第七話 王都へ行く前日のお話。
管理官の部屋を出た僕らは、ゆっくりと宿舎棟の方へ向かっていた。
「ふう~。 疲れた~。」
蛍が気持ちよさそうに伸びをする。
あの張り詰めた空気から解放されて気分が楽になったのは分かるが、そう無防備に伸びをされると胸の辺りが強調されて無意識に視線が落ちてくる。
いや、本当に意識してないよ。
「って、あんたはどこ見てるのよ。」
しかし、その様子を横から見ていた舞姫にバーンと頭を殴られる。
痛い痛い。。。不可抗力だって。。。
感情のコントロールは得意分野とはいえ、こればっかりはしょうがないでしょ。
「ん、どうかした?」
そんな二人の様子を察知して、蛍が笑顔で話しかけてくる。
「いやいや、蛍が可愛いって話。」
だって事実だし。めっちゃ事実だし。
こんな可愛い幼なじみ兼パートナーなんて存在しないし。
舞姫が何かを言いたそうにしているが、空気を考えてか黙っている。
「うん。ありがとう!」
蛍が天然あざとさを爆発させながら返事をする。。。
守りたい、この笑顔。。。
場の雰囲気的に許される感じだったので、昔よくやってたみたいに蛍の頭を撫でる。
いや、よしよしするって感じかしら。
嫌がるかも、という心配もあったけれど、彼女はうれしそうに微笑んでくれた。
「あんた達って、本当にいつもそうよね。」
舞姫が呆れたように呟く。
「じゃあ、踊り子もおっさんと仲良くすればいいじゃん。」
さっき軽くジャブを喰らっているので、そのお返しを差し上げる。
ちなみに踊り子は舞姫、おっさんは義一のことである。
「いやよ。なんで私がコイツと仲良くしなくちゃいけないのよ!」
「だってバリーなんだろ? パートナーなんだろ?」
「そうだけど、、、仕事だから仕方なく一緒にやってるだけだし!」
舞姫が金切り声を上げる。
軽いツンデレ属性が付いているので、その近辺をチョコっといじると、かなりおもしろい反応が返ってくる。
ちなみに、義一はそんな僕らの様子を親戚のおじさんのように楽しそうに見ている。
いとこ相手に全力で嫌がられても、本心はちゃんと理解している。
伊達におっさんと言われている訳ではなさそうだ。
「舞姫~、お前も甘えたい時は甘えてもええんやで~。」
しかも、シュンとしている舞姫にフォローまでかける。
なんて良くできる男なんだろう。
ただ、そのベクトルがちょっとズレている。
「なんでアンタまでそっち側なのよ!」
「いや、こっちの方がおもろいと思って。」
「私の味方じゃなかったの?」
「仲間とは言ったことあるけど、味方とは言ったことないんやないかなあ。」
ノリのいい義一は、ちゃんとつなげてくれる。
「もういいわよ!」
「何がええんやて?」
「もう、構わなくていいわよ! 先に帰る!」
「やったら、牛乳もらって送り届けるわ。」
「なんで牛乳持ってくるのよ!」
「だって、大きくなりたいんやろ~。」
「そりゃ背は大きくなりたいけども、、、」
「いやいや、ここの話やで~。」
そう言って義一は彼女の胸のあたりをさする。
摩擦が少ない分だけ、あっさりとしている。
「は? 何すんのよ!!!」
「だって、蛍ちゃんの胸に嫉妬してるんやろ~。」
「バカ! そんなことないし。」
「その腹いせに神ちゃん叩いたんやろ~。」
「違うし!」
「ほんまに~?」
「本当よ! た、多分。」
「へえ~~~~~~~。」
わざとらしい顔で義一が笑う。
「何よ~! この変態いいいい!!!」
そう言いながら、舞姫は顔を真っ赤にして義一に殴りかかっている。
うんうん。こういうのも微笑ましいよね。
蛍とは違うフィールドだけど、嫌いじゃないよ。
そんなことを思いながら、ふと気になったので隣の女の子に視線を移してみる。
彼女も同じことを思ったのか、視線が交わって、自然とお互いが笑顔になる。
なんて話しかけたらいいのだろう、、、なんてちょっと照れながら思っていると。。。
「私ね、みんなのことがすごく好きなんだ、。」
好きという言葉に、若干鼓動が速くなったことは否めないが、場に的確すぎる言葉に思わず驚嘆してしまう。
ただ、それでも蛍が本心から言っているのが分かった。
「僕もだよ。 僕もこのメンバーが好き。 いや、大好きの方が正確かしら。」
来る告白の日に備え、好きという練習をしておく。
好き好き好き好き好き好き好き好き好き。。。
あれ? 愛って言葉がなくても通じ合うんだっけ?
「うふふ。 良かった~。」
蛍が楽しそうに笑う。
「本当にね~。」
僕もつられて笑ってしまう。
そんなこんなしてる間も、義一と舞姫は取っ組み合いの喧嘩?というかスキンシップをやっている。
「なんだか幸せだね~」
「本当に。本当に。」
「修学旅行みたいなワクワクもあるし~。」
「本当に。本当に。」
「いきなり戦いとかにならなかったし~。」
「本当に。本当に。」
「平和だね~。」
「そだね~。」
たわいもない緩い会話が繰り広げられていく。
こんな時間がずっと続いたらいいのになあ。。。
「でもね~、浩志~~~。」
ん? はいはい何? ってか、なんか雲行きが怪しい気がする。
「女の子の胸を見るのはね~、あんまりいい趣味とは言えないよ~。」
蛍が耳元でささやく。
グハッ! バレてたの? てか気づいてたの?
なんかすごい申し訳ない。
というか、ほんとすいません。
「ごめんごめん。 悪気があった訳じゃないんだけど~、、、」
ひとまず謝罪の意を述べ、その後、弁明の余地を与えてもらうために必死になる。 が、
「うんうん。分かってるよ。だからね~。」
軽く頭を下げた僕の耳元に、再び蛍の口元が寄ってくる。
「そういうのは、二人きりのときにしようね。」
あざとっぽく息多めの声でつぶやかれ、僕は危うく昇天してしまいそうになる。
なんだ、なんなんだ。彼女は一体。
女神か、悪魔か。確かに、僕らは悪魔なんだけども、本気で心を持って行かれそうになる。
「えっ、それはつまり、、、、」
僕は、次の言葉を確認しようとしたが、彼女はふふふと笑って、
「さあ、帰りますか~。」
と元気よく舞姫を連れて宿舎へ戻っていってしまった。
この前のことも含めて、自分の知らない蛍が育っていることに、嬉しいような恐ろしいような複雑な気持ちになる。
でも、何があっても後1年は一緒に暮らさないといけない。
そのうち、多分、分かる時が来るでしょ。
「僕らも帰りましょか。」
取り残された義一に声をかける。
「そやな。」
彼も素直に応じる。
こうして長い長い左遷一日目、4月1日が終わったのであった。。。
次の日、僕らは約束時刻の8時に宿舎前で待機していた。
日本とこちらでは数時間の時差があるため、昨日は徹夜を考えたのだが、となりでスヤスヤと眠る義一を見てると、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
ちなみに、朝の4時に馬乗りになった蛍に起こされた時はいろんな意味で心臓が止まるかと思った。
全くなにやってんだか。。。 というか、勝手に男子部屋の鍵をピッキングするな。。。
そんなことを思っていると、
「皆さん~。ご機嫌はいかがですか~。」
昨日も聞いた、セクシーお姉さんの声が聞こえる。
どうやら左遷二日目が始まるようだ。