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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
出会って、別れて、また会って
21/64

第21話 初登板

 先攻は秋葉東。代々木の速球に食らいついてくるあたり、ここまで勝ち上がってきたチームではある。

 だが、打球をヒットゾーンに運ぶまでには至らず、味方の守備が打球を難なく処理する。

 実力は五分五分と言っていい。今年の相手の得失点差や打率、防御率は新宿リトルと遜色ないはずである。

 初回の秋葉東の攻撃を凌ぎ、ベンチに戻る代々木。

「ふう。……おい大村! 水よこせ」

 ほらよ、と航大は代々木にペットボトルを手渡す。控え選手に対する人使いが荒いのは今に始まったことではなく、むしろこれが代々木の本性。相手を馬鹿にすることも少なくない。

 相手ベンチに目をやるチームメイトが思わず声をあげた。

「おい! 相手の投手、女子だぞ!!」

 チームメイトからは余裕じゃね? という声が聞こえる。

 試合前、航大が出会った少女。山川京子だった。



 投球練習を航大たちはじっと眺める。

 彼女が投げる速球は想像できなかった。

「……速い」

 チーム内からは戸惑い、どよめきも聞こえる。

 女子にしては……というレベルではない。男子顔負け、が正しいだろう。

「女子だからって手加減は無用だ。俺たちは勝つためにここにいる」

 と、代々木は言うのだが、実力は想像以上だった。

 バットを闇雲に振ってもまず当たらない。変化球、速球を練り混ぜて投げる投球スタイルに惑わされ、小学生には対応できない。スコアブックに三振を示す「K」の文字を並べていく。



 回は進んでいく。スコアボードにゼロが並ぶ投手戦。だが、その終わりは意外にも早かった。

 代々木は相手を力でねじ伏せようとするスタイルが持ち味。だが、裏を返せば球種はストレートのみ。攻略されるのは時間の問題だった。

 案の定、打順が一巡する4回。相手は直球に狙いを絞ってきた。来る球がわかっているなら、あとはタイミングを合わせるだけ。

 代々木は相手の狙いに気づかない。

「くそっ、なぜこいつらは俺のストレートが打てる?!」

 全力投球を簡単に打ち返され、塁が埋まる。

 青沼は、理解していたようだが、どうしようもない。コースを変えるだけで精一杯。データ以上の強さは確実に現れていた。

(強い……。たった一巡で代々木の持ち球がストレートだけだと見抜くのかよ)

 打ち込まれる代々木。四点を失ってしまった。



 それから、代々木はなんとかアウト一つを取った。だが、一、二塁にランナーを置き、まだピンチは続く。

 打順は下位であったが、気は抜けない。狙いは直球。わかっていても球種がひとつしかないのだから防ぎようがない。

 青沼は開き直って、真ん中に構える。

(これしかない、代々木。勝負だ!)

 青沼の心は大きく構えたミットから伝わってくる。ど真ん中に投げ込んでこい。

 下手な小細工よりも、正面突破。これは最後の賭け。もう失点は許されないからこそ、自信のある速球を投げるしかない。

 代々木はミットに目掛けて、全力投球。直球がミットに収まろうとしたそのとき、快音が響く。

 非情にも強烈な打球が、代々木の横を通り過ぎるーー。

(ダメかーー)

 青沼は諦めた。この試合は終わった、間違いなく。

 だが、彼は違った。

「させるか!!」

 代々木の右手が打球を掴む。代々木の手から電撃のような激痛が走る。

「ぐぁああああ!!」

 顔を歪める代々木。だが、決してボールは離さなかった。歯を食いしばり、判定を待つ。

 エースナンバーを背負う者の覚悟。その大きな背中、背番号一を航大は見た。

「ア、アウト!」

 審判のコールを聞き安心した代々木はボールをグローブに収めると、倒れ込んだ。

「主審! タイムお願いします!」

 青沼や内野陣が集まる。

「代々木……」

「悪いな……。こうなってしまうと、もう無理だ。投げられない」

 ベンチに目を向ける代々木。ある控えの選手に指を指し、大声で叫ぶ。

「おい、大村!  お前にマウンド譲ってやるよ」

 航大は、複雑な表情をしつつグローブを手にマウンドに向かう。代々木は対照的にマウンドを降り、ベンチへと向かう。

 すれ違い様に代々木は小声で言った。

「あとは……任せた」

 航大は何も返せなかった。自分を指名した代々木の意図がわからなかったからだ。

 練習でことあるごとに、代々木が航大を馬鹿にしているのは知っていた。自分を下に見ていることも。

 多分、航大が2番手、代々木の次の投手だから。ただそんなことだろう。深く考えるのはやめた。

 巡り巡ってきたこのチャンス。この時をずっと待っていた。

 ずっと願っていたはずだが、いざ出番になると怖いものだ。初めの一歩というものは誰もが不安になる。なって当然なのだ。その一歩を今、航大は踏み出そうとしている。

「……よし」



 航大がマウンドに立つ。バッターボックスにいるのは、京子。

 初登板の最初の相手が彼女になるなんて。初対面で明るく優しい印象を受けた航大だったが、マウンドで見せる京子の姿は話をしたときとは別人だった。闘志をむき出しにして向かってくる姿は格好良く、味方の打者が三振、凡退の山を築いていく様に心を奪われた。

 戦ってみたい。だが航大はレギュラーではない。戦う機会はないだろうと心のどこかで思っていた。

 今日で野球は最後かもな、と思っていた航大だが、心の中で撤回を宣言した。

 不安と興奮の両方を背負っている感覚。これがマウンドに立つということなのだろうか。


「勝負だよ」

 京子の目がそう告げている。

 航大はただ前を見る。わかっている。控えの自分にできることなど、限られている。

(俺には代々木のような速いストレートは投げらない。でも……)

 自分にできることを精一杯やる。

 それがどんな結末を迎えたとしても今はこの瞬間を楽しみたいと思うのだ。だからーー。


「……勝負だ!」 

 

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