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マイ・プレイス  作者: 国木田エイジロウ
夏の大会編
14/64

第14話 緊急事態と勝利の秘訣

 龍山学院ベンチは異様な雰囲気に包まれていた。


「監督、やっぱり試合開始に間に合わないみたいです」


 水原監督は、想定外の事態に頭を抱える。迷った挙句、決断した。


「先発、猿渡くんでいくわ。頼んだわよ」


 水原監督は唇を噛む。

 並の相手なら焦ることはない。だが、今日の相手は大阪一、二を争う強敵。昨夏の大阪大会準優勝の創成社高校だからだ。

 創成社高校は強打が持ち味のチームで、春の選抜でもその点で群を抜いていた。

 そんな相手と戦って勝つには航大の力が不可欠だった。


「おそらく乱打戦になると思うが、打ち勝つぞ」


 味方の士気を高めるしか、打つ手はないのか。言いながら中村は考えた。

 だが、いくら考えてもこれといった策は浮かばなかった。



 息を切らして走る少年が一人。龍山学院の制服を着たその少年は球場の中に入っていった。


「頼むから、持ちこたえていてくれよ……」


 更衣室で汗をぬぐい、ユニフォームに着替える。背中には大きく「1」の数字。グローブを手にベンチへと向かう。

 少年はスコアボードを見た。


「航大くん! 大変よ! うちが負けそうなの!」


 五回表、八対一。二死満塁。乱打戦ではなく一方的にやられている形だ。

 航大は京子にスコアブックを見せてもらう。


「バントヒット三つ、エラー四つだと? なんだこりゃ」

「……裏をかかれたのよ」


 水原監督が口を開いた。


「確かに序盤は悪くなかった。でも想定外のことをされて、うちの守備が崩された」


 スタメンは全員一年生。高校野球の経験値が少ないことが穴となった。

 リズムを崩されて普段通りの投球ができず、猿渡の集中力は切れた。

 そこからは滅多打ちのフルコース。一気に八点を奪われ、なおも攻撃は続く。


「他の投手は準備させないんですか?」

「まさか、ここまで点を取られるとは思ってなくて……。ごめんなさい。みんなこの日のために頑張って来たのに私のせいで……」


 思えば、水原先生は監督になったばかり。目を潤ませる彼女を見て、うちにはもう一つ弱点があったことに気づく。

 監督としての経験値がまだまだであったこと。これは否めない。

 だが、今は原因を探る時間ではない。なんとしてもピンチを切り抜けなければ。


 二死ながら二、三塁。ヒットでも一、二点入ってしまう。

 強烈な打球が一二塁間を走る。ダメかと思われたその時、グラブが打球に届いた。

 二塁を守っていた今西だ。守備範囲の驚異的な広さがチームを救ったのだ。

 セカンドライナーでアウトをもぎ取り、ピンチを脱した。



「「大村!」」


 守備についていた選手がベンチに戻ってきて、開口一番がそれだ。


「まったく……。遅いんだよ」


 そう言って航大の頭をげんこつで軽く叩く。


「俺に頼らないと勝てないのか? 情けないものだ」


 航大は言い放った。毎回のように安打を出しながらあと一本が出ない。

 下位打線でこの点差。出塁は皆無だった。

 七番、八番打者が打ち取られ、二死。大会規定だと五回終了時に七点差がついていれば試合が終わってしまう。航大はバットとヘルメットを持つ。


「まあ遅れた俺にも責任はある……か。とりあえず一点取るぞ。いいですね? 監督」

「う、うん」


 監督と言葉を交わした後、鍵谷に耳打ちし左打席に入る。


「猿渡くんに代わりまして 大村君」


 球場がざわめく。投手に投手を代打に送るという采配は、よほど打撃が上手い選手でない限り。

 初球。カウントを取りに来た球を見逃さず、流し方向に打ち返す。

 三塁方向に転がったゴロ。龍山学院ベンチからは悲鳴が聞こえた。

 終わったかと思われたが、ボールは三塁手のグラブをすり抜ける。

 エラーが記録され、航大は出塁した。


「首の皮一枚繋がったけど、……ここからどうするつもりなの?」


 監督は航大の次の動きが読めない。二死。アウトになれば即終了。指示を出そうにも出せない。

 航大のリードが大きい。牽制をもらうためにわざとやっているのだとするとなおさら危険だ。いったいどんな考えがあるというのか。

 牽制が来る。航大は間一髪帰塁に成功。一塁手がボールを前にこぼし、慌てて拾う。


「な、なに考えてんだ、あいつ」


 先ほどよりもリードをさらに大きくする。盗塁も走塁も航大の得意分野ではないのだが、やはり何か狙いがあるようだ。

 昔、航大が言っていたあの言葉を思い出す。


「スペックで劣るときは頭をフル回転するのが勝利の秘訣だ」


 何かが起こる。それを見てみたい。中村は思った。

 二度目の牽制でそれは起きた。一塁側のネットにボールが当たる。一塁手が捕球できずボールを後逸したのだ。航大は隙を見て二塁に到達。

 これが一つ目の狙いだとして、ここからどうやって点を取るのだろうか。

 中村はどうしても理解できなかった。


「……山川はどう思う?」

「打撃が苦手な鍵谷くんが出塁して点を取るにはスクイズくらいしか手はないかな。でも航大くんが三塁に進まない限りそれはあり得ない」


 相手のミスか、三盗か。

 ここまでミスがほとんどない三年バッテリーに前者は期待できない。後者に至っては成功の確率はほぼゼロ。投手が左足を上げると同時に、航大は土を蹴り上げた。


「「三盗だ!」」

 

「うおっ!」


 思わず中村は声を漏らす。

 捕手はボールを取ってすぐさま三塁に送球した。鍵谷が左打者ということもあり捕手からは三塁方向が丸見え。余裕でアウトのタイミングだ。

だが、またしてもそれは起きた。三塁手が捕球し損ね、ボールは前に転がったのだ。

二度もラッキーが起こったという事実。


「複数の偶然は必然になる」


 航大が昔放った言葉がまた蘇る。

 ミスを誘う帰塁と、三盗。強豪校を焦らせ手玉に取る姿はまさに勝負師である。

 二死ながら、三塁。航大がホームインすればコールド負けは免れる。

 打つ手は一つ。航大と鍵谷に迷いはなかった。


「ホームスチール? いや違う! セーフティスクイズだ!」


 相手が理解したときにはすでに遅し。航大は本塁に滑り込み、鍵谷は一塁に到達していた。

 これで八対二。コールドを免れ歓喜の龍山学院ベンチ。コールド勝ちを逃し落胆する相手ベンチとは対照的だ。


「にしてもよくやったぜ。俺たちはひやひやしたぞ」

「何言ってやがる。俺には成功する確信があった」

「何?」


 航大はすべてを話した。



「相手の一塁と三塁は一年。過去に対戦経験もある。両方とも守備を不得手としている」


 航大は牽制でそれを確かめた。自信は確信に変わり、相手のミスを誘った。


「虚をつく予想外の行動。絶対にあり得ないことをあえてやること。想定外の事態に人はなかなか対応しづらいものさ」


 平然と言っているがこれは航大にしかできないだろう、と中村は思わず苦笑いした。

 勝負師としての勘。相手との駆け引きにおいて右に出るものはいないだろう。


 そんな航大だが、唯一勝てなかった相手が一人。あらゆる偶然の連続が引き起こしたあの悲劇。

 航大の実力を見るたびに思い出してしまう。

 中村は首を横に振り、雑念をかき消す。そして叫ぶ。


「流れはウチに来た!」



 航大の駆け引き。これがチームにいい影響をもたらしたのは言うまでもないことである。

 みるみるうちに点差が縮まり、七点差をもろともしない攻撃が相手を襲う。

 スコアボードに書かれた「8」の文字。

 そして創成社高校ベンチの心をへし折るアナウンスが響き渡る。


「代打に入った大村君が投手。投手、大村君」

 

 不思議なことに打球が飛んでこない。相手打線は決して悪くないのだが。航大は野球に復帰して二、三ヶ月だがここまで仕上げてくるとは。ボールを捕る中村は驚きっぱなしである。


 手元で微妙に曲がるカットボールやツーシーム。それはストレートと遜色そんしょくないほどで、相手は変化球と気づかず三振の山を築くのであった。


「馬鹿な。この程度の真っすぐ、なぜ当たらない!」


 航大の勝負師としての勘や駆け引きが合わさり、相手打線はなすすべがない。

 龍山学院打線はその後も着実に得点を重ね、勝利を引き寄せた。

 

 こうして龍山学院は二つ目の山を乗り越えた。



 試合が終わり、航大の家でくつろぐ中村と京子。


「やっぱいいわ、この家。落ち着くぜ」


 二人はここが他人の家であるということを忘れている。


「あのなぁ、ここは公園じゃないんだが」

「別にいいじゃない? 減るもんじゃないし」


 そう言って、京子は棒アイスにかぶりつく。

 冷凍庫から日に日に減っていくアイスを見て、航大はため息をつく。


「俺たち、全国に行けるんじゃないか?」

「まあ予選決勝までは順当だろう。何事もなければな」


 昨夏の全国出場校である大阪桐将は反対の山。当たるとすれば決勝だ。

 夕日が沈んだ夜の空を見る。


 唐突に電話がかかってくる。義理の姉、千夏からだ。


「明日からそっちに住むから。よろしくねー」

 

 ……空いた口が塞がらなかった。何か言う前に電話は切られた。

 騒がしくも賑やかな日常が帰ってくる。

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