32-8 子供たちの戻った後
翌日、ようやく太陽が昇り始めた頃に2組の若い夫婦がギュスターブとアルのテントを訪れてきた。アルたちが救出した2人の子供の両親らしい。既に起きていたらしいギュスターブはにこやかに話をしている。まだ眠っていたアルはギュスターブの従士マルティナに起こされて急いで好き放題に広がった髪をまとめながらテントの入口を出る。
「アルフレッド様。ありがとうございましたっ」
アルに気がついた2組の夫婦はそう言ってそろって頭を下げた。
「助かって良かったよ。本当に蛮族は許せないよね」
アルはわざと軽く答えてにっこりと微笑んだ。犠牲者も出ている事件なのでどう答えるのかは難しいのだ。両親たちとしても単純に喜んで礼を述べると自分のところだけ助かって良かったという感じになってしまう恐れもあるので、わざとこの時間に密かに訪問することにしたのだろう。
「寝ているところ悪かったな」
両親たちが帰って行ったのを見送った後、ギュスターブの言葉にアルは微笑みながら首を振る。単純に礼の言葉は嬉しいものだ。
「僕の方は本当に偶然だったけどね。助ける事ができて良かった」
「そういえば、2人を救出した時の話を聞いていなかったな。オーソンやメアリーに聞いてもそこはよく知らないと言う。どんな感じだったんだ?」
しまった。その話はあまりしたくない。どうしようか。アルは迷いながら2人の救出は非常に簡単で危険はなかったという風に懸命に説明をした。だが、ギュスターブの眼は誤魔化せず、結局移送呪文と探知回避呪文、グリィなどのアシスタント・デバイスの事以外は全てあるがままに話をさせられたのだった。
「なんて危険な事をしたんだ……。もちろん、2人の命を助けたのは素晴らしい事だが、結果は紙一重じゃないか。ゴブリンシャーマンの使った呪文が禍害呪文じゃなく麻痺呪文だったら死んでいたかもしれないぞ。メアリーといい、アルフレッドといい、どうしてこんな……」
「そうだけど、無理だよ。蛮族の犠牲になりそうな子供を見捨てるなんて」
アルの答えにギュスターブは頭を抱える。
「気持ちはわかるが、もうちょっと、なんというか考えてくれ。頼む」
「うん。そんな無理はしていないから。気を付けるよ」
もちろん全く勝算がないような事をしているつもりはない。だが、想定出来ていなかったことはあった。同じような失敗はしない。アルはしっかりと頷いた。
「騎士団は今日テントなどを引き払ってマーローの街に戻ることにした。アルフレッドも一緒に戻ろう。その後になるが、あの高い山のところにある集落は潰しておきたいので協力してくれないか。鉄鉱山の南の大集落も潰したいが、そっちはアルフレッドに協力してもらったとしても数が多すぎるだろう。そりゃぁ、テンペスト王国で噂のゴーレム軍団とかにお願いすれば討伐は容易だろうが、国が別だしな。セオドア王子に怒られちまう。幸い、途中にあった小さな集落は潰してくれたんだろう? それなら鉄鉱山のところに蛮族が来るまでは時間の余裕があるはずだ。出来るだけ早くパーカー伯爵閣下と相談して討伐軍を計画しようと思う」
研究塔の守護ゴーレムやテンペスト王城のゴーレムたちか。噂はここまで広がってきているらしい。パトリシアにお願いすれば簡単に使っても良いと言ってくれそうだが、シプリー山地はシルヴェスター王国領なのでそこでゴーレムたちを大規模に使うのはいろいろと問題がありそうだ。今襲撃を受けているというのならまた話は別だろうが、今の状況ならギュスターブの考えるように討伐軍をお願いするのが良いのだろう。
「そうだね。高い山の中規模集落の討伐はやってしまったほうがいいと思う。大規模集落のほうも状況次第では手伝うよ。何か簡単に連絡がとれる方法を考えたほうがよさそうだね」
まだ、国境を越えては手紙送信呪文を利用した手紙の転送網は利用できない。契りの指輪のようなものがもう一組あればよいのだが、そんな都合の良いものはすぐには見つからないだろう。一度、契りの指輪の魔道回路を解析してみるか。それとも何か他に方法がないだろうか……。考え込むアルの肩をギュスターブは軽く叩いた。
「今日はとりあえずマーローの街に移動だからその準備だ。メアリーとオーソンも一緒に来ると言っていたぞ。そのあたりは馬車の中で相談しながら行こうじゃないか」
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マーローの街の政務館に馬車が到着したのは昼過ぎだった。馬車は門を通り中に入っていく。門番が馬車に向かって軽く会釈してくれている。そういうのを見ると父ネルソンや兄ギュスターブは偉くなったのだなと思う。マーローの街には今まで何回か来たことがあり、政務館の前は通った事があったが中に入るのは初めてだ。ギュスターブによると、マーローの街では、以前男爵が住んでいた邸宅と政務館は完全に独立した形で敷地も分けられているらしい。父ネルソンはこの時間なら政務館に居るだろうと言う話だった。
馬車から降りたアルはギュスターブに連れられて政務館の中に入っていく。従者のマルティナも一緒だ。メアリーとオーソンは政務館が苦手だからと馬車から降りなかった。母の待つ邸宅の方に行くらしい。アルもそうしたかったがギュスターブが許してくれなかった。
「母さんに会いに行くのは一緒に親父に報告してからだ。2つの集落の映像を見せる事ができるのはアルフレッドだけだからな」
確かにその通りなのだ。父のネルソンは会議中らしく小部屋で少し待つ。チャニング村では小さな屋敷の書斎ですべてが事足りていたがもうそうはいかないのだろう。いろいろと大変そうだ。
「子爵閣下は広間にどうぞと仰っておられます」
しばらくしてマルティナが迎えに来た。アルはギュスターブに隠れるようにしながら政務館の広間に入っていく。そこは60平方メートルほどのほぼ真四角の部屋であった。正面は奥行1メートルほど段差があって豪華な椅子が置かれており、そこに父ネルソンが胸を張って座っている。左に護衛らしい男が一人立っていた。
その前には2メートルほどの間を開けて左右の壁と平行にそれぞれ長テーブルと2脚のイスが並べられそれぞれに人が座っていた。
ネルソンに向かって左の長テーブルに座っていたのはアルも知っている男女であった。オリバー男爵とフェリシア卿である。レスター子爵家で騎士団長とその副官を務めていた騎士のはずだが、こんなところで何をしているのだろう。部屋に入って来たアルを見てなぜか向こうは驚いたような顔をしていた。一応軽く会釈をしておく。
右の長テーブルには30才前後で痩せて長身の男性と、同じぐらいの年令の小太りの女性が座っている。こちらは知らない顔だ。
「ギュスターブご苦労だった。アルフレッドようやく来てくれたか。嬉しいぞ」
ネルソンの口調がいままでより何か硬い。動きもぎこちなかった。ギュスターブがネルソンの前で片膝をついたので、アルも急いでそれに倣う。
「父上、行方不明だった4人の子供は無事救出に成功いたしました」
「うむ。4人とも無事だったのは奇跡的だった。本当によかった」
そういって、ネルソンはようやく自然な笑顔を見せた。助かったのは嬉しかったらしい。
「ギュスターブとアルフレッドに報告があるというので、4人には残ってもらった。初対面だろうから紹介しておこう。うちの3男のアルフレッドだ。魔法使いギルドからは特別顧問官を拝命しており、様々な所を巡っているので帰ってくるのは年に数回といったところだ」
そこまで言って、ネルソンは右側の長テーブルに座る2人を手で示した。
「アルフレッド、こちらはフォード男爵とクライスラー男爵だ。急遽子爵となり鉄鉱山の開発などいろいろと手が足りなくてな、セオドア王子殿下にお願いして来てもらっている。2人とも内政の専門家でな。フォード殿はバランスのとれた産業振興を、クライスラー殿は特に鉄を利用した産業についてお詳しいのだ。シプリー山地の振興について知恵を絞ってもらっている」
「フォードです。アルフレッド殿よろしくお願いいたします」
「クライスラーです。よろしくお願いしますね」
2人は立ち上がってアルに丁寧にお辞儀をした。アルも頭を下げる。
「アルフレッド・チャニングです。父の3男です」
二人とも男爵なのか。父は子爵になったのだから部下に男爵が居ても不思議ではないだろうが、あたらしく領地になったところも皆、かつてのチャニング家のように騎士が村長となっているだろうし、シプリー山地はどこも財政的には苦しいはずだ。新しく配下となった彼らの領地はどうしたのだろう。俸給のみを支払い領地を持たない法服貴族なのだろうか。領地経営などよくわからないが、さすがに父の領地の財政状況は気になる。後でこっそり聞こう。
「ご高名なアルフレッド殿にお会いできるとは光栄です」
「そうですね。いつかはお会いできると楽しみに思っておりました。ぜひともご懇意にお願いいたします」
アルは思わず首をかしげる。知らない人がそんな風に考えるなんてどういうことなのだろう。
「今年の王城での新年会でいつもは出席されないソープ伯爵が出席され、魔法使いギルドで新しく任命した特別顧問官はまだ若いが私と並ぶ呪文の使い手であり十分な敬意をもって接して欲しいと周りにいた方々に何度も仰っておられたのですよ。王家に伝わる秘伝の魔法を習得するセオドア第2王子も彼女の発言を支持されておりました。我々は丁度、そのセオドア第2王子から新たな鉄鉱山がみつかったシプリー子爵領へ行かないかとお誘いをうけたところで、そのシプリー子爵の御3男がその特別顧問官であるというのも伺っておりましたので興味深く思っていたのです」
ソープ伯爵、魔法使いギルドのギルドマスターとセオドア王子はアルについてそんな伝え方をしたのか。侮られたりする事はなくなるかもしれないが、別の方向でなにか変な事に巻き込まれそうだ。
「そうなんですね。たしかに特別顧問官を拝命しましたが、そこまで評価頂いていたとは……」
アルは頭を掻く。顔が広く知られていないだろうというのが唯一の救いか。アルの心配をよそにネルソンは上機嫌な様子で左側の長テーブルに座る2人を手で示した。
「こちらは、オリバー卿とフェリシア卿だ。こちらの2人は仕えていたレスター子爵家が断絶ということになってしまい、パーカー伯爵閣下からシプリー子爵家で面倒を見てやってくれないかと紹介されたのだよ。オリバー卿は当時レスター子爵家の騎士団長で男爵であったが、降爵して騎士爵として我が家に仕えてもらうことになった。二人とも司令官としては経験豊富であり、ギュスターブの副官を務めてもらっている」
ギュスターブが子爵家の騎士団長となったというのはここにくる馬車の中で聞いていた。その副官としてこの2人か。なるほどオリバー元男爵が副官となってくれるなら頼りになるだろう。
確かストラウドやユージンたちに率いられたレイン辺境伯軍がセオドア王子の騎士団と対峙したあの時、オリバー男爵はレスター子爵家の騎士団長として参加していたはずだ。パーカー伯爵が人手不足に陥っていた父に紹介したということは、レスター子爵家が断絶となった際に寄子のオリバー男爵は特に罪には問われず無位無官となっただけだったのだろう。オリバー卿はネルソンに向かって頭を下げる。
「アルフレッド殿がシプリー子爵閣下の御3男であったとは存じ上げませんでした。実はアルフレッド殿とは面識があります。一昨年の秋、レスター子爵家が行った蛮族討伐作戦に今は東セネット子爵となられたナレシュ様の陣に従者として参加しておられた。あの時の活躍は今でも覚えております。魔法使いギルドの特別顧問官となったのも納得です」
「オリバー卿の仰る通りです。あの時は色々とお世話になりました」
憶えてくれていたらしい。アルは何度も頷いた。
「ほう」
「辺境都市レスターで冒険者をしていたとは聞いていたが、そんな活躍をしていたとはな」
ネルソンとギュスターブが揃って感嘆の声を上げた。色々と話を聞きたい様子だ。だが、それを最初から話すとかなり時間がかかってしまう。先に蛮族の2つの集落の話をどうするか相談したい。アルは思わず声を上げる。
「えっと、その話の前に蛮族集落に関する報告を……」
読んで頂いてありがとうございます。
申し訳ありませんがリアルの都合で1週間お休みさせてください。
GW前に地元のイベントがあり少々忙しいのです。申し訳ありません。
次回の投稿は5月4日(月)ということでお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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