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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編3 You can (not) climb to the top.
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第56話 衝撃

「全てのデータはここに揃った」

 真っ暗な空間に顔の見えない人影のようなものがうごめいている。

「世界を我らの手に」

 低く響く声。何処か感情が欠落したようなその声の主を伺い知ることはできない。

「それ故の儀式をこれより執り行う」

 感情なき声色が告げる。

「担い手は我ら、果てなき暗黒を求めし者」

「その最後の障害、龍山学院。力には力を持って制するとしよう」



「はっ!!」

 航大は目を覚ます。彼の視界に入ったのは馴染みのない白い天井。

「航大くん!!」

 女子の声がする。右手にある温もりを感じ、首を傾けると、そこにはつい最近航大の彼女になった京子の姿があった。

 やや短めのスカートに、若干のシワがある夏服。白い半袖のシャツとスカートから覗かせる腕と足は程よい肉が付く。素肌は若干日焼けした薄い小麦色であり、少しだけ色っぽく見える。

「良かった……」

 彼女は安堵の声を漏らした。

 よく見ると目は少し赤く、涙で枕を濡らしたのだろう。

 彼氏がぶっ倒れたとあれば気が気ではなかっただろう。

 航大は試合が終わってから次の日の今この時間まで、ほぼ一日眠っていたことを聞かされた。

「ここは……。そうか、俺は」

 航大がいる一室に他の患者はおろか、ベットが今航大が寝ているもの以外は見当たらず、ここが個室であることを彼は理解する。

「本当にどうなるかと……。心配したんだから!」

 京子は航大に抱きつく。

「心配かけたな」

 彼女は、倒れた航大に真っ先に駆け寄りずっと声を掛けていたとのこと。

 そんな彼女に航大は感謝を述べた。

 

 ひとまず自分が病院にいることは理解した航大。だが、京子には尋ねておくべきことがあった。

「俺の扱いはどうなってるんだ?」

 当然、気にはなる。決勝には進めたらしいが。航大自身がこれからどうすべきか、その指針が必要だった。

「当然だけど、今日の決勝は登板禁止。脱水症状の影響がまだ残ってるかもしれないから、少なくとも今日は安静にしてないと」

「そうか……」

 航大は今日の決勝の試合に出られないことがこれで確定した。と、同時に航大は思う。

 自分の戦い、やるべきことは終わったのだ、と。中学時代の未練である多田との決着、小学校時代に明確な優劣をつけず別れた代々木との対決。コウシエン出場。

 そりゃ、優勝するに越したことはない。だが、優勝候補を倒したことで、航大は満足した気持ちで満たされていた。


 まもなく正午になる。

「大村さん、こちら昼食ですよ」

 白ご飯に焼き魚、野菜を浸したものに味噌汁といった簡素な昼食を運んでくる看護婦。

 食事を摂る航大。その横で彼と談笑する京子。

「……なぁ」

「何?」

 ほぼ食べ終わり、まもなく一時になろうとするとき、航大は京子に問う。

「今日、決勝だろ? 行かなくていいのか」

「いいの。監督から許可はもらったし」

 京子は今日一日、マネージャーである前に航大の彼女としてここに残ることを決めたのだという。

「俺が一人だと心配ってか。お前らしいが、マネージャーとしてあいつらのそばでサポートするのもお前の責務だろうに」

「そういうのは控え選手に頼んだわ。私はマネージャーである前に航大くんの彼女なんだから」

 よくこの判断を監督は下したものだ、と航大は思った。

 彼女は航大思いであることはよくわかる。

 故に航大はふとした一つの疑問を自己に投げかける。

(もし、俺が居なくなったら。京子はどうなるんだろうな)

 もしも、などないのだ。そうだ。

 考えるのはよした。


 対戦相手について訊く航大。

 決勝の相手は東東京代表の帝城。

 派手さは無いがここまで僅差で勝ち上がってきた実力者。数年前には全国優勝も経験している古豪だ。

 だが、航大一人が抜けても全く勝てないほどの相手というわけではない。打力も投手力も優勝候補レベルでなく、所詮は全国出場レベルなのだとか。

 それならば勝機は十分にある。普段どおりの野球さえできれば、まず負けることはないだろうというのが京子の分析である。


「手際いいな。新聞まであるとは」

「ここに来る前に買ったんだ〜。はい、どうぞ」

 京子から新聞を手渡され航大は受け取る。

 

 スボーツ欄には昨日の試合結果と大きく決勝の概要が書かれていた。龍山学院対帝城。その戦力分析や航大が救急搬送されたことも小さく載っていた。


 航大はスボーツ欄の中身をじっと見る。

 帝城は二番手の投手、背番号一〇を背負う三年の久我が予選から全国まで一人で投げ抜いている。決勝での先発も予想されている、と記事にある。ほぼ間違いないと見ていい。

 対する龍山学院は航大というエースを欠き、人選には悩むところだ、と記されている。記事には登板経験のある三投手の記載があったが、猿渡の先発が妥当だと航大は予想する。


「最後まで、一緒に戦えたら良かったのにね……」

「仕方ないさ。それに俺はやり切った気持ちの方が強い。胴上げ投手は来年に持ち越しだな」

 航大と京子。二人は龍山学院の最後の戦いを見届ける。



『さあ、いよいよ始まります、決勝戦! 果たしてどちらが栄冠を手にするのでしょうかっ?!』


 龍山学院が先攻。先発はーー久我ではなかった。


「誰だ、あいつ」

 航大は画面を見る。

『守ります、帝城高校。投手は一年生、背番号一の原川。この試合がなんと公式戦初マウンドということにります』

 背番号一。決勝にして初マウンドを迎えた一年生、原川拓海。登板記録なしのエースというのは不気味である。三年でここまでチームを引っ張った久我ではなくーー彼か。

 普通ではありえないことが起きている。

 航大は顎に手を添え、思考を巡らせる。

「どうしたの?」

「いや、少しな……」

 航大は原川のマウンドでの立ち振る舞いに違和感を覚えた。

 この違和感は決して間違いではなかった。

 さらなる恐ろしさを二人は知ることになる……。



 一球。原川の投げた何気ない投球練習。

 それだけで航大は理解した。その違和感の正体を。

 彼はベットから飛び起き、画面に寄る。ポカンと口を開けたまま航大はじっと見る。 

「ちょっ……航大くん?! 安静にしてないと!」

 京子が慌てて止めるが、そんなことお構いなしに航大は言う。

「これは……そんな馬鹿な……」

 そう。そこに映るのは、顔は全く別人でも投球フォーム、ボールを離す位置、立ち振る舞いといった大村航大を構成するその要素全てが同じという奇妙な光景。

 鏡を見ているような気分に襲われ、航大は力なく床に座り込む。

「……まるで、過去の自分そのものじゃないか」



 

『さあ、いよいよ決勝戦が始まりました。先発は予想を覆し、今大会初先発の原川。地方大会でも登板がなかったエースですが、どんな投球を見せてくれるでしょうか?!』


「……予想外ね」

 水原監督が独り言をこぼす。

「データが全く無いんじゃ、一巡目はーー」

 記録員代理の宮崎がそうつぶやくと、中村が割って入る。

「いや、そうとも限らんだろ。相手は一年。俺と同い年。代々木や多田が相手ならともかくあいつーー原川からはそれほどの凄みは感じない」

 中村は言う。

「俺たちは優勝候補に勝てたんだ。航大が離脱したことで俺らの戦力タウンは必至だが、力を合わせれば全国クラスの相手にだって渡り合える。航大にいい報告ができるようにもうひと踏ん張りいこうぜ!」

 決勝戦が始まる。まだ球場にいる誰も、相手の違和感に気づかない。



 龍山学院は先攻。打順は一年生中心の普段のオーダーに。航大がいないこと以外にオーダーはほとんど通常と変わりない。今日先発の猿渡が九番に入っている。

「さあ、一番。まずは出塁しろ!」

 チームの雰囲気は良かった。勢いだけならあった。違和感に気づくまでは。

 

 一番鍵谷が打席に立つ。彼ーー原川と対峙した際に彼もテレビを見ている航大と同じ違和感を感じ取った。

(何か……変だ)

 初球が放たれた。何の変哲もない、ただの真っ直ぐだ。打撃は苦手だが、日々の練習と試合の経験から当てられない球ではない……はずだった。


「ストライク!」

 空振り。バットは空を切った。まさか、という表情で鍵谷は捕手を見る。

 捕手はミットからボールを出し投げ返す。

 確かに空振りだった。そこまで球速も速くない一二〇キロ台の真っ直ぐ。だが鍵谷は当てられなかった。

 二球目も同じような球が来る。

(今度こそ……!)

 しかし、またしてもバットにかすらない。

 ベンチにいる中村はもう感づいていた。


「航大だ」

「航大、がどうかしたのか? あいつはまだベットの上ーー」

「青木、お前は気づかないのか?」

 中村は言う。

「俺たちは何千球と航大の球を見てきた。立ち振る舞いから球筋まで。まるで原川の投球は航大のそれだ」


「ストライク、バッターアウト!」

 鍵谷はなす術なく空振り三振に倒れた。


 今西も三振に倒れ、二死。青木が打席に入る。

(公式戦初マウンドの素人に航大の真似事などできるはずがない。どこかにトリックがあるはずだ)

 青木は航大の投球術の一部を知っている。それを聞かされた上でとても自分には真似できないと思った。

(基本と題した十通り以上の投球フォームに五段階のリリースポイント。足の上げにグローブの位置なんかも含めれば百通りを越える。それでいて全国レベルの選手と渡り合うんだから……)

 僅かにタイミングをずらす術があれば一つの球種がニつにも三つにもなる。

 フォームが固まっていないといい球は行かないものだと一般的に言われているが、航大は違う。

『思い通りの球さえ投げれればフォームなんかぶっちゃけどうでもいい』

 流石にどうでもいいわけではないが、複数のフォームを操っても崩れないどころか相手を翻弄している様はいい画になっていた。

 そんな芸当は航大しかできない。


 そう思っていた、はずなのに。

 もうひとり。原川拓海という選手はそれをやってのけた。

 いないはずの大村航大が、敵チームのユニフォームを着て立ちはだかっているかのように。


「ストライク!」

(そっくりだ……。投げ方も、立ち振る舞いもそれに球種まで……。こんなことがーー)

「ストライク!」

 青木のバットにボールは当たらない。だが、三球で終わるほど龍山学院の中軸は単純ではない。

「俺は昔のままじゃない!」

 三球目。決めに来た真っすぐに手を出す。三球同じ球を見せられて、何千球その球を見てきた青木。

 自分に当てられないわけがない。そう言い聞かせ、バットを振り抜いた。

「当てた!」

 青木は三球三振だけは避けることができた。

「へえ。当てられるんだ」

 原川は笑みを浮かべ、次の球を投じる。

「じゃあ……こうしよう」

 放たれたのは、航大が本気と称していた一四〇キロ台の真っすぐ。

 まるで矢、閃光のよう。

 一瞬。一筋の光が、マウンドからキャッチャーミットへと駆ける。

(これは……! だが、俺だってーー)

 バットはーー間に合わない。

「ストライク! バッターアウト!」

 

「何なんだ、あれは。まるであいつが、あそこにいるようだった」

 青木は困惑した様子でベンチに戻る原川を見つめる。

「……いや、それだけじゃない」

「何……?」

 ヘルメットを被り、打席に入ろうとしている選手。その顔に見覚えがあった。

「黒部……なのか? いや、名前には板橋って書いてあるが……。顔は確かに黒部だ」

 かつて龍山学院の二年生野手として野球部に在籍していた黒部。彼は苗字を板橋に変え、確かに相手側にいた。

 それだけではない。

「永山も……。あいつら、学校は辞めても野球は辞めてなかったんだな。どうやらあいつも苗字が変わっているみたいだ」

 スタメンに黒部と同じく永山の名前はない。だが、さきほど守備についていた面々の中に彼らは居た。

 日下部もその様子を目で確認し、言葉を発した。

「あいつらが敵、か。実力不足とモチベーション低下でチームを去ったとはいえ、厄介だな」

 

「……と、思っているだろうな。相手は」

「まず、第一弾の揺さぶりとしては及第だな」

 黒部、永山と思わしき人物が帝城高校側ベンチで言葉を交わす。彼らは板橋、加賀と苗字を変えることで偵察の目をかいくぐり、欺いてきた。

「絶好の復讐日和ってやつだ。今日は」

「そのためにはあの人の力が不可欠だ。……準備できてます? 先輩」

 ベンチ裏へと声をかけた板橋。

「言われるまでもない。お前らは俺が打席に立つまで、塁を埋めてくれさえすればいい」

 一瞬だけ顔を見せたとある選手はそう言ってまたベンチ裏へ戻っていった。

「やっぱ怖いわ、あの先輩」

「それだけ今日の試合は特別なんだろうよ。あの人が興味あるのは中村との対決だからな」

 

 一回裏、帝城の攻撃に移る。

 打席には、一番打者板橋が入る。

(紅白戦の時は大したことない打者だったはず。背番号一七。夏は予選含めてもこれが初打席……か)

 試合前、選手のデータを見ていた中村。実力の判断材料は紅白戦まで遡るしかない。

(よほどの秘密兵器なのかもしれないが、あんたら猿渡の変化球にコテンパンにされたのを忘れてないか?)

 そう、今日の先発は猿渡。三種類のカーブを使い分ける技巧派だ。いくらトレーニングを重ねても初見では打ちづらいはず。

 初球のサインは勿論カーブ。

(大きめのカーブでまずはストライクを取ろう)

 サインに頷く猿渡。

 第一球。サイン通り。大きく曲がるカーブが投じられた。

 そのとき、板橋は言った。

「馬鹿だなぁ」

 板橋がバットを寝かせる。それが意味するものはーー。

「セーフティだ!」

「遅い」

 コツンという音。ボールは三塁線へ転がる。猿渡はなんとか捕球し、一塁へ投げようとする。

 だが、板橋はすでに一塁へ到達していた。

「黒部のやつ、あんなに足が速かったか……?」 

「どっちかというと二年の中では遅い方だった。それに、この走り方とプレースタイル。見覚えが……」

 二番の赤塚は送りバント。初球であっさりと決めた手際の良さに龍山学院側のベンチにいた宮崎が言葉を漏らす。

「まるで今西みたいだな。低めの球をあんなに簡単にバントできるなんてさ」

 その言葉ではっとした監督。急にベンチの柵に手をつき手を震わせる。

「まさか?! そんなことが……できるというの?」

「ど、どうしたんですか。監督」

 咳払いして喉を整え、グラウンドに目線を向ける監督。

「さっきの黒ーー板橋くんのプレーと赤塚の送りバント。一見なんてことないプレーに見えるけれど、これはーー」

 今まで龍山学院の一年レギュラーが使ってきた基礎戦術。

 俊足の一番が出塁し、二番で送り長打力のある三、四番で先制点。板橋となった黒部には元々あんな脚力はなかった。

「板橋くんの今の力は鍵谷くん並の脚力を持っている。赤塚くんは今西くん。とすると三番の加賀くんはーー」

 青木竜二。弱点のない、走攻守三拍子そろった怪物。

 選手の力そっくり再現しているというのなら。本当にそんなことができるというのなら。

 次の勝負は間違いなく危険だ。

 監督はベンチからグラウンドへ出る。

 中村と目を合わせると、一塁を指さした。

「あ、あれは敬遠の……。正気ですか監督!」

 スコアラー代理、宮崎が声を上げる。

「もし、私の仮説が正しければ、この勝負は危険。青木くんのコピーだとするなら、尚更ね」


 指示を受けた中村は困惑しつつも、従う。

 明らかなボール球が四つ投げられ、加賀は一塁へ。

 そのとき彼は奇妙な言葉を述べた。

「へえ。賢いな、お前。まあそんなことしても意味はないけどな」

「……何ですって?」

「ネクストを見ればわかるさ」

 次打者。四番の霧山と書かれているが、そんな名の知り合いはいない。

 ここまで全試合に出場してきた正捕手らしいが、四番に座るほどの打力がないことは中村自身がリサーチ済みである。

(……どういうことだ?)


 アナウンスが流れる。

「帝城高校、選手の交代をお知らせします。霧山くんに代わりまして、浜本くん」

 ベンチからヘルメットを被り、がっちりとした体格の男が中村に向かってくる。

 強靭な肉体から溢れ出る禍々しい何かを感じずにはいられない。

「……浜本さん」

「久しぶりだなぁ……中村。今日、この日をずっと待っていた!!」

全国決勝 両チームスタメン

龍山学院(先攻)    帝城(後攻)

1鍵谷  ライト    1板橋(黒部)ライト

2今西  セカンド   2赤塚    セカンド

3青木  センター   3加賀(永山)センター

4中村  キャッチャー 4霧山→浜本 キャッチャー

5高井川 ファースト  5金井    ファースト

6不知火 ショート   6清水    ショート

7虎野  レフト    7東山    レフト

8倉田  サード    8向原    サード

9猿渡  ピッチャー  9原川    ピッチャー

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