ば衝動的な行動だった。
「……お、おい? どうしたんだよ、急に……」
不審そうに見ていた冒険者達も、困惑を禁じ得ない様子だった。
「……ごめんなさい」
そんな中で――アミュレは、やっと、その言葉を紡ぐ事が出来た。
一度頭を下げてしまえば、もう、やっぱりなんでもないですとは言えない。
衝動に任せた行動が、かえってアミュレの決心を促した。
「ずっと、あなた達を敵視していた事……本当に、ごめんなさい」
そのまま、アミュレは言葉を続ける。
「それと……ありがとう。これで……もう、誰も……こんなところに、来なくて済む」
声が震えていた。
泣きながら、嗚咽が漏れそうになるのを、必死に堪えている声だった。
アミュレは顔を上げると、すぐにローブに付いたフードで顔を隠して、冒険者達に背を向けた。泣き顔を見られるのは嫌だった。
今更隠したところで、という話ではあるが。そうして恥ずかしさと気まずさから、逃げるように、その場を離れようとして――
「……なるほど、そういう事かー。ニシダ……あんた、女に良いとこ見せる為に俺達をボコりやがったな?」
猟兵の男が、あくまで軽口として、責めるような口調でそう言った。
「なかなか上手くいったみたいじゃないか。ええ?」
「……そうだったんですか? ニシダ?」
ニシダとアミュレが殆ど同時に振り返って、「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「んな訳ねーだろ! 良いとこ見せるにしたってもっと相手を選ぶわ!」
「上手くいった!? あんた、どこに目ぇ付けてんのさ! 確かにこいつにゃ、感謝はしてるけど……」
「ほうら、息もぴったりだ」
「ようし、分かった。俺ともう一回やり合いてえって訳だ」
西田が一度放り捨てた鞘を拾い上げ、肩に担ぎ、猟兵に詰め寄る。
「わ、よせよせ! 冗談だって!」
猟兵がたちまち両手を上げて、後ずさる。
西田は溜息を吐いて、それから地面に突き刺したままだった直剣に向かう。
それを引き抜き、鞘に収め、剣帯に戻し――アミュレを見た。
「……その、なんだ。とりあえず、行こうぜ」
そして微妙な気まずさを感じつつも、そう言った。
「行こうって……どこにさ」
アミュレも西田から顔を背けて、どこか気まずそうに聞き返した。
「どこって……あの手紙、黙って捨てる訳にもいかねえだろ」
「……ああ。確かに、そうだね」
アミュレのローブの内ポケットには、今もヴィクトルの書いた手紙が入っている。
今となっては最早無用のものだが――事の顛末は、説明しなければならない。
「……だけど、あんたまで来る必要ある?」
「まぁ……一応、ここの指揮官の意向に逆らっちまった訳だしな」
取ってつけた理由である。実際には――アミュレは意外と繊細で、一人では心細くないかと、余計な気を回したのだ。
「……そうね。じゃあ、お願い。あんたが、命令違反で依頼から外されなければいいけど」
「やめろよ、縁起でもねえ」
アミュレもなんとなく西田の気遣いを察してはいて、それをそのまま受け入れた。
敢えて拒む必要もなかったし――嬉しくない訳では、なかったからだ。
「なあ、なあ、あの二人。やっぱり結構いい雰囲気になってないか? 君も、ぼやぼやしてると危ないかもしれないぞ」
猟兵の男がシズに歩み寄って、笑い混じりに耳打ちをする。
「……もう一本お願いしますを、人間の冒険者達の間ではそう言うのですか?」
「い……いや、そういうスラングは、俺は聞いた事ないかなー」
だが己をじろりと睨み上げる眼光に気圧されて、すぐに目を逸らす事になった。
「おい、シズ。何やってんだよ、お前も行こうぜ」
西田がシズを呼ぶ。
「……もう。別に、私がいなくたって話くらい出来るでしょうに」
「わざわざお前だけ待ってる意味もねーだろ」
「ま、それもそうですね」
そう言うとシズは――猟兵の男に一度したり顔を見せてから、西田を追った。




