第13話 3度目の正直
梅雨のじめじめとした季節から一転、ギラギラと太陽が照り付ける。
雲一つない青空が広がり、さすがの航大も球場の土に汗を落とす。
だが、決して疲れているわけではない。スコアを見れば一目でわかる。
6-0。龍山学院優勢で試合が進み、あっという間に終盤だ。
「……信じられん。相手は一年だぞ?!」
「そ、そうだ。相手は中学から上がりたての選手ばかりだ。この俺たちが負けるはずが……」
淀河東高校の選手たちは焦りを隠せない。
「悔しいが、お見事だ。ここまでやるとは……」
相手の監督も唸る。投打ともに予想以上の力を見せつけられた。
春に対戦したときとは一転、相手が全員一年生で油断があったのは否めない。
如何にして航大たちは府内ベスト4の相手を追い詰める試合をしたのか。
時間は試合前に巻き戻る。
スタメンが発表されたとき、どよめきが起こった。龍山学院は春の大会でのレギュラーメンバー全員をスタメンから外し、代わりに一年生を入れた。
確かにデータの少ない一年生を試合に出すというメリットはあるが、経験や実力、体つきの面で二年生を超える一年はいないと考えるのが一般である。
「さて、じっくり見せてもらうとするか。新生龍山学院の実力とやらを」
バックネット裏から少し遠い席に多田が座り、冷えた水を口に流し込む。
審判の整列の合図とともに両チームの選手が走ってくる。
「ふっ、昨夏の敗北と、春の惨敗。そしてレギュラー争いにも負けた。哀れだなぁ、日野」
相手のエースらしき人物が日野に話しかける。
「なんだと、この野郎!」
血がのぼった日野を日下部が慌てて止めに入る。
「よせ、日野。喧嘩なんかしたら没収試合だぞ」
整列になった状態で喧嘩をする日野の気の短さに日下部は呆れた。
「……堅守が武器、でしたっけ?」
航大が口を開く。
「俺たちの攻撃をどこまで凌げるか。楽しみにしています」
「なんだと?」
相手のエースが目じりを吊り上げ、感情をあらわにした。この挑発は作戦だろう。航大は相手を下に見ているのだろうか。
整列が終わり、各選手が守備位置につく。先攻、龍山学院で試合が始まった。
「なあ、さっきの。どういうつもりだ」
中村は航大に訊いた。
「別に何も。ただの挨拶さ」
二度も負けている相手。負けたくはないし、負けるつもりもないが、航大は相手を舐めているのだろうか。
少し間をおいて航大は切り出した。
「去年の試合、春の試合を見てわかった。全力でいかなくても勝てる」
何を基準にしているのかはさっぱりだったが、中村には心当たりがあった。航大に屈辱を与えた“あの試合”だ。
“彼”と比べるなら言うまでもなく雲泥の差だろう。中村が唯一完敗した相手。多田辰也。
やつは――。
「ランナー出たぞ!」
チームメイトの声で我に返る。鍵谷が内野安打で出塁。二番の今西に打席が回る。
「とりあえず一点! 何としても主導権握るわよ!」
監督となった水原先生が叫ぶ。高校野球の公式戦を初めて指揮を執るというのもあり、いつも以上に張り切っている。
鍵谷は俊足を生かし、二塁を陥れる。一番打者が足の速い選手であることはざらにあるが、淀河東はここから先に起こる出来事に対応できなかった。
三盗だ。二塁への盗塁と比べると成功率は低く、そもそも試みられること自体が少ない。たとえ右打者が壁になって捕手の視界が見えづらくても。
バントと思わせておいて今西はバスターを試みるが空振り。これが結果的に盗塁のアシストになった。
「常識を覆さなければ、頂点にはたどり着けない。鉄壁といえどセオリーに縛られる彼らには限界がある」
淀河東は昨夏や春のデータを見る限り、失点の少ないチーム。正攻法ではなく、意表をつく攻め方で突破口を開くことで点を取るほうがよいと考えたのだろう。
思い切って指示を出した水原“監督”もそうだが、何より鍵谷だ。三塁までの最短距離と瞬発力。元の足の速さも合わさり、三盗をやってのけた。
ストライクカウントが二つ。スクイズはしにくい、と考えたのが落とし穴。
「こういうとき思うよ。バントの神様っているもんなんだな、って」
まるで当然のごとく、今西はスクイズを決める。三塁線ギリギリに。
ファールと思って三塁手は見送る。だが、ボールがファールゾーンへ行くことはなく、ベースに当たった。
鍵谷がホームを踏み、野手は一塁にすら投げられず。先制点は龍山学院。
打席には青木。立て直そうとする相手バッテリー。カウントを取りにいく初球の甘い球を見逃さなかった。
引っ張った打球は綺麗な放物線を描き、ライトスタンドに吸い込まれた。
序盤で三点。航大にとって今日の相手を見れば十分すぎる援護だ。
中村が打席に入る。相手の捕手が投手に叫ぶ。
「まだ序盤だ。三点くらい取り返してやるから思いっきり投げろ!」
それを聞いた中村は笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「おかしいね。君たちは迎え撃つ相手をわかってない」
哀れだ、と中村はつぶやき、こう続けた。
「大村航大。かつて一年生ながら人数が多いだけの無名のチーム、北近畿シニアを名実ともに全国に轟かせた男だ。それにこのチームのほとんどが北近畿シニア出身なのさ」
それを聞いて捕手は戸惑いを隠せない。
中村にも一発を浴び、初回四点。
中村が放った言葉通り、航大の実力は本物だった。
淀河東のバットから快音はきかれることなく、試合は終わった。
「ノーヒットノーラン……。昨夏ベスト4相手にさすがだな。楽しみだよ、大村」
多田はそう言って球場を去った。
「よっしゃー! 勝った! 初戦突破だ!」
試合後の球場の外でチームメイトが喜びのあまり、叫ぶ。
「三度目の正直ってやつね。よく投げてくれたわ、大村くん」
監督に肩をたたかれ、航大はコクリとうなずく。
「程よい緊張感でしたよ、なんせノーヒットノーランがかかってましたから」
笑って答えるあたり、航大はやはり只者ではない。なぜここまでの怪物が認知されていないのか。それはブランクにあった。
一年のブランクは世間から大村航大という人物を記憶から消し去ったのだ。不幸の連鎖が彼を野球から遠ざけた。
中村はいろんなことを考えながら試合をしていた。過去のこともこれからのことも。
様々な考えが巡るなか、それを一度胸の奥にしまい込み、中村は集合をかけた。
「まず一勝。まだ先は長いが、全国の切符を掴み取るのは俺たちだ。次の試合も勝つぞ!」
「「おおっ!!」」
「とは言ったものの、次はもっと強い相手だからな……。心配だ」
帰り道、航大と中村は話す。
「……昨夏準優勝、創成社高校か。春も余裕でシードを獲得し、俺らとの試合が初戦ということになるが、そんなのは関係ないだろうな」
春の選抜にも出場しているあたり、大きな壁であることは確かだ。
航大に頼るしかない状況で、「それ」は起きてしまった。
試合当日。しかし、球場に航大の姿はない。
中村は航大に電話してすぐさま叫んだ。
「航大! 今どこにいるんだ! もうすぐで試合が始まってしまうぞ!」
「中村。落ち着いて聞いてくれ」
電話の向こうからざわざわした声が聞こえるなか、航大は言った。
「乗ってる電車が事故を起こして車両に閉じ込められてる。運転再開は未定、だそうだ」
龍山学院、絶体絶命!
航大のいない龍山学院。力を見せつけられ、序盤で大量失点してしまう。覆す手はあるのか?
次回、第14話 緊急事態
お楽しみに!




