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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編
19/64

第19話 居場所

 あと一つ。勝てば全国に行ける。

 乗り越えなければならない壁がある。

 あと少し。あと少しなんだ。

 全国に行きたい。そんな仲間の思いに応えたい。

 ……たとえ、自分の居場所が無いのだとしても。


「これは……俺の過去……」

 きっと夢なのだろう。何度も繰り返し見ていた光景。

 忘れたくても忘れられない。ずっと脳裏に焼きついている記憶。

 振り抜いた腕から放たれた直球は、まっすぐミットへと向かう。

 そこからの結果は知っている。

 快音が響く。

 打球が右肩を抉り、大きく跳ねる。

 転々と転がるボール。激しい肩の痛みと後頭部への衝撃が襲う。

 意識が薄れていく。

 大村航大の名を呼ぶチームメイト達を他所に、かつての自分は目を閉じた。



「ちょっと、ねぇ航大くん!」

 耳元で響く声に気づき、航大は目を覚ます。

「ほら、もうすぐで降りるから準備準備!」

「あーはいはい」

 寝起きで、ぼんやりとした意識の中、航大は京子と一緒にバスを降りる。

「ほら、さっさと歩く!」

「俺、一応試合で投げてるんだが」

「言い訳しない!」

 頬をつねられ、痛みで皮肉にも目が冴える。

「いってぇ! 痛い痛い! わかった、わかったから!」

 二人は高校に戻って来た。乗るバスの関係上、航大と京子が遅れて到着。

 これから、決勝に向けてのミーティングだ。


 準決勝で勝ち、ついに決勝に駒を進めた龍山学院野球部。

 あと一つ勝てば、念願の甲子園。初出場の切符はもう目の前である。問題は一つ。決勝をどう戦うか、である。

 近畿工大付属との試合の後に、今大会の大本命、大阪桐将の試合があったのだが、結果は見るまでもなかった。

 高校に帰ってきた選手たちは、映像として記録していた試合のビデオを見るため、コンピュータ室を訪れる。

 全員が席に座り、監督を待つ。

 しばらくして、準備を整えたらしい水原監督が室内に入る。

「さぁ、いよいよ決勝ね。今日撮った対戦相手のビデオを観ましょう」


 ビデオを見終わった龍山学院野球部。正直、見るまでもなかった。

 相手はそこそこの強豪。ここまで勝ち上がって来たわけだ。そう簡単に点は入らない、はずだった。

 ストレート、変化球。相手がどんな球を投げてこようが、簡単に打ち返していく大阪桐将の選手。

 点差はどんどん広がっていき、4回途中で15点。

 1番から9番まで切れ目のない打線で、全ての打者に全力で挑むことを強いられる投手。何人もの投手を送り込んでなんとか抑えようとする相手チームだったが、投手の表情は苦しそうだった。


 決勝の相手の実力に驚愕する龍山学院野球部。

 打線の破壊力は凄まじいものだったが……。

「問題はここから。大阪桐将のエースは1年生の多田くん。彼から点を取らない限り、うちの全国出場はないわ」

 水原監督から多田の名前が呼び上げられたとき、航大や中村、かつての北近畿シニアメンバーが反応する。

 彼らにとっての因縁の相手は、さらに成長して立ちはだかっている。

 大阪桐将のエース投手は1年生。その事実に他の部員も動揺を隠せない。

 それもそのはず。実力は高校1年生とは呼べないレベルで、驚異的だった。

 毎試合コールドで本来の完投……すなわち9イニングを投げているわけではないのだが、全試合完封。ビデオを見る限り、打てる気がしない。

 体格はもう高校1年生というには言えないほど完成しており、球場に表示されるスピードガン表示には「150」の文字。

 力で抑えに行く投球に手も足も出ない対戦相手の打者。打球を前に飛ばすどころか、かすりもしない。

 ミットの音が止むことはなく、まるで当たり前のように三振を奪っていく。

 最後の打者を抑え、顔色ひとつ変えることなく整列する多田。参考記録での完全試合だった。

 2、3年を押しのけてエースナンバーを手にした多田の実力は紛れもない本物だ。


 ここ数年、大阪桐将が飛び抜けて強いという1強状態は続いていた。全国の扉を開くには彼らを倒すのは必須条件なのだが、まともに立ち向かえるチームはこの大阪にはほぼいない。

 決して、相手が弱いからではない。単純に大阪桐将が強すぎるのだ。

「まあ、こうなることはわかってたし、勝ち上がればこういう相手と一戦を交えることになるのは十分承知の上よ」

 全国の扉を開くための最後の関門。それはあまりにも硬く、厚い壁だった。

「でも、無策で挑むわけじゃない。早いボールに慣れる特訓は、これまでずっと取り組んできたのだから」


 大阪予選が始まってから、背番号を持つメンバーはピッチングマシンを使い、速球に慣れる訓練をしてきた。はじめは皆バットに手を出すのがやっと。腰が引けている選手もいた。

 だが、予選を勝ち抜いていくにつれ、バットにはかろうじて当てられるようになってきた。

 実際の生きている球とマシンの球とは違うのだが、無策ではない。希望はある。

 それぞれが考え、もっとうまくなれるように練習を重ねてきたことは決して無駄ではない。

 過去の映像と今を見比べて、龍山学院野球部は、1年前よりも団結し、まとまっている。

 ミーティングの最後に水原監督は言った。

「さあ、勝ちに行こう!」

「「おう!!」」

 いよいよ明日、全てが決まる。



 ミーティング後、学校の屋上。日が間も無く落ちようというところで、揺れ動く影がひとつ。

 ただ無言で、夜景になりつつあるその様を見つめる一人の高校生。

 大村航大。龍山学院野球部で1年生ながらエースナンバーを背負う男。

「何やってんだ、こんなところで」

「中村……」

 かつて、1年のブランクを経て再びバッテリーを組むことができた二人。中村は、ここまで昔の話について深くはして来なかった。航大の過去に触れることは彼をまた野球から遠ざける。

 その思いから昔の話は切り出せないでいた。だが、航大やかつてのチームメイトたちの因縁の相手が再び立ちはだかる今、。

「……思い出してしまうのか? 昔のこと」

「ああ……。でも向き合わなければいけないと思ってる。今でも過ぎたことを思い返しては心が痛む」

 かつて、航大はある試合をきっかけにシニアチームを去り、野球から離れた。

 色々な事情や環境が航大を苦しめていたことを中村が知ったのは、つい最近のことだ。

 中村は後悔している。


「俺は間違っていたのかもな」

「どういうことだ?」

 航大の唐突な呟きに反応する中村。

「俺は居場所をずっと探していた。家、学校、仲間、野球。失敗や嫌なことがあればすぐ逃げて、いつの間にか行き場をなくしていた。ここは自分の居場所じゃないってさ。試合に負けたあの日、お前やチームメイトは俺に失望していたのかと思った」

 航大の話を黙って聞く中村。

「でもそれは違った。誰もが俺を気にかけ、心配していて……お前もその一人だったんだな」

 久々に会った中村からは怒りの感情を感じ取った。仲間だった人間が突然いなくなるわけだ。悲しくもなるし、なぜ何も言ってくれなかったのか、と怒りがこみ上げるのも無理はない。

「俺は、嫌だったんだ。野球を始めたばかりの姉に抜かされたことが。小学校の頃からやって来た自分が……。そんな相手と平然と食事や生活なんて出来やしなかった。だから逃げたんだ」

 小6に航大の親が再婚したことは、中村も聞いたことがある。それが急な環境の変化になることはあり得る。


「正直、怖いのさ。明日を迎えるのが。また同じことが起きやしないかって」

多田(ただ)辰也(たつや)、か」

 航大は新しい家族と向き合うことから逃げ、チームメイトから逃げ、今度は乗り越えなければ壁から逃げようとしている。

 表情には出ないが、声には不安があった。そんな航大を見て、中村は言った。

「……人は、間違うものだと思ってる。誰だって失敗があるから、成功を掴むことができるんだぜ?」

 中村の言葉に確かにな、と相槌を打つが、航大は言う。

「人との向き合い方を間違えれば、ときにそれが絶縁になることだってある。失敗は心に刺さって消えない。お前もいつか、俺に失望して離れていくかもな」

 そういう航大に対し、中村は航大に言った。

「俺はたとえそうなってもお前の手を掴む。ここが、お前の、大村航大の居場所なんだと教えてやる。もう二度とあんなことは起きないし、起こさせない!」

 真剣に、強く言い放つ中村に航大はふっと笑う。

「明日は……頼む、な。キーマンは中村、お前だ」

「当たり前だ。あの日のリベンジ。シニアでは果たせなかったお前とバッテリー組んで全国に行く夢。叶えようぜ」

「ああ」

 星空が綺麗に輝く夜景。すっかり日は落ちて、夜が始まる。

 


 下校時刻。すっかり辺りは暗くなり、電灯が暗い通学路を照らす。

 航大は偶然、校門前に居た京子と会った。

「何してんだ、こんなところで」

「おそーい! いつまで待たせるんだか」

 山川の隣には背の高い、大人の女性が一人。水原監督だ。

「大村くん。部員はもう帰っているものだと思っていたけれど……貴方で最後?」

「ええ。他には誰もいません」

「そ、あとはまあ警備の人に任せるとしましょう」


 警備室のおじさんに一礼し、水原監督が戻ってくる。

「さて、私も帰るとするか。それじゃ、明日ーー」

「あ、監督。このあと時間空いてますか?」

 唐突な航大の言葉に動揺したのは、京子。

「ちょ、ちょっと、航大! それってまさかナ、ナンパ?!」

「バカ言うな。ご飯だよご飯。家帰っても何もないし、どうしようかと思って。お前も来るか?」

「べ、別に良いけど……。とはいえ先生にとっては迷惑ですよね……。ほぼ1日中活動してて、プライベートとかも時間がないし……」

 確かにそれもそうだ。監督としては明日に備えて休みたいと思うもの。これは迷惑だったか、と少し反省する航大。

「あ、ああ。私なら大丈夫。プライベートなんて皆無……みたいなもんだから。あはは……」

 心配そうな京子に苦笑いする水原監督。なんとも言えない雰囲気である。

「ま、引き受けてもらえるならありがたいです。色々3人で話したいことがありましたから」

「ん? それは一体なんだろうか。先生、気になるな」

「明日の決勝に関係する話。俺の今までの過去……。監督や京子には、知って欲しいことがあります」

 その言葉を聞いたとき、監督と京子は目を見開いた。今まで航大が口にしなかったこれまでの話。

 その話を聞くことができる。ついに。

 京子は待っていた。全てを知るときが来たのだと。

 全ては壁を乗り越え、前に進むため。

 3人は水原監督行きつけのラーメン屋に入った。


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