5話 男の胃袋
戸籍だけじゃない、みんなの記憶も、僕がもともと女の子だったということになっている。青海川家は三姉妹だと…
自分の今までの存在が全く別の存在に乗っ取られたような気持ちだ。そんなの、そんなの、
『いや………だ……』
僕は男だ。でも、もし、誰もそのことを覚えていなくて、みんないつかそのことを忘れていって、僕もそのことを忘れていったら?それでも僕は男だろうか?
『心当たりがないならいいわ。何かわかったら抱え込まないで相談してね?私たちは何があっても貴方の味方よ?』
最近株価大暴落だった母さんもこういう時はとても心強い。なんでああなっちゃうかなあ
『それから芳樹くんだけど、彼は今のところ唯一来夢が元は男の子だって知ってるから、色々協力してもらうことがあるわ。いいわね?』
『うん、その方が助かる。芳樹は親友だし…心強い』
『よし、じゃぁ細かいことは後で決めるから今日は解散!!』
その細かいことめっちゃ気になるんだけど…まぁいいか。
『じゃあ来夢!ご飯作りましょ、女の子として、料理はマスターしておかなきゃだめよ?』
『うぇ……まぁいいか…もともと料理好きだし』
だけど、、母さんと料理ってなん年ぶりだろう。最近は自分用にパパッと作るものばかりだったから…
…………
………………
『やっぱ来夢料理上手ね、教えることなくてお母さん寂しい…』
『小さい頃に教わったからね…ほんとありがと』
『デレ!?デレなの今の!?ああぁんもう可愛い!!!』
『ちょっ!包丁!包丁持ってるから!!』
危ないっての!全く母さんは…
『ほら来夢はもともと料理洗濯家事掃除ができる高女子力の持ち主なんだから嫁力磨けばいい男捕まえてそのままゴールイン出来るわよ!』
『最高にどうでもいい未来予想図が描かれつつある…』
これも女の子レッスンの一環。会話1つ1つがポイント加算に影響するらしい。なんのポイントだ…
どうやら料理中の会話がそのままレッスンに直結しているらしい。まず一人称の変更。
『僕はやめましょうね。ボクっ娘ってリアルにいたら変な子扱いされるわよ?』
『僕人の個性をとやかく言う人は大人じゃないと思ってるんですけどね』
『「私」が一番いいわ。まぁ僕っ娘も悪くないけれど、いや、考えたらむしろ萌えるわ!』
『変えようかな……』
『それから語尾は『〜ね』『わよ』が基本!あぐらはかいちゃだめよ?スカートは短く!!』
『今時『なんとかよー』ってのも割と不自然。あとスカートは履かぬ…』
とまぁこんな感じで互いに妥協しつつ今後の言動についての会議がなされる。基本譲らされるのは僕。
ず今まで決定したのは
→あぐらは掻かない
→ちゃんと可愛い服を着る
→あざといキャラ
→時々家事はする
→年内に彼氏連れてくる
わぁ無理難題がいっぱい!!彼氏とか何言ってんの。僕男なのに彼氏連れてくるとか何を考えておられるの?
『でも来夢は女の子だから将来は素敵な男性と結婚するのよ?だったら今から旦那様候補見つけなきゃーーほら芳樹君とかどう??イケメンだしいい子だし、あの子になら来夢を任せられるのに〜』
『息子の未来を勝手に決める親はマジMonster、縮めてマジモン』
『でも芳樹君ならいいでしょ?ね?まずはちょっとずつお付き合いという方向で始めない?』
えええええ……あれと付き合うとか何を言ってるの?取り敢えず両親には悪いけど僕一生独身のつもりなんで、青海川家は姉ちゃんか香澄にでも継がせてやってください。いや本当にね…
『ていうか芳樹君と付き合いなさい!母さん命令です!!』
『そーだよお姉ちゃん!あんな優良物件なかなかないよ?攻めれば落ちるよ!!絶対!』
『ええ……なにその倒置法。芳樹は好きだけどそれは友達としてだからさ…僕はそーゆのいいや』
『そお?でも来夢のこと守ってくれそうで、あの子になら任せられるわ!』
『もう嫁に出す前提やめて…』
『でも芳樹くんの様子を見てるとね……やっぱお似合いだと思うのよね…』
『なんかいった?』
『ううん、なんでも!ほら、ちゃんと煮込んで!美味しいビーフシチューで、男の胃袋を掴むのよ!』
『使い古されたセリフだ…』
ビーフシチュー美味そう……我ながら上出来かもしれない……ふふっ、なんか嬉しい
『あらあら、楽しそう。本当に可愛いわぁ』
『男の時も料理は楽しかったよ。自分でつくったものを食べてもらえるってとっても幸せなことなんだって子供心にそう思ったしな…』
『うーん』
『??』
『やっぱりちょっと言葉遣いを変えましょう!ちょっと男らしすぎるわ!可愛い子は可愛い言葉を使いましょう!』
『やだね、男言葉いっぱい使ってやる』
『タンスの中の男物全部捨てるわよ』
『母さん僕母さんだーい好き』
捨てられたら困るなぁお気に入りの服とかあったし………シャツとかならまだ着れるよね?
『「母さん」も「お母さん」に変えましょう、試しに呼んでみて!!』
『う、捨てる?』
『捨てるわ』
『わかった………お、おか、お母さん……
これでいい?』
『赤面もじもじ来夢頂きました!!可愛いっ!』
『もうやだこの人…』
『ほら、お皿用意して、ご飯にしましょ』
そう言ってお母さんはにっこり笑う。全く…暴君だなぁ…
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『おお!来夢の手料理か!うん、いいなぁ娘の手料理。香澄も伊奈も作ってくれないもんなぁ』
『父さん、僕の手料理結構食ってるだろ…』
『あれは男飯だからなぁ。うん、ビーフシチューで胃袋をガッチリだ!!』
『あんたの胃袋掴んでどうする…』
『でもまぁ、美味いよ。流石来夢』
『ん、あんがと……お姉ちゃん』
素直に褒められたら嬉しい。姉の伊奈は凛々しくてかっこいいから常に僕の憧れだ。
『うん、お姉ちゃんって呼ばれるのもなんか新鮮だ。香澄は心がこもってないからな』
『えー、あたしちゃんと伊奈姉好きだよ〜。でも今は来夢姉一位なの!』
『嬉しいけど姉妹で順位つけんな…』
『こら来夢言葉遣い!!』
………休まらんな本当に
だけど、いつぶりかな。家族でこうやって食事するのは。お姉ちゃんはいつも専門学校の友達と外食だし、父さんも遅いし、僕もさっさと食べて部屋に戻るから、こんなにゆっくり夕飯を食べるのはほんとうに久し振りかもしれない。
ここだけはTSに感謝……かな?うん、美味しいな♡
そう顔をほころばせ、夕食の時間ははつつがなく過ぎていくのだった。