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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編3 You can (not) climb to the top.
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第59話 鍍金

 航大と京子は球場へと向かう。病院から電車で三〇分程度のため、試合終盤には間に合いそうだ。

 病院の最寄りの駅から電車に乗る二人。

「なあ」

「どうしたの?」

「原川にはどうも引っかかる。確かにあのフォームは俺だ。だがあれは俺であって俺でない気もする」


「どういうこと?」

「あいつは右投げ。左投げの投手を真似するならどうしても違いが出る。俺だと思わせる何かがあるはずだ」


「……何か、ねぇ。怪我してから中学で野球辞めるまで、航大くんは右投げだったよね。そのときの一番いいときを切り取ってコピーしたとか?」


 急に会話が止まり、静まる。

 航大はしばらく京子の顔を見て固まっていたが、顎に手を当てると黙り込んでしまった。

「……ねぇ」

(右投げ……? そういうことか……)

「急に黙らないでよ……」

 航大は完全に自分の世界に入っている。京子の声が耳に届いていないようだ。

(テレビで見ていた投球、配球があまりにも最近の自分に似ていたから、騙されていた。こいつはつまり――)

「ねぇってば!」

「お、おぅ……」


 長考していた航大の意識が現実に戻される。

「何かわかったの?」

 京子は航大に聞いてくる。

「京子、お前の言うとおりだった。原川のあの投球は俺の中学時代の投球そのものだ」

 それと同時に攻略方法は見えた。

「中学時代の俺は、七回規定の試合ということもあってそのイニングを想定した投球をしてきた」

 シニアチームでの試合の八回以降は延長戦になる。航大は二年間でその場面に出くわすことはほぼなく、八回以降を考えない投球スタイルであった。

「確かに当時は七イニングを完璧に抑える想定で俺も中村も考えていた。変化球も練り混ぜた投球もしていた。だが八回以降は頭になかった」

「ということは八回に勝機はあるってこと?」

「多分。一、二段ほど能力は落ちる。そこを打線が捉えられるかどうかがポイントになりそうだ」


 電車は走る。

 最高の舞台という目的地に向かって。



 試合は終盤へと向かう。

 六回表の攻撃は七番の虎野、八番倉田と原川の速球に屈した。九番竹田の打順で代打に東が送られる。

「久しぶりです、浜本さん」

「誰かと思ったら元キャプテンの東か。背番号を見るに……」

 一七番。スタメンに名を連ねる選手の背番号とは思えない。

「ええ、俺は控えですよ。納得もしている。でも、元というのは余計ですね」

「何?」

「今でも俺はキャプテンですよ、このチームの、ね」


 二死ランナー無しで打席に立った東。目の前に立つは航大の力を持つ怪物、原川。

(ベンチから見ていたが……確かに航大にそっくりだ。投げ方も立ち振る舞いも)

 それでも突破口を開きたい。東は思う。

 東より肩が強い虎野、三拍子揃う青木、足の速さはチーム一番の鍵谷。おそらくこの三人を下げてまで自分が守備に就くことはありえないだろう。この打席限りだろうが、できることはやっていきたい。


 東は監督と目が合う。

 監督は手を胸に置いてすぐ、握りこぶしをつくる。

 ノーサイン。

 東は監督に向かって頷く。

(戦術は姉妹そっくりだ。だからこそやりやすい部分もある。一つ違うところがあるとすれば……)

 水原監督は皆をちゃんと見ている。

 手にできたタコと時折取り出す、使い古しのメモ帳がそれを証明している。

 教育系の大学を経て龍山学院に新卒採用され、一年目。

 急に監督の辞任で部長から昇格した彼女は選手の助けもあり、優勝まであと一歩のところまでたどり着いた。

 確かに紅白戦の時も航大の助言や戦略はあったかもしれないが、取捨選択して最終的な判断を下したのは監督である。

(姉の方は航大に盲目だったのに比べ、今の監督は選手をちゃんと見ている)

 中学当時の監督であった水原姉は実力至上主義を強いていたが、航大には特別甘かった節がある。

 そこから、不満を抱える者もいただろう。陰口も聞いたことがある。

 今はどうかと言えば、ほぼそんな声は聞こえない。

 航大であってもマウンドを降ろすことだってあった。勝つために。

 

 

 日野が日下部と投球練習している風景が東の目に映る。

(もう投手は日野しかいない。スタミナは問題ないだろうが、コピー選手をまずどうにかしないとな……)

 そこで、東は思う。

(今、俺が打席に立つのも日野が投げるのも、全ては勝つために。全員の力が必要なんだ。強大な相手に個だけでどうしようもないんだ)

 なんでもいい。だから、彼……原川の調子を崩すことが出来ればいい。

 

 初球のストレートが来る。東はタイミングが合わず、空振りした。

(やはり、これは航大の速球に遜色ない。これを再現できてしまうとは、とんだ物真似師だ)

 二球目もストレート。東はバットを出す。

(確かに初対決で目が慣れていない。でも、この球筋は中学の頃から何千球と見てきた。直球を得意とする俺が、打たねばならない球だ!) 

 バットになんとか当て、ファールにする。

 浜本のミットが震えていた。原川も驚いた表情を見せる。

(ん? 俺が当てたことがそんなに意外か? まあ、爪痕は残させてもらう!)

 三球目。東は二球目のときの感覚を自分の中に刻み込む。

(もっと速く、だ。もっと……)


 いつだったか、東は航大に尋ねたことがある。

『俺の球を打つ秘訣ですか? あんまり味方でも教えたくないんですけど……』

 航大は渋った。だが、東にヒントだけは教えてくれた。

『もっと速く、鋭く。それを極めればどんな真っすぐでも打ち返せますよ。だって――』

 その先の言葉。今はベンチにいない、ここまでチームを引っ張った彼の言葉。

『元々、直球にはめっぽう強いんですから。東さん』


 剛球を捉えた金属バット。それは、これまでとは比べ物にならないほど重みのある感触だった。

 打球が飛ぶ。

 が、当たりが良すぎた。


「アウト!」

 このとき、落胆する東は気づかなかった。この一打が、試合を動かすきっかけになることを。

「まさか、完璧に当てられるなんて」

 動揺したある人の声も、幸か不幸か球場の熱気にかき消された。 


 六回裏、投手は日野に交代する。捕手には日下部が入り、一塁には中村が入る。その代わり、一塁を守っていた高井川はベンチに下がる。

(監督、俺との相性が良い組み合わせをわかっている。本当にありがたい)

 日野はいつも組んでいる日下部と組ませてくれた監督の計らいに心から感謝した。

「おい、わかってるよな。うちの状況」

「ああ、一点取られたらうちの負け。そんなことはわかっている。最高じゃねぇか!」

 感情の高ぶった日野を微笑ましく思う日下部。調子は良さそうだ。

「もうお前しかいない。頼むぞ」

「任せろ。そのためにマウンドにいるんだ」


 日野の立ち上がりは安定していた。全国決勝という、いまだ経験したことのない大舞台。

 それでも物怖じせず立ち向かっていく姿は、航大と遜色ない。

 球は荒れることなく、内に外にギリギリを突いていく。

(調子に問題はない。あとはちゃんと俺が導いてやればいい!)

 五番、六番を得意のスライダーで打ち取り、七番打者も二ストライクと追い込んだ。

(さあ、お前の代名詞を頼むぜ)

 高速スライダー。日野の得意とする変化球であり、たとえ相手が中村であっても自信を持って投げ込める球だ。

(ここで決める!)

 日野は腕を振る。

 球は横方向に鋭く切り込むように曲がっていく。

(行け!)

 バットは力なく空を切り、打者の体勢は大きく崩された。

「ストライク、バッターアウト!」



「間に合ったね……」

「……なんとかな」

 息を切らした航大と京子は龍山学院の応援席に辿り着いた。

 ちょうどこれから七回が始まる頃だ。

「この回をゼロで乗り切るかで、八回以降の展開も決まる。大事な局面だ」

「点、取らないとね……」

 力のない言葉に反応する航大。

「この回の得点は期待しないほうがいい」

「なんで?!」

 京子は驚いた表情で航大を見る。

「まだ投手のスタミナはある。八回へ繋げるためにも、もうひと押し。何か工夫が必要だ」

 

 監督はサインを送る。

(塁に出れなくてもいい。投手を揺さぶってみて)

 いくら完璧に航大を演じていても、所詮は人間。いくらでも綻びは出るしメッキは剥がれるはずだ。


 一番の鍵谷が左打席に立つ。

(構えは普通、か。力押しで問題ない)

 浜本は直球のサインを送る。 

 初球だった。

 ボールがミットに収まる――と思われた。

 コツンという音とともに白球は黒土の内野へと転がった。

「セーフティか!」

 原川は取りに行く。鍵谷の足との勝負だ。

(舐めるなよ! 俺は大村航大なんだ!) 

 捕球後間もなくして一塁へと転送される。

「アウト!」


 

 二番今西。彼も原川に揺さぶりをかける。

(こいつもバントなのか。一体何のつもりだ……)

 ストライクが来てもその寸前でバットを引く。判定はストライクだが、浜本の頭は疑問で一杯だった。

(今のは絶好球だろう。なぜして来ない?)

 二ストライクになってもお構いなしにバットを引く。

「ボール!」

(見えているというのか、こいつには)

 だが、スリーバントはない。二ストライクでのバントなど自殺行為に過ぎない。ファールでもアウトなのだから。

(……構うな。直球でいい。三度目はない)

 しかし、その読みは甘かった。

「スリーバント!」

 今度は引いていたバットを引かず、当ててきた。

「何?!」

 勿論、想定外。三塁線ギリギリにボールが転がる。

 ボールに追いつき、すぐさま送球する。

「アウト!」

 間一髪だった。惜しくも原川の送球が上回った。


(一番も、二番も……まさか)

 左打席に入る三番の青木。

 その初球。普段の構えから、投球と同時にバントへと切り替える。

 投球と同時に走る原川。バットを引き、判定はストライク。

(こいつも……長打が魅力の選手に何をさせようってんだ)

 二球目も揺さぶりをかけていく青木。

(またか!)

 原川はホームに向かって走る。またバットを引き、ストライク。

「……しつこい」

 原川が呟く。青木の耳にもそう聞こえたが、彼は何も言わない。

(苛ついている。冷静さを欠かせるのにバントの構えは効果あり、か)

 そのような態度も航大とよく似ている。

 航大は一対一の勝負を好み、揺さぶりを嫌う。今はそのような態度ははるかに減っているのだが、中学時代は苛立つ航大を中村や浜本が上手くなだめ、力を発揮させていた。

 青木はマウンドに戻る原川を見る。大量の汗をかき、顔を真っ赤にしてマウンドに立っている。

 ここで青木は原川が初回とは様子が違うことに気づく。

(息が上がっている。そろそろ、といったところか)

 サインを見る青木。

(打て、か。やってやろうじゃないか!)

 決めに来た外角の真っ直ぐ。それを逆らわずに三塁方向へ流した。


 当たりは完璧だった。しかし、強烈なライナー性の打球は三塁手の正面。運が悪かった。

「アウト!」

 相手の守備に阻まれ出塁ならず、結局は三者凡退ということになった。

「惜しかったな」

 打ち取られた青木に次打者だった中村が声をかける。青木は不思議と悲観してはいなかった。

 それはある確信があってのことだった。

「……この回ゼロで抑えればうちに勝機が来る。間違いなく」

 なすすべがなかった初回とは意味がまるで違う。実に内容のある凡退だった。

 だが、もう一つの事実は隠しようがない。

 ここまで龍山学院はヒットはおろか、ランナーすら出せていないのだから。

 塁に出なければ、依然苦しい状況に変わりなどなかった。



 七回裏、日野は回を跨ぐ。

 なんとか三人で切り抜けたいところだったが、帝城の下位打線はしぶとかった。

 追い込んでからファールで粘られ、フルカウント。決めに来たスライダーを弾き返した。

「何?!」

 自信のある球を弾き返され、動揺する日野。次打者も狙いはスライダーだった。

 直球には見向きもせず、スライダーを確実に打ち返してくる。

 決め球を打たれれば、ダメージは大きい。これは航大の父の指示に違いない。

 金属音が響く。打球は内野の間を抜けて無死一、二塁。

「まずいな、次は……」

 一番の板橋。鍵谷の能力を真似た彼と日野の相性は良くない。


『俺たちは、じっくり考えて決めたんだ』

 その言葉には、ベンチ外になるかもしれないという恐怖と一年の鍵谷、青木に負けた劣等感が滲み出ていた。

 板橋、加賀と名を変え、日野の前に立つ彼らの目的はおそらく復讐なのだろう。

 彼らの能力を真似たのは彼らの力を認めているこそ。

 技術的な部分は補えたかもしれない。だが、彼らには肝心なあるものがない。


「この舞台で戦えることをお前らは何とも思わないのか?」

「別に。レギュラーであれば心地がいい。だからこの力に手を出した」

 板橋はいかにも悪そうな笑みを浮かべ、日野に言う。

「この力は俺が見たことのない世界に連れて行ってくれる。あいつらの見ていた景色に手が届くんだ」

「そんなことして、何になるんだ」

「あ? 力を得る、使う。これ以上の心地良さがあるものか」

 板橋はバットを構える。今は分かり合うことはできない、と日野は判断した。

 だが、一つだけ。日野は言っておきたいことがあった。

「お前らは一年の真似事のつもりだろうが、全然できてない。」

「何だと?」

 不愉快な表情を見せる板橋に対し、日野は何も言わず背を向け、滑り止めを手に取る。

(前と、同じだ。野球を心から楽しんでいない限り、お前たちは一年に負け続ける)


 訪れた戦いのとき。かつてのチームメイト同士の対決はどちらに軍配が上がるか。

 特に龍山学院ベンチの控え二年生たちはこの勝負に釘付けだ。

「日野に勝ってほしいのは山々だが……。鍵谷のコピーだろ?」

「足を使われたら満塁。もう一点もやれないし……」

 弱気になる控えたちに監督の声が響く。

「喝!!」

 びくっと体を震わせ、目をぱちくりさせる選手たち。

「日野くんは向き合おうとしているのよ。去った元部員、かつて仲間だった彼らと。応援している私たちが弱音吐いてどうすんの!」


 そんなベンチでの騒ぎはよそに、試合は進行する。

 日野はサインに頷き、左足を踏み出した。


 初球。板橋は外角低めに投じた直球をバットに当ててきた。

(右のサイドハンドに左打者は分が悪いか。不用意にカウントを稼ぐのは危険だ)

 日下部は慎重に一球外させる。

「無駄だ。何をしても」

 そう板橋は言う。それに対し日下部は何も言わない。

 三球目。ストレートを打ってファール。これで追い込んだ。

「どうだ! この力さえ、あれば――」

「馬鹿だな」

「な、何?!」

 日下部が呟いた一言に反応する板橋。

「お前は得た力がどうだというが……お前自身はどうなんだ? 成長したのか?」

「何が言いたい?」

「簡単なことだ。いくら自分を着飾ったところで、お前自身は何も変わらない。お前は鍵谷ではない。今からそれを見せてやろう」


(見せてやる、だと……? 一体何をしようというんだ。鍵谷の力を得た俺は無敵のはずだ!)

 板橋は思う。今の自分であれば日野に勝つのは容易いのだと。

 日野が左足を踏み出し、腕を横に振リ出す。

(変化球? だが遠い。ボールか……?)

 板橋は、投じられた緩い球に対し、力を緩めた。

 だが、これが勝敗を分けた。

(まさか?! こっちに向かって……)

 遠いボール球に見えた緩い球はホームベースに近づくにつれて、板橋へと向かってくる。

(このままだと、ストライクに……。させるか!)

 もはやバントの思考は板橋にない。焦りが心を支配し、正常な判断を失わせる。

 向かってくる球に対し、バットを振り出す板橋。

 だが、球の変化は板橋の想像以上だった。

「馬鹿……な。こんな、ことが」

 板橋も、龍山学院のチームメイトも初めて見た。ボールから反対側のボールゾーンまで曲がる魔球を。

(これが、答えだ)

「ストライク、バッターアウト!」


「これが、お前らの力ということか。鍵谷、青木を上回る――」

「いや、上回ってなどいないさ。この球、あいつらなら見切る、かもしれない」

 悔し紛れに発した板橋の言葉を日下部は否定する。

「鍵谷ならバントしただろう、今の球は。だがお前はそうしなかった。それがお前が鍵谷でない証拠だ」

 確かに板橋は鍵谷の力を得て強くなったかもしれない。だが、それで彼自身の心が鍵谷になったわけではない。

「お前は他人の力を借りて、自分が強くなった気になってるだけだ。そんなことで日々鍛錬を繰り返してきた俺たちに勝てると思うな。そんなに甘くはない」

「覚えていろ。日野、日下部。次は必ず……」

「いつでも受けて立とう。本当のお前と戦える日を楽しみにしている」


 板橋を抑え、次の打者が打席に立つと、日下部は立ち上がった。右手を横に突き出したとき、日野は状況を理解し、すぐさまタイムをかけた。

 マウンドに駆け寄る日下部に日野は慌てて言った。

「待った! 待った! お前、何考えてる?!」

「何って、敬遠して加賀と勝負、だが?」

 満塁にして強打者と勝負する思考が日野には到底考えられなかった。

「いやいや、満塁でやつに回すとか馬鹿なのか?! 中村でさえ初打席敬遠したというのに」

 猿渡、中村は勝負を避けた。

「別にさっきみたいに綺麗な勝敗のつけ方じゃなくていい。打ち取りさえすればいいんだ」

「とはいってもな……」

 一点取られれば終わる。その状況に変わりはない。

 いくら原川が疲れを見せていても、点がいくら取れるかなんて期待してはいけない。

 それでも日下部は自身を信じてほしい、と日野に言う。

「頼む。ここはそうさせてほしい。それに、お前も加賀……いや、永山と対戦してみたいだろ?」


 日野は日下部の申し出を受け入れ、指示に従った。

 勿論観客からはどよめく声が止まなかったのだが、日野と日下部の気持ちはひとつ。

 断ち切れてしまったものを認め、次へと進むことだ。


「わざわざ、お膳立てしてくれるとはありがたい。そんなに俺と勝負したかったか?」

「ああ。会いたかったぜ、永山」

 その言葉に嫌悪感を露わにした加賀は日下部に噛みついてくる。

「俺は永山じゃない! 加賀……いや、青木そのものだ!! 前の打席の打撃を見てないわけじゃないだろ?」

「……さっきの板橋にも言ったが、お前は青木にはなれない。ただのセンターフライを打っている以上はな」

「見ていろ! 俺が得たものはお前らを凌駕する力だってことを!」


 初球のサインはスライダーだった。

(さっきのをもう一度。今度はボールからストライクへ。成長した日野なら大丈夫さ)

 日野は頷く。塁は埋まり、逃げ場はない。だが、気持ちは清々しいものだった。

(できる気がする。今の俺なら)


 左足を踏み出す。

 大きく横に曲がった球は、明らかなボールと見せかけ、次第に打者の方へと寄ってくる。

(さっきの球か。だがこれはボール。ボール球だ……)

 加賀は振らないと決めた。先程よりも変化は小さく、ストライクゾーンには入らないように見えた。

 だが、判定は違った。

「ストライク!」

 ボールはギリギリストライクゾーンをかすめていた。

「な……。お前ら……」

「この球を三球続けられるとしたら、どうする?」

「そんなこと、できるはずがない! お前らはあの大村はおろか、猿渡にすら劣っていたというのに!」

 明確な否定をぶつける加賀に日下部は呆れた顔で言った。

「優劣の話じゃない。劣っていようとも、正しい努力次第で人はここまで変われる。お前のように、間違った努力で得た力などなんの意味もない」

 その言葉を聞き、憎しみに満ちた表情を見せる加賀。よほど心に刺さったようだ。

「舐めるなよ。俺は変わった。変われたんだ……」

 二球目。同じくボール球からストライクへと変わる曲がりの大きいスライダー。

 加賀は当てるだけで精一杯。なんとかファールにする。

(さて、さっきの球、いこうか)

 サインを送る。

(本物だったらこの球は打ててしまうのだろう。だが、お前は青木じゃない。心まではあいつになりきれない!) 

「俺は青木の力を得たはずだ。こんな球、スタンドに放り込んでやる!」

 そう意気込む加賀だが、痛々しかった。


 日野は腕を振る。

 狙うは反対側のボールゾーン。

 ありったけの力を振り絞り、左足を踏み出した。

「お前は、青木じゃない!」

 

「舐めるなよ、日野!!」

 胸元近くまで迫る魔球に、なんとか加賀は食らいつく。

 打球は二遊間に抜け――。


「まだ、だ!」

 今西が追いついた。不知火に転送して二死。

 そこからすぐさま一塁に投げる。

 中村の捕球とと加賀の足の勝負。

 三塁ランナーはすでにホームを踏んだ。言うまでもなく、判定次第で終戦だ。

 足が先か。捕るのが先か。両者は塁審を睨む。

 静まり返った球場に声が響いた。


「アウト!」


「よっしゃー!」

 日野はありったけの声で叫んだ。まるで、勝者にでもなったかのような喜びようだ。

 それほど、この試合の山場だった。

 一方の加賀は少しの間しゃがみ込むと、喜びを爆発させる日野たちを睨みつけると、その場を後にする。

「こうなれば、絶対に逃げ切ってやる。点はそう簡単にやらないぞ、日野」


 

「いい感じだったね」

「うん。猿渡、竹田、日野さん。ここまでよく繋いだなって思うよ」

 航大と京子のいない龍山学院。それでもチームは機能している。

 点は取れず、ヒットは出ず。それでも諦めなかった。

「そろそろ、ベンチに行こっか」

「ああ。主役はそろそろ出てこないとな」


 二人は控室の通路を抜け、龍山学院のベンチの出入り口に立つ。

 最後で最高の、大逆転の幕が開く。

次回、最終回!!

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