第43話 ぶつかり合う力
五回裏。多田と対峙する中村。
本日二度目の対決となる両者。前の打席では多田に軍配が上がったが、今度はどうか。
照りつける日差しがきつい。まぶしく、暑い午後の球場。日が沈む前には試合は決するだろうが、投手の体力をこの暑さが想定以上に奪い取っていく。
多田も中村も額に汗をかいている。そもそも野球が汗をかくスポーツなのだから致し方ないと思うわけだが、汗をふく間も惜しいほどこの瞬間は集中していたいものだ。
エース対四番。一点ビハインドの状況。たった一点だが、この差は大きい。この状況で頼れるのは四番のバットのみ。
初球。剛速球にバットを出す。タイミングは悪くない。そう、かなり惜しかった。打球は一塁線を走ったが、残念ながらファールゾーンへ。
中村は多田の速球をほぼ捉えていた。一打席目は手元で曲がる変化球が頭になく、三振を喫した。だが、二度目はない。
二球目。手元で曲がるツーシームまたはシンカー系の沈む球。一見、速球と違わない球。外角低めに決まりそうな難しい球だが、中村は容易くバットに当てる。強烈な打球音とともに打球はファール側のレフトスタンドへ。
「流しすぎ……。待ち過ぎたか」
中村は、仕留め損ねた、と悔やむ。力と力がぶつかり合う。様子を見るに中村が優勢だ。
ファールにはなっているが、しっかりとバットの芯にボールを当てることができている。強烈な打球速度と飛距離がそれを証明している。前打席では対応できなかった変化球もタイミングを合わせることができており、期待が高まる。
一方、多田は困惑していた。高校の公式戦で初めて、今までにないピンチを迎えている。
ランナーは居ない。だが、目の前の相手が自分の投球を凌駕しようとしている。
(な、なんだこいつ。俺の速球も、変化球も完璧に当てている。シニアのときとは違う……。別人だ)
多田は中村の成長に驚いている。多田の球がここまでジャストミートされるのは高校では初めてだ。
中村はじっとその様子を見つめていた。多田の動揺も感じ取っていた。
(やつなら、次に何をもってくる……?)
中村は多田の配球を読む。真っすぐも変化球も対応されかけている相手に対して、カウントだけ見れば、追い込んではいる状況。その決め球に何を選ぶか。真っすぐか変化球か。選択肢はどっちかだろうが、コースまでは読み切れない。
中村は考える。多田と航大の性格が同じなら、投げる球はなんとなくわかるだろう。
この場面。もっとも有効な手はインハイの真っすぐで詰まらせる全力投球。見逃してもストライクとなるようなコースに投げれば、まず打てない。さっきの変化球は外角寄り。外の低めを見せられてからインハイを突かれると、何も考えていなければ対応するのは難しい。
中村は狙いをインハイに絞ることに決めた。
間違いない。多田は最後を真っすぐで決めたいと思うはず。
彼の真っすぐへのこだわりはデータを見てもわかる。速球が全投球の八割以上を占めるほど速球中心で、今大会を勝ち進めてきた。変化球をねり混ぜて投げる航大とは真逆のタイプである。
二球目に若干遅い球を外角低めに使ったのなら、その逆を突いてくるはず。
外角低めに投げられた後の内角は打ちずらい。ここはあえて誘うか。
中村はあえて踏み込む。外角狙いだというわざとらしい構え。
この状態では普通は内角は打てないだろう。普通なら。
サインに頷き、勝負の三球目。来た球はーー。
(狙い通りだ!!)
インハイギリギリの真っすぐ。少しでも上に浮けばボール球。剛速球ではあるが、中村のバットが火を噴いた。
キュインという金属音とともに打球をライト側のポールにぶち当てた。
凄まじい歓声だった。
何より衝撃なのは、これが大阪桐将の今大会初失点。その門戸をこじ開けたのは中村のバットだった。
「よくやった!」
「さすが四番!」
ベンチは先ほどまで、勝負の行方を見守るべく静まり返っていたが、一気にこの盛り上がり。
航大が失点した分を女房役が取り返す。これで試合は振り出しだ。
ダイヤモンドを一周し、ベンチに帰ってきた中村を手荒く迎える龍山学院の選手たち。
「ナイスバッティング」
「ま、こんなもんだ」
航大と中村。二人は拳を交わす。
「打たれた……。完璧に」
「なんだ、落ち込んでるのか?」
マウンドにいる多田のもとへ行く堀口。
「まだ同点だ。そのうち勝ち越してやるから心配すんな」
「相手は大村航大なんだ。もう一点もやらない投球をしてくる。そんな簡単な話じゃない」
多田は一発を悔やむ。過ぎたことを悩んでも仕方がないが、この一点は重い。
「勝負はこれからだ。後続を断つのが先だ。気持ちはわかるが俺たちがやるべきことを見失うな、多田」
「はい……」
堀口が守備位置に戻り、試合再開。
打席には五番の高井川。多田は前を向く。もう一点もやらないし、やれない。
中村以外の打者には自分の速球が通じることは一打席目でよくわかった。
なら力押しだ。堀口のリードも合わされば確実に以降の打者は抑えられる。
サインは直球。堀口も同意見というわけだ。なら、迷うことはない。
多田は腕を振り抜く。放たれた剛速球は輝きを増していた。
「ストライク! バッターアウト!」
五番の高井川を三振に打ち取って勢いを取り戻した多田は六番の不知火、七番虎野も連続三振で仕留め、五回裏を中村のホームラン一点で切り抜ける。
試合はいよいよ後半戦。六回の攻防に移っていく。
八番という下位から始まる大阪桐将だが、航大も気は抜けない。
(八、九までなら大丈夫だ。だが、和田さんには打球を捉えられている。気は抜かない)
航大も多田に負けじと連続三振で応える。二死となり、打席には一番の和田。
「さて。今度こそ出塁してやる」
意気込む和田。だが、航大の直球は勢いが増していた。気持ちがのっている球を弾き返すのは難しい。
初球の直球。和田は振り遅れ、空振りする。
(む。振り遅れか。球速はさほど変わっていないというのに)
二球目も直球。和田は今度も振り遅れの空振り。タイミングが若干合っていない。
(多田に感化されたか。航大は変化球をねり混ぜる軟投派と聞いていたんだが。直球のノビは多田以上か……)
三球目。航大は自信を持って中村のサインに一発回答。
腕を振り抜く。速球はさらにワンランク上のノビを見せ、球は浮き上がる。
「ストライク! バッターアウト!」
(これが堀口や多田が言っていた、大村航大の実力か。幻の天才、元十年に一人の逸材。その力は本物だった。実に面白い)
航大も力をぶつける勝負で相手打者を三振に斬っていく。
小手先の変化球はその場しのぎにしか使えない。手札はほぼ割れている。ならば、全力投球でしのぎ切るしかない。
「全力全開だ!」
攻守交代。こちらも六回は八番から始まる打線。倉田が打席に立つ。
(速球は当たらない。どうすれば……)
できるなら勝ち越し点を挙げて航大を助けたいところ。だが、相手が相手なだけにそれは簡単なことではない。
(できることをするしかない……)
ボールは見逃し、ストライクなら当てに行く。……そもそも当てることすら難しい剛速球なのだが。
初球の速球は150キロ近い剛速球。あまりの速さに退く倉田。
(よく中村はこんな球をスタンドに運んだもんだ。航大と揃ってバケモンかよ、あいつら)
二球目の速球も手が出ない。次は航大。以降は多田との対戦経験のある打者が連なる。何かつながる打撃ができればいいのだが。
(正直キツイな。何でもないただの一年には荷が重いな……)
速球にかすることなく、三球三振を喫した。
「すまん。何もできなかった」
「気にするな。俺が何とかしよう」
『九番、投手。大村くん』
航大が打席に入る。多田との対戦経験がある航大は多田の球筋を知っている。
(確かに球速は上がった。あれからどんなトレーニングを積んだかは知らないが、一打席目で分かったことがある)
航大は多田の速球を一打席目は観察していた。バットを出したりしていたがかすることはなかった。
(ノビや球威は確かにある。だが、球速が速い分、もっと速い球に見せるにはより回転数の高い球を投げる必要がある)
投手目線だからわかること。ここまで色々と練習に励んできた航大にはわかる。その中で球の回転数には注目していた。
多田の速球は確かに速い。だが、回転数はその球の速度に対して平均的。航大ほどの球威、ノビはないということになる。
無論、速球対策はしていた龍山学院だが、実際の球とマシンで見る球は違う。そもそもマシン打撃の練習で速球を当てることができたのは航大や中村、青木といった数少ないメンバーたち。
(力負けしなければ、俺にだって勝機はある!)
初球の真っすぐ。航大はバットを出す。
快音が聞こえる。観客の目線は航大から打球の行方へと移った。
『二遊間抜けました! 一死一塁。大村、今日初めてのヒットです!』
「やった、お義兄ちゃん!」
「……やるじゃん、航大」
大村姉妹が応援スタンドでその様子を見守る。当の本人は彼女たちに気付いていないようだが、この試合に懸けるそれぞれの思いは同じだ。
(すべてを引き裂いた因縁にケリをつける。勝とうが負けようが、ちゃんと白黒はっきりつけるんだ)
『一番、ライト。鍵谷くん』
俊足の鍵谷が打席に入る。監督のサインは……。
(ここでやるんですね。プランB)
航大が塁上にいる以上、負担は避けられない。強い日差しの中、投球への影響もないとは言い切れない。
ここは早急に彼を本塁へと返したいところ。こんな場面を想定したプランB。その仕掛けを作るのが鍵谷だ。航大を次の塁に進めつつ、自分も生き残る。そんな一番難しい仕事を要求される。
(セーフティバントか。自分の得意分野だ。足なら負けない!)
狙い目は航大に打たれ動揺が残る初球。速さが肝心だ。
初球の真っすぐ。運よく低めにコントロールされたそれは、絶好球だった。
(振っても当たらなかったけど、バントなら余裕だ!)
コツンという音。ボールが三塁方向へ転がる。
(送りバントか! させん!)
多田は二塁方向を見て投げようとする。だが、間に合わない。すでに二塁付近にいる航大。今投げても判定はセーフだ。
一塁なら、と目線を一塁側へと移す。だが、多田には信じられない光景を見た。
もう鍵谷は一塁を踏む寸前だった。なんというスピード。多田は投げることができない。
(くっ、セーフティか……! 一塁に初めから投げていれば間に合ったかもしれない。二塁に投げようとしたのは余計な判断だった)
ピンチを広げまいという考えがさらにピンチを招く。続く二番の高木。本来ならここに今西が座る打順だが、準決勝の怪我の影響で、今日は欠場だ。
(俺だって。バントくらいはできるさ!)
背番号一四は初球で送りバントを決めてみせ、二死ながら二、三塁。一打で勝ち越しのチャンスだ。
『三番、センター。青木くん』
ここまで二打席凡退の青木。悔しさは相当ある。
(北近畿シニアのとき。俺はこいつに負けた。その敵が今、パワーアップして俺たちの前に立ちはだかっている。俺は……勝てるのか?)
確かに一度は打ったことがある。それは彼が疲労した上で、チーム全員が粘ったからこそ打てた。
どうする? いや、打つしかないだろう。
さっきまでの凡退を取り返す。バットを握りしめ、打席に入る。
青木対多田。それは力と力のぶつかり合いだ。パワーでは中村や高井川に若干劣る青木だが、打って守って走ってと三拍子揃った名手。実力は言うまでもない。
そんな二人の対決に注目が集まる。
初球は無論、剛速球。青木はなんとかバットに当て、バックネットに打球を当てる。
(ここに来て、また一段階ギアを上げるか……。速球の速さだけなら航大を越えている。だが……)
「お前は、あいつじゃない!」
青木がライバルと認めた男、大村航大。北近畿シニア入団時からしのぎを削ってきた青木と航大は、仲間意識というよりライバルという意識が強かった。
こいつには負けたくない。一本より多く走り、一打席でも多く打ち、航大に追い越し追い越されを繰り返し、切磋琢磨した。
航大が急にチームを去ったときは心に穴が開いた。野球も身が入らず、航大が去って以降、全国への扉が開かぬまま終わった北近畿シニア。野球を続けるか否か悩んだ。だが、きっとやつは戻ってくるという中村の言葉を信じ、青木は航大を龍山学院で待った。
ライバルと対決する道ではなく、共闘しつつ切磋琢磨し合う道を青木は選んだ。磨いてきた力を発揮するのは今だ。
「……打つ!」
剛速球に負けじとバットを伸ばす。快音が球場全体に響いた。




