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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
EX ある物語の始まりと終わり
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EXTRA-1 A.D.1997

それは青へと至る道

夏は始まりと終わりを繰り返す

偽りの平和が終わりを告げるまで

 西暦1997年。

 ある男の子が生まれた。

 やや未熟児として生まれたその子は、まもなく大病を患った。

 その病は完治したが、たびたび病と怪我に悩まされる日々を彼は送った。

 生物の死というものが近づいては遠ざかる。

 そんな状況に身をおいているがゆえに、普通の暮らしとはいかなかった。

 

 何かとこれまでの経歴から他と一線を画していた彼は、悪目立ちしないように努力した。

 故に誰も少年を病弱と言うものはおらず、彼を評価し始めた。

 だがこれも彼の求める暮らしではなかった。

 今度は誰もが彼にいろんなものを押し付け始めた。

 優秀だからやって貰えばいい。

 面倒事は彼なら解決してくれるだろう。

 まるで便利屋のように少年をこき使った。

 そんな面倒事を引き受けている傍らで名も知らぬ彼らは呑気に放課後や休日の話をしている。


 少年はそれが憎たらしかった。

 社会でいう普通でありたかった。

 目立つことなく、それなりにうまく生きていれば注目は浴びずにこんな面倒事を引き受けることもない。

 だから、高校という場所は少年にとって有り難かったといえる。

 同じ地域の集まりからレベルが同じ子供たちの集まりになったのだから。

 だから誰も少年に仕事を任せない。

 面倒事を押し付けない。

 少年は普通になった。


 だが、あれだけ欲しかったはずの普通はとてもつまらなかった。

 実に不思議だった。

 現状と違うものを求めては、得たはずのものが違う感覚。置かれた立場に満足できず、時間だけが過ぎていく。

 ずっとこんな日々が続くと、そう思っていた。

 

 そんな彼の日常は突然静止した。

 急に心臓が拍動をやめたのである。

 息苦しさから少年の視界が黒く塗りつぶされるまでそう時間はかからず、また彼は遠ざかったはずの生死の狭間へ引き戻された。


 ……少年は目を覚ます。

 そのきっかけは声。

 彼の傍らにあったラジオから発せられた熱い実況である。

 少年の父も母も野球が好きで、よく地方の球場には足を運んだ。

 このラジオは事情で少年が見に行けない代わりに、試合を聴いて楽しむため彼の親が買ってくれたものだった。

 このラジオが彼を現世に繋ぎ止めたと、今でも彼は信じている。


 こうして彼は野球というものを認識し、見聞きすることはあった。が、選手としてプレーする機会はなかった。

 むしろ再発した体の不調からできなかった、が正しいか。

 でもどうしてもそんな世界を知りたくて。

 決して芝は青くない。むしろ赤いまであるはずだった。

 その先を踏み越えれば苦難の連続なのは分かっている。

 それでも。

 してみなければ見えないことがある。

 だから遅いとは知っていても、試合に出られなくても。

 野球の世界に彼は足を踏み入れた。



 体の調子の問題が付きまとう中、彼は念願のユニフォームに袖を通す。

 父も母もはじめは野球を始めることに難色を示していたが、彼が想いを伝えるとその熱意に最後は肩を叩いてくれた。


 レギュラーにはなれなくてもいい。

 でもやるからには必ず終わりがある以上、最後で責任を持ってやること。

 

 そうして彼はひとりの野球選手としての第一歩を踏み出した。

 土の匂い。汗を流す球児たち。

 そこは戦場だった。

 彼はその光景に目を奪われ、立ち尽くす。

 それを見たひとりの女生徒が声をかけてきた。

「新入生?」

「ええ。一般ですけど」

 底の深そうな眼鏡に三編みの黒髪。むっちりとした体型から察するに、体育が得意そうには見えない。ジャージの刺繍の色から彼女が三年生だとわかる。

「私はマネージャーの水原 けい。よろしくね、確かあなたは新入生の……」

大宮おおみや零二れいじです。零二で構いません」

「零二くんね! 待ってたわ。一般入部はあなただけだから、珍しくって!」

 そう、彼以外の新入生部員は皆推薦入学。優れた逸材ばかりが揃っているということだ。

 その中のひとり、古村こむら雄大ゆうだいという選手は特にその潜在能力を余すところなく発揮していた。

「零二くんはのびのび、やっていいのよ。入部届見たところ、全くの初心者だから少しずつ……」

「俺、あいつに勝ちたいです」

 彼女は困った顔をしていた。

 それもそのはず、初心者が推薦組の筆頭に勝ちたいと愚かなことを言っているのだから。

「零二くん。あなた……」

「どうすればいいですか」

 彼女はため息をついて、一冊のノートを手渡した。

 びっしりと敷き詰められた文字の羅列。

「この学校秘伝の特訓法、これさえこなせば……だけれでも、死ぬほどきついから止めとくなら今のうちよ」

 彼は首を横に振り、覚悟を決めた目つきで言う。

「やります。ただ野球をやっているやつにだけはなりたくないので」

 普通からの脱却にはこれくらいの覚悟が必要だと考えた彼は打倒古村を目標に地獄の特訓を開始した。

 無論、初心者には形容し難いほど酷な練習量。

 彼の身体は毎日のように悲鳴を上げた。

 たが、彼は嬉しかった。

 今が非日常で、普通から外れつつあるのだ、と。

 

 それから数ヶ月。ついに彼は決死の覚悟で追いついた。夏まであと少しというところで。

「やるな、零二。一般のくせに俺と張り合うとは。骨のない推薦の同期とは一味違うぜ」

「当然だ。俺はお前に勝つために取り組んでいる。夏の予選の一枠は俺が勝ち取る」

 この学校は経験を積ませるために一年生をひとり夏の予選で背番号を与えるのが通例であった。

 そのひと枠をかけ、激しい争いが繰り広げられているのだが、今年は古村雄大と大宮零二のどちらかに絞られた。

「はっ、それで俺に勝てるとでも? 舐められたもんだ。練習で、それも持久走で本気を出すわけがないだろ」

「何を。俺も本気じゃない。その気になれば古村、お前を抜ける」

「ほう。そりゃ大した虚勢だ。ま、抜けるもんなら追い抜いてみな!」


 いつしか、常軌を逸した張り合いになっており、当初は相手にすらしていない上級生や監督もこの争いに注目していた。


 ついに、背番号発表の日。

「背番号一七……古村雄大」

 呼ばれたのは古村だった。

 負けた。そう零二は思ったに違いない。

 だが、そうではなかった。

「背番号一八……大宮零二」

 周囲はざわつく。これまで一度も一年生が二人以上選ばれたことはなかった。

 その通例は今ここに終わった。

「今年は一年を二人選んだ。練習への姿勢。特に大宮。推薦組に劣らず最後まで張り合ったその粘りに期待する」



「まさかお前とベンチ入りすることになるとは」

 古村は意外そうな言葉をかける。

「何を今更。そうは言うが当然だろ、みたいな顔しやがって」

「な。お前を認めたわけじゃないぞ、一般。図に乗るな」

 悪態をつく雄大に零二は言う。

「どうだか。俺を振り切らない辺り、実際のところは推薦組以上に張り合える仲間がいることを誇りに思っているんじゃないか?」

「野郎……」

 二人の戯れに割って入るマネージャーの佳。

「二人とも、おめでとう!」

 佳の祝福に反応した雄大と零二。

「ええ、ありがとうございます」

「ま、こいつよりかはいい成績残します」

「野郎、言ったな」

 まだ張り合う二人を見て佳は笑う。

「ふふっ。二人とも頑張ってね!」


 そう、このときの平和がいつまでも……とまでは言わないまでも、もう少しだけ続いてくれれば良かった。


 そうして待ちに待った夏の予選当日。

 全ては、跡形もなく消え去った。

次回 近日公開予定

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