第23話 守りたいもの
「まさか、同じ学校だったなんてね……えへへ」
航大と早くも会えた嬉しさのあまり、京子は声を漏らす。
静かな中間休みは好奇の視線に晒され、気を休めることができない。
(……そこまで喜ぶことなのか?)
航大は疑問に思った。
小学校といえど1クラス30人近くで、4クラス。全員と関わることはまずない。全く話をしないどころか誰だっけ状態の人もいる。
二人の間には野球で出会う以前、接点はなかった。それどころか航大にはほとんどの同級生と接点がない。
自ら積極的に関わろうとしない性格のため、学校に居る間でも一人の場合が多い。
一方の京子は明るく、優しい。野球から離れると笑顔溢れるその素顔は誰にでも好かれるのだろう。
敗戦のショックなんてものは微塵にも感じられない。
京子の様子を見る限り、心配はなさそうだ。
「で、用件は?」
「え、あ、あの……会いに来ただけ……なんだよね。だってほら! クラス違うし!」
なんとか野球以外でも関わろうとする姿勢を京子から感じる。
ここは無難に答えておくとしよう、と航大は考え京子に返答する。
「そうか。まぁ、また会いに来ればいいんじゃね? それくらい構わんさ」
「ありがと! そう言ってくれると嬉しい……かな」
頬を赤く染める京子。時計に目を向けると、次の授業が移動教室だと気づく。
「あ、次移動教室だった! ごめん! また後でねっ!!」
そう言って京子は走り去る。航大にとってあっという間の出来事だった。
「なんだったんだ、一体……」
京子との出会いから少しずつ、航大は変わっていく。
自分から自然に話すことや、話しかけられる回数が増え、今までは感じなかった相手との関わり方や心地よさを京子を通じて知っていった。
京子との距離は、最初よりも遥かに近くなった。
野球のことはもちろん、学校のことから普段の生活まで。ここまでのことを航大が話すのは京子だけである。
航大と京子はライバルであるが、それ以前に誰よりも多くの時間を共有し、大切な存在になりつつあった。
そんなある日のこと。
「うちに遊びに来てよ!」
「な……何だって?」
聞き間違いかもしれない。女子が男子を自分の家に誘うなど、滅多にない、と航大は思っているのだが。
「う・ち・に・き・て!!」
「わ、わかった……わかったから。大声で叫ぶなよ……」
なぜ京子が航大を招くのはわからない。だが、断るわけにもいかず、航大は流れに身を任せることにした。
京子の家に招待された航大。
京子の家は、とにかく広かった。高そうな家だと言うことは見るまでもない。
例えるならそう、旅館であった。
部屋の隅々に飾られているもの。割るとえらいことになりそうな壺やどこかの著名な画家が描いたであろう水墨画。飾られた多くのコレクションの多くが、歴史の教科書に載っていそうなものばかり。
「すごい家だな……。富豪が住むような感じの、な」
「ま、私のパパ、社長だから」
京子は平然と言ってのける。何度もこの返答をしてきたであろう口調だ。
京子が金持ちの家庭なのだということは生活の話からなんとなく想像がついていたが。
彼女がクラスの中心にいる理由がなんとなく分かった気がする。
それでも威張ったりせず、皆に優しくできる姿が多くの同級生を引きつけ、それが航大には眩しく感じる。
航大はふと疑問に思った。
(京子にとっての俺ってなんなんだろうな……。それに俺はあいつのこと、どう思ってるんだろうか)
大部屋らしきところにたどり着く。
襖を開けると、広い空間に一人。そこには優しく、穏やかな中年の男性が正座していた。
「おお、君が大村くんか……いらっしゃい!」
航大と京子に気づき、こちらへ、と手招きする。
威厳のある父親を想像していた航大だったが、明るくて優しそうな人だった。
「ど、どうも」
ものすごく嫌そうな顔をされるのかと身構えていた航大だったが、予想外の反応に困惑する。
「娘から話は聞いているよ。ずっと君の話ばかりするものだから」
「ちょっとパパ?! よしてよ、もう……」
顔を真っ赤にして、風に当たってくると言い残しその場を後にする。
京子の父親と航大は話す。
「君のお父さんと私はバッテリーを組んでいてね……。君のことは前々から知っていた。会ったことも、ね」
「え?」
航大は父からそんな話は一度も聞いたことがない。昔の話はしたがらなかったため無理には聞かなかったのだが。
「まだ君が赤ん坊の頃の話だから覚えていないのも当然だな」
京子の父親は笑っていったが、目を細め、
「雄一は不憫だった。親友と思っていたやつにプロへの踏み台にされ……。渡辺のやつめ。プロに入って活躍できなかったのはその時の報いか……。あいつ子供が二人とか言ってたが苦労してそうでーー」
「あの、その……」
航大の声に気付き、京子の父親は我に返る。
「はっ、すまん。昔のことになるとつい口が……」
「つまり親父とは親友だった、と」
「最近はばったり会わなくなってしまったのだが、ね。元気にしているかい?」
父のことになると航大は言葉が詰まる。航大の父が社会人野球の選手だったのは過去の話。家に帰ってこない日もあり、一つ余る食器が使われぬまま棚に戻される光景を何度も見ている気がする。
「まあまあですね」
なんと無難な言い文句だろうか。うまく場を流せる。航大はその便利さに感嘆していると京子の父親からこんなことを言われる。
「京子のこと、よろしく頼む」
「どういうことですか?」
唐突だった。
「君しかいない。うちの娘を守ってやれるのは……」
聞くところによると、京子には注意が散漫になるときがあるのだという。意識せず街を出歩き、信号も見ていないのだとか。原因は不明。そんな話を聞いて航大は心配になった。
「わかりました。なんとかします」
「そうか、すまないね」
ただ、放ってはおけなかった。航大にとって大切な存在だったのだから。
航大は周りの目を気にしつつ、京子が危険な場面に遭遇するのを未然に防ぐべく行動する。
(特に変わった様子はーー)
横断歩道に差し掛かる京子。だが、信号は赤だ。
目は虚で、周りが見えていないようだった。嫌な予感がして航大は辺りを見渡す。トラックが見えた。
大型貨物車両は、速度を落とさず京子に向かってくる。運転手の視点は正面を見ていない。脇見運転だ。少なくとも京子は運転手の視界に入っていない。
(危ない!!)
考えより先に体が動く。京子を突き飛ばして間も無く、鉄の箱が航大の体を吹っ飛ばした。
航大は目を開ける。
知らない天井がそこにあった。病院のベッドの上に寝かされた体は白い包帯があちこちに巻かれている。
航大は体を動かそうと試みるが、激痛が走る。
そばで大粒の涙を流す京子の姿があった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……。私の、私のせいで……こんなーー」
「怪我は……ないか?」
包帯ぐるぐる巻きの少年に聞かれたら、まず君が大丈夫か? になる。他人より自分の心配をせよ。
うなずく京子に航大は安堵した表情を浮かべる。
「そうか……。どうやら俺は守れたようだ、お前のことを」
「私……私……!」
そこから先は声にならない。航大の怪我はかなりひどいらしく、野球はしばらくできそうにない。
左肩も例外ではなく、
京子は相変わらず、泣き続けている。泣き顔でぐっしょりとなった額はひどいものだった。
「そんなに泣くなよ、綺麗な顔が台無しだ」
幸いにも怪我があまり酷くなかった右腕。痛みは多少あるが、唯一まともに動かせると言っていい。
その腕で京子を撫でる。
「航大くんは優しいね……」
京子は言う。目は赤くなり、涙はもう出ないほど出し尽くしたように見受けられる。そんな京子に航大は言った。
「優しさだけでは何も救えない」
「え?」
真剣な表情で航大は続ける。
「どんなときでも大切な誰かを守る強さ、自分を犠牲にしてでも守る覚悟。これがあれば守りたいものの大抵は守れる。俺の親父がよく言っていた」
最近になってできたものがある。もう辞めようとすら思った野球。たった一人の少女との出会いが、忘れられない1試合、野球の楽しさを教えてくれたのだ。そのきっかけである京子。航大にとっては敵、ライバルという認識以上になくてはならない、かけがえのない存在になっていたのだ。
だから航大は守りたい。何よりも大切な山川京子という少女を。
「……で、これからのことだがな、まあ見ての通り復帰には時間がかかりそうだ。左で元どおりの投球ができるのはいつになるか分からん」
「そう……だよね」
京子は視線を下に向ける。
「……動く右手でいっそのこと転向しようかな」
「え?」
下を向いていた京子は驚いて顔を上げる。逆の手でボールを投げる難しさを京子は知っていた。
左ではまず捕手まで届かない。ぎこちない投球フォームで投げる球は見当違いの方向へと飛んでいく。
左投手への憧れはあったが、いくら練習しても手応えは掴めず、右投げで十分という思考に至った京子はその憧れを捨てていた。
「ま、大丈夫だろ。俺ならきっとできる。なんとなくそんな気がするんだ。いつになるか分からないけど、俺は必ずマウンドに戻る。そのときはお前と戦えたらいいなって思う」
「私、もっと強くなってるかもよ……?」
笑みを浮かべる京子。まだ目は赤いが、少し本来の彼女を取り戻しつつある。
「望むところだ」
そう言って航大は京子の手を握る。京子の手の温もりを感じ、航大は目を閉じる。
『それでは次のニュース。今日未明、橋より乗用車が転落したとの通報を受け、警察が捜索を行っています。行方不明となっているのは、元社会人野球選手の大村雄一さんーー』
次回 きっとまた会える




