平穏は女神によって砕かれた
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『平穏は女神によって砕かれた』
お楽しみください。
――3ヶ月後 勇者の屋敷――
魔王を討伐し、女神を解放した功績として、俺は褒美と領地をいただき、悠々自適な暮らしを満喫していた。
朝、誰かに起こされることもなく、気が向くままに目を覚まし、使用人の老執事のセバスが用意した朝食をゆっくりといただく。
そして朝から晩まで趣味の釣りや領民との交流を楽しみ、時に領地に迷い込んだ魔物を討伐し、夜は家で食事を摂り、長風呂を満喫したら泥のように眠りにつく。
食事の献立の内容にクレスから叱られることも、イリーナのお清めの時間を気にして長風呂を断念することも、成果が無かった日の釣りでルーシェに呆れられることもない。
冒険の日々ではありえなかった日常を、誰にも咎められず満喫することができた。
と、思えていたのは、ついこの間までだった……
◇ ◇ ◇
「セバスさぁん! これ美味しいですね! おかわりいただけますか?」
「もちろんでございます。すぐにお持ちいたします!」
今朝も適当な時間に目を覚まし、朝食をいただこうとダイニングに足を運ぶと、その女は当たり前のように人の家で朝食を食べていた。
月光のような透き通るシルバーロングの髪、神秘的な黄金色の瞳、神々しい白のローブを纏い、顔だけ見れば息を呑むほどの絶世の美女。
俺の記憶が正しければ、その人は女神セレーネ本人だった。
だがそれは同時に、魔王城の奥で封印されていたはずなのに、今みたいに大きな口を開けてハンバーガー? なる物を味わっていた人物だった。
「あの女神セレーネさま? なぜ私の屋敷で食事をなされているのですか?」
どう考えても人の家に勝手に上がり込んで食事をしている無礼者だが、相手はあの女神セレーネだ。
俺は礼儀をもって女神セレーネに、今の状況の説明を求めた。
「なぜって……お腹が空いていて、そこに美味しそうな食事があるから食べてるんですよ! あっセバスさん! スープおかわり〜!!」
「かしこまりました!」
そう言うとセバスが当然のように、スープのおかわりを女神セレーネに出すために厨房に向かおうとしていた。
「ま、待て、セバス! おかしいだろう!? なぜ見ず知らずの相手に食事の用意をしてるんだ!?」
俺は彼女を知っているが、セバスにとって女神セレーネは初対面の相手だ。
屋敷に入り込み、更には食事の要求をする不審者など、追い出すか取り押さえて捕まえるかするのが普通の反応だ。
そう思っていると、女神セレーネがご飯を頬張りながら説明し出した。
「無駄ですよぉ〜、神には【神愛】という権能があって、魔力耐性がない人だと無条件で『尽くしたい!』ってなるんです、便利でしょ?」
「なっ……!? とりあえずセバス! お前はあっちの部屋で待機だ! 俺が良いと言うまで戻ってくるなよ!」
そう言ってセバスをその場から逃がすと、俺は目の前の女神にもう一度問いただした。
「女神セレーネよ! 重ねての質問で恐縮ではありますが、なぜ私の屋敷でお食事をなされているのですか?」
すると女神セレーネが、頬張ったベーコンを呑み込むと、フォークを俺に向けて文句を言い出した。
「そのことでクロードさん! アナタにクレームを言いにきたんですよ!」
「クレーム……ですか?」
俺は聞いたことがない言葉に首を傾げながら、女神の言葉を復唱した。
「そうです! 私はアナタに願いを叶える約束をしましたよね?」
「願い事ですか? そう言えば……」
彼女の問いに俺はあの日の記憶を思い起こした。
死と隣り合わせの激闘のなかで魔王ベルガドーラを倒し、封印された女神を解放したあの日のことを……
――3ヶ月前 封印の間 【回想】――
「願いを言え……ですか?」
女神セレーネの急な発言に、俺は質問で返していた。
「はい! アナタは見事魔王を倒し、私をこの封印から解放してくださいました! その功績に報いるため、アナタの望みを叶えてあげましょう!」
先ほどまで大口を開けて食事をしていたのが嘘みたいに、女神セレーネは威厳のある雰囲気を出しつつ、俺の願いを叶えると告げてきた。
「何でもかまいませんよ! 例えば金持ちになりたいとか?」
「いや……帰れば陛下から褒美が貰えるから、お金に困ることは無くなるかと……」
「では、絶対的な力が欲しいとか?」
「魔王はもういないので、それも不要かと……」
「それなら! 自分だけのハーレム……じゃなくて、女の園を作って美女をはべらせたい! とか?」
「それは、さすがに不誠実ではないでしょうか?」
「じゃあ! どんな願いならいいんですかぁ!!」
女神セレーネの提案を俺が何度も断っていたら、女神セレーネが機嫌を損ねながら聞き返してきた。
俺は女神セレーネの機嫌を損ねたことに慌てて、必死に願いを考えてみたが、残念ながら特に何も思い付かなかった。
強いて言うなら……
「……その、今はみんなと早く城に帰って休みたいとしか……」
「はぁ……全く無欲にも限度がありますよ」
「すみません……」
(何で、俺は謝っているんだ?)
と、俺は内心思いながら女神の次の言葉を待っていた。
「わかりました! アナタが心の底から叶えたい願いができるまで、願いを叶えるのは保留にしましょう!」
「保留……ですか?」
「はい! その時が来たら会いに来ますから、安心して望みを探してくださいね! ではでは! また会う日までぇ〜、じゃあねぇ〜!」
そう言って女神セレーネが謎の光に包まれて扉の隙間から外に向かって飛び出し、遠い空の向こうへと消えて行った……
――3ヶ月後 勇者の屋敷 【現在】――
「あぁ、あの時の?」
俺は女神セレーネとの話を思い出した。
「そう! あの時のです! そしてアナタはまだ! 私に願いを叶えてもらっていませんよね!?」
女神セレーネは力強く俺に聞き返してきた。
「確かにまだ何も望んでいないので、願いを叶えてもらっていませんが、それがどうかしたのですか?」
「どうかしたのか? ではありません!! それが大問題なんです!!」
彼女はテーブルを思いっきり叩きながら体を起こした。
「アナタの願いを叶えていないことが原因で、私が天界に帰れなくなっちゃったんですよぉ〜!!」
「……はい?」
天界が何なのか? 名前からなんとなく想像できるが、願いを叶えていないだけでなぜ帰れないのか、まったく理解できなかった。
そう思っていると、女神セレーネが俺への説明を続けた。
「良いですか!? 女神が願いを叶えると言ったのに、何も叶えずに天界へ帰るなんて詐欺みたいだって! 『願いを叶えるまで帰って来るな!』と追い返されたんですよぉぉぉ!!」
女神セレーネは興奮しながら説明していたが、要は願いを叶えれば帰れるらしい。
「そうだったのですね! では、願いを叶えれば帰れるのですね!?」
俺は早く天界へ帰ってほしい気持ちを抑えつつ、女神セレーネに質問をした。
「そうです! だからって適当な願いではダメです! アナタが本当に心の底から叶えたい願いでないといけません!」
(そんな……馬鹿な!?)
俺は彼女の話を聞き愕然とした。
王から褒美と領地を貰い、何不自由なく毎日を過ごす現状で、更に叶えたい願いなんて思い付く訳がない。
「ちなみに……『帰ってほしい』なんて願いは?」
「却下です!」
「ですよね〜」
(終わった……)
八方塞がりな現状に頭を悩ませていると、彼女は続けざまに恐ろしいことを語り出した。
「なのでクロードさんの願いを叶えるまで、ここでお世話になりますのでよろしくお願いしますね!」
「……えっ?」
「だって大変だったんですよ! 天界から追い出されて、クロードさんを探し回って西へ東へ、北へ南へ飛び回ってやっと見つけたんですから! ねぎらってください! いたわってください!! 感謝してくださいぃ〜!!!」
彼女の理不尽な言い分に、怒りの感情を覚えたが、恐らく俺が折れない限り、この会話は永遠に続くのだろう……と、諦めの感情が勝ってしまった。
「わかりました……私の願いを叶えるまで、どうぞ我が家で心ゆくまでお過ごしください……」
「本当ですか!? イエェ〜イ!! 言質取ったぁ〜!!」
女神セレーネは喜びの歓声を上げ両手を勢いよく上げると、そのままの姿勢で俺を見つめ返した。
「では、クロードさん! これからよろしくお願いしますね! あとその喋り方、凄くこそばゆいので普通にしてくださいね!」
「はぁ、わかりま……わかった」
「ふふ〜ん、よし!」
彼女は俺のくだけた口調に満足したのか、残った食事を食べ始めた。
(……悪夢だ!)
俺は心の中で落胆し、窓の外に目をやった。
今日も世界は平和で、幸せな日常が送れるはずだった俺の隠居生活は、今日で終わりを告げたのだった。
「セバスさん! ベーコンおかわりぃ〜!」
「は〜い! ただいま〜!」
女神セレーネの無邪気な声と、俺の命令を無視して部屋から飛び出してきたセバスの声が、世界の終わる音に聞こえた……
――平穏は女神によって砕かれた 完ーー
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
女神セレーネの居候話でしたが、殴り飛ばしたくなりましたね!
▼次回予告
『王からの招待状、地獄(見合い)からの誘い』




