第26話 デビュー
入団テストから1週間後。航大は初めてとなる北近畿シニアの練習に参加していた。
1軍の練習というのは新宿リトル時代のものとは比べ物にならないほどハードで、初日で根を上げそうになった。
「へっ、もうギブアップか? 大村」
航大と同じく一軍配属となった青木が航大を煽ってくる。そんな彼も表情に余裕はなく、顔色は良くない。
「お前こそ、途中でぶっ倒れても知らんぞ」
今日は一日中練習。まずグラウンド外周10周のメニューから入るのだが、これがかなりの距離で青木と航大は後れを取っていた。
少し前まで小学生だった航大らとかなりの練習を積んだらしい一軍の選手たちとはかなり体力の差があった。だが、この差を埋めない限り試合に出場することはまず不可能だろう。
「くそっ、まずは先頭に追い付いてやる!」
「負けるか、このっ!」
練習は進み、キャッチボールを終えた一軍メンバーはそれぞれポジション別のメニューに移る。青木は外野ノックの練習に混ざり、航大は投球練習のためブルペンに向かう。
「三年の浜本大樹だ。よろしくルーキー。まずは軽く何球か投げてみてくれ」
「あ、はい」
キャッチャーらしい体格は単に三年生というわけではなく、地道な練習を積んでいることが想像できる。おそらくこのチームの正捕手なのだろう。そんな相手と投球練習ができるのは誇らしい。だが、ほかの投手組の姿が見えないことが引っ掛かる。
「あの、ほかの投手の方は……?」
「ああ、走り込みが足りないから再度走りに行かせてる。先週の試合は酷かったからな……。走り込みが足りんってことで」
へえ、と航大は相槌を打ちつつ、これはチャンスだと思った。一軍の練習というのは上級生が優先というのは言うまでもない。ブルペンに先週入ったばかりの一年が投げるということはまずない。
「じゃ、今のうちに始めようか」
「はい!」
その様子を見つめる数人の大人たち。北近畿シニアのロゴがプリントされたジャージを着ているあたりチームの監督やコーチといったスタッフであることは確か。1軍監督である水原もその中にいることを確認できた。
「監督、明日の練習試合はどうします? 二軍から追加招集をかけますか?」
今の北近畿シニアには投手が不足していた。矢木、吉岡、宮島という三年生投手は居るのだが、前回までの練習試合で何度か打ち込まれ信頼は落ちていた。
よし、と決意を固めた水原監督はコーチに向けて言った。
「ひとまず暫定エースの矢木くんでいきましょう。失点したら吉岡くん、宮島くん。それでダメなら一年生を試そうと思います」
コーチ陣は驚く。それもそのはず。経験も実力も未知数な一年生を出す予定でいることを。伸びしろはあるが実力や経験は二、三年が勝るのだが……。
「吉岡や宮島、ほかの二年生ではダメなのですか?」
「確かに彼らはよくやっているわ……でも、うちの弱点、毎年あと一歩で全国大会出場を逃す原因は投手なのよ」
打力は申し分ない。全国でもそれなりに通用すると水原監督は分析していた。それに比べ投手に対する評価は低かった。
スタミナ不足、失投や失点の多さなど問題は目に見えており、投手の整備は必要不可欠であった。三年生を起用した先週の試合でも勝ちはしたが、投手は打ち込まれ乱打戦を制する辛勝だった。
「明日の試合がラストチャンスって所かしら。頑張ってほしいところね。特に三年生には最後の大会が控えているのだから」
今年こそは全国へ。チームを任された若き女性監督の強い意志を感じた。
航大は投球練習をしながら、監督やコーチたちの声を耳に招き入れていた。一年生、という言葉には反応せざる負えない。
肩を交通事故で怪我したのをきっかけに右投げに転向して二、三年。地道な練習を重ねてきたことで左投げ時代とは遜色ない球速、いやそれ以上の速さとコントロールを手に入れた。文字を書く、箸を使うといった日常的動作を右で行っていたというのも大きい。
実際、なぜ最初は左投げだったのかというのもカッコ悪い理由で、右手の方がグローブを扱いやすいからだった。左の握力を鍛え今では左手でも問題なくグローブを扱えるようになった。怪我の功名というやつなのだろうか。
「よし、この辺でいいだろう」
浜本はボールを返球せず、航大の方に寄って来る。
「いい球だ。一軍に来るのもうなずける。球速は地道に練習を重ねていけば、30キロアップも夢じゃない」
浜本から今の球速はだいたい110前後だと言われた。身長はそれほど高くなく、むしろ低い方である航大にとっては体格以上の球速を出しているらしい。フォームもよく、直すところは今のところなさそうとのことだ。
「これなら明日の試合もオレのリードだけで何とかなりそうだ」
「え? それはどういうことですか?」
航大の胸を軽く叩き、にっと笑みを見せる浜本。
「明日の試合。たぶんお前、投げることになるぞ」
練習終了後の夕焼けが綺麗な空。一日汗を流し、疲れを見せる選手たちもいる。
一軍から三軍まで全メンバーがグラウンドに集められ、これから何が始まるのかというざわめきをかき消すかのように水原監督の声が響いた。
「練習お疲れ様。明日、春季杯に向けた最後の調整である練習試合がある。相手はうちより格下でも打力はそこそこあるチーム。失点やエラーはレギュラーの座が遠のくと思いなさい」
そのくらい厳しく行かなければ勝てない。わかっているものもいたが、なんてチームに来てしまったんだと騒ぐ者もいる。おそらくはニ、三軍の一年だろう。
「それと、今年から私が監督就任したわけだが、年功序列で実力主義とは必ずも行かなかった今までのチーム状況を打破したい。実力のある者は1年生やニ、三軍であっても一軍の試合に使うし背番号も与えよう。逆に三年でもニ、三軍への降格はあるものだと思いなさい」
以上とし、監督は話を終える。投手起用については特に話がなかったが、準備はしておいたほうが良さそうだ。
「さて、とんでもないことになったな……」
床についた航大は考える。
自分の真っ直ぐは通じるのか。リード通りにコントロール良く投げられるのか。
ただ考えても仕方なかった。できることをやるだけなのだ。自信や確信がない以上、やれるだけ精一杯やることが大切なのだ。結果がどうなろうとも。
試合の日。対戦相手は同じ京都の京北シニア。打高投低のチームという点では北近畿シニアとタイプは同じ。だが毎年初戦で勝つか負けるか程度のチーム。メンバーも北近畿よりそれほど多くない。
アップを済ませ、ベンチに集まるメンバー。水原監督がスタメンを発表する。当然ながら、航大や青木の名前はない。
試合は初回から動きのあるゲームとなった。打線が繋がり初回から得点を重ねる北近畿。打者一巡かと思われたが浜本がダブルプレーに倒れるなどし、得点は五点。打線の調子は上々といったところか。
一方の守り。初回からランナーを背負う展開で苦しい投球を強いられる。先発の矢木の調子は良くない。捕手の浜本は時々マスクを外して眉間にしわを寄せ、リードに苦労している様子が伺える。
初回は何とか抑えていたが、回を追うごとに披露が溜まっている。
四回。コールドも見えてきたがあと一点が遠い北近畿シニア。浜本など下位打線がブレーキになってしまっている。そんな状態で相手の攻撃をむかえるのだが、矢木がついにつかまった。
連打で失点し、すかさず吉岡に交代するが彼はアウト一つ取れずに宮島にチェンジ。だが彼も相手の流れを止められない。
点差はみるみるうちに狭まっており、点差は三点。塁は埋まり、一発打たれれば逆転だ。
「大村くん、グローブを持ってマウンドに行きなさい」
これは伝令ではない。投手交代なのだろう。ある意味航大にとってはチャンスだ。
「はい!」
「投手に大村くん入ります」
主審に告げる水原監督。その様子をネットの向こうで眺めていた中村は驚いた。
「嘘だろ、もう一軍のマウンドに……」
早くも航大は、シニア初マウンドに登る。
これから始まる長い道のり。その頂を目指して。




